第36話【ゴースト】

「骨の魔法使い様。それで私たちに質問とはなんでありますか?」


ソファーに腰掛け己の顎髭を撫で回すショスター伯爵が訊いてきた。その隣には息子のショセフも同じ髭面を並べて座っている。


室内に吊るされたランプの灯りが俺の髑髏面を照らし出しながら揺れていた。そのような怪奇な表情を見せながら俺は髭面親子に音読アプリで質問を投げかける。


『オ二人はシャドーゴーストたるモンスターをゴ存知かナ?』


「シャドーゴーストですか?」


俺はコクリと頷く。するとショスター伯爵は室内の天井を見上げながら答えた。


「シャドーゴーストと名乗るモンスターは知りませんが、ゴーストなら何度も見たことがありますぞ」


おいおいおい、マジかよ。いきなりゴーストのヒントに行き当たったぞ。これはラッキーだな。


更に息子のショセフも述べる。


「ゴーストって、お化けですよね。幽霊って奴ですよね?」


俺は再び頷いた。


「それで、そのシャドーゴーストが如何しましたか?」


そう述べるショスター伯爵も息子のショセフもお化けの話をしているのに冷静に伺えた。普通ならば幽霊の話をしたのならば怪訝な顔をするのが一般的である。なのにこの親子は幽霊に対して恐怖心を抱いていないようだった。


とりあえず俺は嘘を並べて話を続ける。


『新魔法ノ実験で、シャドーゴーストヲ退治したイと思いましテ』


「そうですか〜。しかし我々もシャドーゴーストなんて知りませんからな〜。ゴーストならばその辺にうじゃうじゃ居ますけれどね〜」


えっ、マジ。マジですか〜!


『そンなにゴーストがウじゃウじゃと居るのデすか?』


唐突にショスター伯爵が顎髭を撫でながら昔話を始めた。


「ここファントムブラッドの地は、70年前の大戦で激しい戦火に見舞われて大勢の兵士や市民が亡くなったのです。その時の報われない霊体が夜な夜な幽霊として現れては町のあちらこちらで目撃されるのですよ」


だからファントムブラッドなんて奇っ怪な名前なのか。


更に息子のショセフが続く。


「何せこの屋敷にも幽霊がしばしば現れては目撃されていますからな。骨の魔法使い様も見たことはありませんか、おかっぱのメイドを。あれは幽霊ですよ」


おかっぱのメイドさんか……。


あ〜、そう言えば不気味なメイドさんが一人いたっけなぁ〜……。あれって幽霊だったのか……。


中庭で一度だけ見たことがある。ショリーンちゃんと花輪の髪飾りを作って遊んでいたように見えた。


彼女を見た時に背筋に悪寒が走ったが、あれは冷気か何かを感じたのだろう。やっぱり普通のメイドさんじゃあなかったんだ。


『ソのおかッぱのメイドさんなンですガ、ショリーンお嬢様ト遊んでましタが、ヨろしいのでスか?』


髭面親子は笑いながら述べる。


「構いませんよ、別に。はっはっはっ」


「何せ私も子供の頃は一緒に彼女と遊んでいますからな」


なんたるフレンドリーな幽霊だろう。屋敷の家族に公認されている幽霊なんて珍妙な話だ。


更に笑顔でショセフが述べた。


「他にも有名な幽霊はまだまだ居ますよ。例えば――防壁の霊兵タールカス。ノートル川の水霊ヴラフォーヌ。亡霊のトンネルのジャック。そして、我が家のおかっぱのメイド幽霊ホーリー。この辺がこの街で有名な幽霊たちかな。まあ、まだまだいろんなゴーストが実在してますがな」


次にシャスター伯爵が述べる。


「まあ、どの幽霊もこちらから近づかなければ人には危害を加えないので問題ありません。むしろ守り神的に崇められている者も居ますからな。ここファントムブラッドは幽霊に優しい街なのです」


なんたる寛大な住人たちだろう。幽霊を黙認しているとは不思議な街である。


『ソの幽霊たチの出現場所を教エてもらえませンか。明日にナったら少シ見に行ってキます』


「まさか、退治するお積もりですか?」


『場合にヨっては……』


「それならば、亡霊のトンネルのジャック一択ですな。あれだけが悪霊ですから」


悪霊――。そんな者も居るのか。


「30年ほど前に妻と娘を殺した殺人鬼です。それが兵士に追われて亡霊のトンネルに逃げ込んだ。それが悪霊に変わって死後に化けてでているのです。しかも被害者も出ていますが場所が悪くて討伐も叶っていません」


場所が悪いってことは亡霊のトンネルってところがヤバい心霊スポット的な場所なのだろうか。ちょっと怖いな。


「亡霊のトンネルは70年前の大戦まで使われていたトンネルで、戦火に見舞われて途中から崩落したトンネルです。故に今は使われていません。そのトンネルに多数の亡霊が蔓延り心霊スポットになったのですが、更にそこにジャックの悪霊が追加されて手をつけられなくなってね。今は閉鎖することで被害を防いでいるのがやっとなのです」


亡霊のトンネル。悪霊のジャック。それに複数の亡霊たちか。これはハードな心霊スポットって感じだな。でも、それならばシャドーゴーストも居そうだぞ。とにかく行ってみるしかないだろう。


「骨の魔法使い様。もしも亡霊のトンネルに行かれるならば冒険者ギルドに相談するのも良いかと思われます。亡霊のトンネルは冒険者たちが心霊対策の訓練場にも使っていると聞きますからな。我々以上に情報を持っていると思われます」


なるほど、それならばロバート・イーオーに訊いてみるか。何かしらの情報を持っているだろう。それに彼ならばシャドーゴーストを知っているかも知れないしね。


その後に俺はショスター伯爵たちと別れて客間に帰ってきていた。


俺は次元の扉でアパートに戻ると冷蔵庫から買ってきておいた焼きそばをレンジでチンしてからチルチルの元に運んだ。彼女の晩飯である。


チルチルは割り箸をフォークのように持つと初めての麺類に食らいついた。美味い美味いと興奮しながら焼きそばを貪っている。


うむうむ、可愛いぞ。やっぱりチルチルを愛でるのは楽しくってしょうがない。


「美味しいです、美味しいですよ。この焼きそばって言う食べ物も最高でしゅわん!」


そうか、チルチルは箸を使えないのか。今度、箸の使い方を丁寧に教えてあげないとなるまい。




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