第34話【相場】

「ふぅ〜。食べた食べたです〜」


ポッコリと膨れ上がったお腹をポンポンと叩きながらチルチルが満足気な溜め息を溢した。奥歯に挟まった何かをシーシーと音を立てながら取っている。


そのシーシーってのはやめてもらいたい。なんだかオヤジっぽくってチルチルの可愛らしいイメージが崩れてしまう。こんなメイドは嫌である。


そして、食事を終えたチルチルが自分で食器を片付け始めた。食器をお盆に乗せて部屋から運び出す。


そのチルチルの背後に俺が続く。


部屋を出たところで振り返ったチルチルが俺の髑髏を見上げながら不思議そうに問い掛けてきた。


「御主人様。どうかなされましたか?」


俺は音読アプリで厨房まで一緒に行くと告げる。しかしチルチルは何故だろうっと言いたげに首を傾げながら歩み始めた。


そして、食器を持ったチルチルと俺が厨房に到着するとコックと数人のメイドたちが出迎えてくれる。それからチルチルが運んで来た食器を受け取ったメイドが俺に訊いてきた。


「ほ、骨の魔法使い様。このようなところに何用ですか?」


コックもメイドたちも、突然の訪問に驚いていた。まさかこのような場所に当主の客人が来るとは思わなかったようだ。何か粗相でも指摘されるのではないかと怯えている。


俺は音読アプリでコックに質問した。


『コック殿。済まナいが、食材ヤ調味料を見せてテもらえなイだろうか?』


コックのおじさんは慌てながら本日使っていた食材をテーブルの上にズラズラっと並べる。


「これが本日使いました食材のあまりになります……」


テーブルの上に並べられた食材はジャガイモにニンジン、トマトやナスであった。その他にも見たことのない野菜やらが並んでいる。たぶんこの異世界のオリジナル野菜だろう。


更にコックが述べる。


「本日のスープに使われた鶏肉は朝市で買ってきたハトを使いました……」


なるほど。鳩を食べるのか。西洋っぽいな。


「野菜等もすべて朝市で買ってきた食材です……」


どうやら食材の調達は町の市で賄っているっぽい。


『デは、調味料ヲ見せてもラえないか』


「は、はい!」


すると今度はテーブルに調味料が並べられた。しかし、そのほとんどが植物を乾燥させてからすり潰した物ばかりだ。茶色や黄色、緑や赤い物が多い。それらが瓶詰めされている。その他は生ハーブだった。


俺が思った調味料と違っていた。なんだか調味料も原始過ぎて古臭い。ソースや醤油といったものが無かった。たぶん調理のサシスセソも確立していないのだろう。


更に砂糖と塩が入った瓶を見て驚いた。砂糖も塩も黄ばんでいて純白ではないのだ。おそらく砂糖も塩も加工技術が進んていないために品質が悪いのだろう。これは完全に異物が混入している。


コック曰く。これでも伯爵家の厨房だけあって食材も調味料も一級品が揃っているらしい。これで一級品だと誇れるのだから文化レベルの差が知れる。調理の素人である俺でもその差がわかるほどであった。


俺は砂糖と塩が入った瓶を指さしながらコックに訊いてみた。


『砂糖と塩ハ、こノぐらいの量デ幾らぐらイするのかネ』


「時価になりますが、塩が500グラムで金貨2枚ぐらいで、砂糖が500グラムで金貨4枚といったぐらいでしょうか……」


それはかなり高額だな。やはり砂糖も塩も調達手段が限られているのだろう。だからチルチルにこの異世界の料理は味が薄いと言われるのか。


なるほどね。これならば砂糖も塩も高額で販売できそうだ。おそらく胡椒も高級品なのだろう。これは良い商品を見つけたぞ。


更に俺はコックとメイドたちに給金をどのぐらいもらっているのかを訊いてみた。伯爵家に務めるメイドの相場が一ヶ月で金貨1枚ぐらい。コックで一ヶ月金貨2枚程度だと言う。これは庶民の中では高い方であるらしい。


なるほどね〜。だんだんとお金の相場が分かってきたぞ。あとは少しずつ相場と売値を調べて商売を進めて行こう。


それに明日になったらロバートから商人ギルドを紹介してもらって本格的に商売の開始である。


まずは売り出すのは塩と砂糖だ。スーパーマーケットから詰め替えパックを買ってきて、こちらの世界の容器に入れ替えて販売だな。


俺は客間に帰るとチルチルにお使いを頼む。先ほど厨房で見たようなガラスの瓶を街へ買いに行かせる。その好きに俺は現実世界で砂糖と塩を500グラムずつ袋で買ってきた。それを買ってきてもらったばかりのガラス瓶に移し替える。


なんて簡単な錬金術だろう。塩500グラムで250円ぐらいだ。これが金貨2枚に替わる。砂糖なんて500グラムで500円ぐらいが金貨4枚に替わるのだ。金貨1枚で26000円程度になる。完全にボロ儲けである。


この商売は笑いが止まらない。冒険でチマチマとモンスターを倒しているより儲かるのではないのだろうか。――だろうか、ではないだろう。確実に儲かるはずだ。間違いない。


そんな感じで俺が笑いを堪えながら塩の詰め替え作業を行っていると、クエストブックが輝いた。するとチルチルが鞄の中から取り出してウロボロスの書物を俺に差し出す。それを手に取って俺は新規されたページを確認する。


【クエスト・006】

シャドーゴーストを退治しろ。

成功報酬【アンデッドボディー・声】or【シャドーファミリア・幽霊メイド】


あ〜……。


もう、あ〜……っとしか声が出ない。来たよ、念願の声がさ。でも、orのもう一つがメイド系ですわん……。


この選択は不味いぞ。また俺は声を選べないのだろう……。


自分の不甲斐なさからそれが悟れた。男って哀れで卑しい生き物なんだなって自覚する。



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