第6話【新クエスト】

俺はアパートの玄関にスコップを戻すと、下駄箱に並ぶ靴に目が行った。


そう言えば、靴を履かずにあちらの世界に行ってたな。素足で出歩いていたよ。


しかし、裸足なのに何も感じなかった。痛くも痒くもない。だが、今ごろになって足の裏を見てみたが土のひとつも付いていない。墓場は泥だらけだったのに足の裏が汚れていないのだ。


そうか、あちら側からの持ち込みを許可していないから泥の付着すらないのか。それに向こうの世界だとスケルトンだから素足の感覚が無いのだろう。だから素足の違和感も感じなかったのだろうさ。ならばあちらとこちらの行き来を考えれば素足で行動しても問題はないのかな。靴を履くのも面倒くさいからしばらくは裸足で行動するか。


そう考えた俺は下駄箱の横にあったL字の鉄製バールを拾い上げる。それを肩掛け鞄にクエストブックと一緒にしまい込んだ。あとスマホも入れておく。


武器はこれで十分だろう。バールは万能なり。スコップは少し大きくって持ち運びに不便である。だがバール程度ならば持ち運びも楽だろう。


更に鞄。これならかなり楽である。それと昨日スーパーから買ってきておいた半額セールのアンパンとどこのメーカーかも解らないパチモノっぽい500ミリのコーラを鞄に入れた。あとでチルチルに食べさせてやる。きっと驚くぞ。


俺は鞄を肩に掛けると異世界に戻った。すると時空の扉の前でチルチルが畏まりながらまっていた。


エンシェントウルフ族のメイド、チルチル。10歳程度の少女で幼いがメイドとしては出来ている。何より黒柴っぽくって可愛らしい女の子だ。黒髪と同じ色のトンガリ耳とフッサフサの尻尾がキュートである。


するとチルチルが両手を差し出し頭を下げながら述べた。


「御主人様、お荷物をお持ち致します」


お荷物?


えっ、この鞄のことかな?


俺は少し考えた。これは自分の護身用の武器が入っている。バールだ。それに大切なクエストブックも入れている。他人に持たせるべき物ではないだろう。だから俺はチルチルの申し出を断った。するとチルチルは俯いてしまう。何故かガッカリして落ち込んでいた。それがなんだか俺には可哀想に見えてしまう。


俺は仕方ないとスマホだけを取り出すと鞄をチルチルに手渡す。するとチルチルは満面の笑みで鞄を受け取った。かなり喜んでいる。


むむむむ、か、可愛いな。ペロペロしたくなる。


まあ、とりあえず墓場を出るか。


それから時空の扉を収納すると墓場をあとにする。枯れ木ばかりの間にある細い道を進んでいった。そんな俺の後ろに鞄を肩に襷掛けにしたチルチルが着いて来ていた。


そして、しばらくは枯れ木の森の中を歩くと畑に挟まれた道に出る。空を見上げて見ればお日様が燦々と眩しかった。青空には真っ白な入道雲がフワフワと流れている。そんな青空の下を俺たち二人は歩いて進んだ。


すると道の果に村が見えてきた。家もボロボロで貧しそうな村に伺える。小さな農村なのだろう。


俺とチルチルは並んで畑道を進む。なんとも長閑な風景だった。初日が薄気味悪い墓場からのスタートだったからこの先どうなるかと思ったが、案外と普通でホッとする。


そして俺はスマホを使って写真撮影をした。しかしスマホのアンテナは一本も立ってはいなかった。予想はしていたがWiFiすらこの異世界には届かないのだろう。こればかりは仕方ないと納得する。


そして、俺たちが村の前まで来ると数人の男衆たちが怖い表情で行く手を塞いだ。男衆は鎌や鍬で武装している。我々を見る目も怖い。


男衆のひとりが大声で威嚇してきた。


「骸骨の墓場からスケルトンが溢れ出たべさ!」


そう叫びながら石を投げてくる。どうやら俺は墓場のスケルトンと勘違いされているらしい。まあ、仕方ないか。ジャージを着ているだけで外見は墓場のスケルトンと一緒なんだもんな。


とりあえず俺は両手を前に出して自分は墓場のスケルトンではないとジェスチャーで主張した。だが、俺の意思は届かない。何せ墓場の方角からスケルトンが来たんだもん、勘違いだってされちゃうわ。石は投げられ続ける。


ならばと俺はスマホを取り出すと音読アプリで語りかけた。だが、音読アプリから発しられる日本語は村人たちには通じない。チルチルにすら通じてはいなかった。どうやらこの世界の言語は日本語ではないようだ。俺の聞き取り能力だけが不思議な力で変換されているのだろう。


そんな中でチルチルが俺の前に堂々とした素振りで立った。そして、農民たちを睨みつけながら大声で述べる。


「控え、控えそうろう。こちらの御方をどなたと心得る。こちらの御方はエンシェントウルフ族のメイド、わたくしチルチルの御主人様であらされるぞ。控えよ、控えよぉぉおおお!」


何それ、いきなり黄門様見たいな紹介やめてよね。なんか恥ずかしいよ!


「お、おい、なんか獣人族の子供と一緒だぞ」


「もしかして、このスケルトンは魔法使いか何かの成れの果てじゃあないのか?」


「確かに、摩訶不思議な洋服を着ているずら」


「アンデッドに変身出来る魔法使いならば、かなり高名な魔法使いだべさ」


「これは申し訳なかっただずら、魔法使い様!」


「どうか勘弁してけれ!」


急に怯えだした村人たちに俺は気にしていないとジェスチャーで伝える。それがどれだけ伝わっているかは分からなかった。伝わっている自信も俺にはなかった。


だが、状況は一転する。そのあとは心地良いぐらいの歓迎で村に招かれた。彼らは勘違いしているようだ。俺が名高い魔法使いだと思いこんでいる。魔法なんてひとつも使えないのにさ。


そして俺は村長の家に招かれた。村長さんにはチルチルが墓場のスケルトンたちは俺が壊滅させたと伝えてくれた。それでなおさら歓迎されてしまう。


話しを訊けばあのスケルトンの群れには困っていたらしい。村が貧乏なために冒険者を雇って討伐すら出来なかったらしいのだ。まあ、行き当たりで討伐したのだ、それで喜んでもらえれば本望である。


更に村長さんが述べる。


「実を言うと、村の西側の森にコボルトが住み着いていて困っているのですよ……」


またかい……。


卑屈な言い方だったが、それを俺に退治してくれと言っているように聞こえた。


図々しいが言っているよね、絶対にさ。こいつら俺が正義の味方かなにかだと勘違いしているのだろう。


それにしてもスケルトンやらコボルトやらと、なかなか複数の厄介事を抱えている不運な村であるな。少し可哀想にも思えた。


その時である。唐突にチルチルが持っている鞄が光りだした。鞄の中でクエストブックが光っているのだ。俺は慌てて鞄の中から本を取り出すと新規されたページを確認する。そこには新しいクエストが記載されていた。


【クエスト002】

コボルト10匹を討伐しろ。

成功報酬、『攻撃魔法・ダークネスショット』。


新しいクエストだ。しかもコボルト退治のクエストとは丁度良い。まるで神様にでも仕組まれているかのようなタイミングに思えた。やらせっぽい。


でも、今度の報酬は攻撃魔法が貰えるクエストか。前回記載されていた声が貰えるクエストじゃあないのね。それが少しばかり残念だった。




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