第4話【チルチル】

俺が報酬として獣耳メイドを選択すると、眼前の地面に青い魔法陣が輝き出す。その魔法陣の中からメイド服を纏った獣耳の少女が湧き上がってきた。


どうやら本当に獣耳メイドさんが貰えるらしい。なんてサービス満点なのだろう。この本は素晴らしい。感謝感謝である。


そして、湧き上がるメイドさんはと言えば――。


歳のころは10歳程度。身長は120センチを超えているぐらいだろうか。小さい。小柄だ。明らかに幼女だ。そして絶壁だ。


嘘だろ……。そんな話は聞いていないぞ。詐欺である。騙された……。これでは俺がロリコン野郎だと疑われてしまう。ポリコレに叩かれてしまう。


しかし、少女は可愛い。顔付きはキリッと凛々しく尖った瞳をしており、ボサボサの黒髪の上に狼のような大きな耳が生えている。お尻には黒いフサフサの尻尾が生えていた。それがスカートに開いた穴から飛び出しているのだ。


ちょっと強気な風貌に伺えたが美形の幼女であった。しかし、体格からして狼と呼ぶよりも黒柴に伺える。とにかくこれはこれで可愛らしい。


そんなメイド少女が魔法陣から完全に湧き上がると俺を一瞥してから片膝を付いて頭を下げた。そして丁寧な口調で語り出す。


「お初にお目にかかります、御主人様。私はエンシェントウルフ族のメイドでチルチルと申し上げます。今後とも宜しくお願いします」


名前がチルチルって言うのか――。


それにしても残念である。俺的にはもっとピチピチの年頃的に食べごろのJK風な美少女メイドさんが貰えるかと思ったのに、まさか幼女のメイドさんが貰えるとは。これはこれで悪くはないのだが、幼女相手では間違っても手を出せないじゃあないか……。犯罪になってまう。凄く残念である。こんなことなら声のほうをもらったほうが正解だったのではないだろうか。早くも若干の後悔が湧き上がっていた。


このイレギュラーは予想していなかった。だが、枯れ果てた婆のメイドさんが出てくるよりはマシだったのかもしれない。幼女ならば、長い目を持って育てれば美味しく育つやもしれないからな。ここは地道に歩んでいこう。希望は潰えていない。


そんなことを俺が考えているとチルチルが辺りをキョロキョロと見渡しながら述べる。


「御主人様。見た限り、お屋敷が無いやうですが?」


屋敷?


そのようなものは無い。当然だ。何せ俺だってこの世界に来たばかりなのだから住む場所すらあるわけがない。


チルチルが困った顔で言う。


「わたくしたちメイド職は御主人様の身の周りのお世話を致すのが仕事で御座います。お屋敷が無ければ仕事になりません」


確かにだ。メイドとは調理や掃除を行うのが本来の仕事であろう。しかし、俺にはこちらの世界で住む場所は持っていない。そもそも俺はメイドにそんなものは求めていない。ただデレデレとパフパフしてもらいたいだけなのだ。だが、彼女はメイドらしい仕事を求めているようだった。


ならばと振り向いて時空の扉のほうを見た。そこには少し汚い四畳半の部屋が見える。


すると時空の扉が気を利かせて発言した。


「御主人様。駄目でございますよ。彼女はあの世には招けません。それが鉄のルールです。絶対の掟ですぞ」


やはりチルチルをアパートに連れ帰ることは出来ないらしい。ちょっと詰んだ気がする。


するとチルチルが述べる。


「では、しばらく旅をなさる御主人様の身の回りのお世話をしたらよいのですね」


俺は頷く。そうするしかないだろう。


「安心してください。このチルチル、掃除洗濯の他にも調理やお散歩も得意中の得意ですから」


それは関心な幼女である。だが、お散歩はお前の趣味だろう。だって黒柴っぽいもの。


だが、どうやらこの娘に任せておけば身の回りの世話は間に合いそうだ。それはそれで好都合である。まだ来たばかりの異世界だ、右も左も分からないから心強い。とりあえず彼女を連れて旅でもしてみるか。何せいつまでもこんな薄気味悪い墓場に居られない。どこか安住の地を見つけたいものだった。


「ふぁ〜〜ん……」


唐突にチルチルが大きな欠伸を落とす。凛々しい吊り目が眠たそうに垂れ下がって来ていた。


ああ、そうか――。


俺は星々の瞬く夜空を見上げた。そこには真っ赤な満月が揺らいでいる。もう夜なのだ。幼女のチルチルには御眠の時間帯なのだろう。


俺は四畳半に戻ると布団から毛布を剥ぎ取って異世界に戻って来る。それをチルチルに差し出した。


「御主人様、これは……」


俺の骸骨面を見上げるチルチルに俺は頭から毛布を被せてやった。すると毛布の隙間から可愛らしい顔を出して俺を見上げるチルチルが訊いてくる。


「睡眠を取っても宜しいのでしょうか?」


俺はコクリコクリと頷いた。するとチルチルが深々と頭を下げてから笑顔を見せる。そして、墓石を背にして毛布を被った。それからものの数秒である。チルチルはあっという間に眠ってしまう。


寝る子は育つと言うが、寝付くのが早いな。しかも良くこんな墓場で眠れるよね。流石は異世界人だ。神経がド太いのかな。


さてと、俺はどうしよう。アパートに戻って布団で寝ようか。否、チルチルを墓地なんかに残して一人で寝させてはおけない。万が一にアンデッドが再び湧いたら大変だ。俺もここに残ろう。


――に、しても、全然眠くならない。もう数時間は過ぎただろうに眠気のひとつも湧いてこない。それどころかお腹も空かないな。もしかして、このスケルトンな体は眠気や空腹も感じないのかも知れない。何せ胃袋も無いんだもん。これは食費が浮いてラッキーである。


その時であった。俺の視界に眠りこけるチルチルの寝顔が目に入った。たまにピクピクとトンガリ耳が動いている。可愛らしいな。ほっぺがプニプニしている。


俺はそっと毛布を摘むとチルチルの下半身を覗き込む。スカートの後ろから出ている黒い尻尾を凝視した。


この尻尾の付け根はどうなっているのだろうか。気になる。だが、これ以上の探索は運営に通報されても文句が言えない行動だ。世間的にはセクハラに含まれるかも知れない。まさかメイドを雇った初日にセクハラで訴えられたら問題だ。ここは好奇心をぐっと抑えて探索を諦めよう。


それから俺は毛布を戻して証拠を隠滅する。


そして俺は何気なく時空の扉のほうを見た。すると扉の眼球と目が合う。どうやらこいつも寝てないようだ。しかも、見られていた。これは不味いかも知れないぞ。口止めをしなくてはならないだろう。


「あ〜、私も寝ませんよ。何せアーティファクトですからね」


へぇ〜、そうなんだ。それよりも俺がチルチルのスカートを覗き込もうとしていたことには触れてこない。気の利いた奴だ。


でも、旅立つ際は、こいつをどうやって運べば良いのだろうか。もしかして、背負って運べなんて言わないよな。


「安心してください。私は自らの力で移動出来ませんが、時空に収納することができます。一度収納したら別の場所に出現し直せます。そうやって持ち運んでください」


なるほど、便利だな。


それにしても、なんで俺が何を考えているか分かるんだろう。このアーティファクトは思ったよりも出来るのかな?


「それは。私の特技ですかね。御主人様の考えならば表情を見ればすべて悟れますから」


骸骨の表情からすべてを悟れるとは、凄い眼力の持ち主だな。この扉は侮れん……。


何より男心を察してくれている。マジで有り難い。これならば少しぐらいエロい妄想にふけっても問題なかろう。




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