第2話【スケルトン】

俺は本に願った――。


【クエスト000・完了】

異世界を望め。望まねば我は消える。

成功報酬、『アーティファクト・時空の扉』&『アンデッドボディー・不老の体』。

クエスト成功、貴方は二つの報酬を獲得しました。


唐突だった。古びた本が輝いた。そして、眼前に2メートルほどの扉が現れたのだ。


驚愕に震える俺。ちょっとチビリそうだった。


その眼前に現れた木製の扉は岩のブロックで縁取られている。故に動かせそうなサイズではない。畳の床も重さで抜けそうだった。だが、俺の手は自然とドアノブに伸びていた。


俺は好奇心のままにノブを回して扉を開く。扉は小さな音を鳴らして軽々と開いた。しかし、その扉の向こうは薄暗い怪奇な景色。おどろおどろしい枯れ木が生えた洋風の墓地だった。ド派手な天国ではない。夜の野外である。漆黒の空には赤い月が満月を形どってまん丸と輝いていた。


その景色から、扉の向こう側が異世界だとわかった。ちょっぴり不気味だが、間違いなく夢の異世界である。でも麗しい乙女の姿は見当たらない。それが残念だった。


そして、俺は導かれるように扉をくぐって異世界に踏み込んだ。その途端に異変が起きる。


体が軽くなる。否、軽く感じただけかもしれない。しかし、36歳のおっさんが感じる体の重みと軋みが全身から消え去っていた。肩こりも消えた。


それもそのはずである。俺の体から衣類が消えていた。アパートの部屋でダラダラしていた時はジャージ姿だったのに今は何も着ていない。だからと言って、ただただ全裸になったわけでもない。って言うか肉がない。俺の体から服も肉も失くなっていた。骨だけになっている。スッカスカのスケルトンなのだ。チンチロリンまで失くなっている。


すると俺の後方で何かが輝いた。俺が踵を返すと扉の向こうで古びた本が輝いていた。俺の四畳半の部屋でだ。


スケルトンな俺は真夜中の墓地に立っていたが、扉の向こうは元居た世界のままである。


なので俺は部屋に戻ってみる。すると扉を超えた俺の体は元の人間に戻っていた。ジャージ姿のむさいおっさんにだ。しかもチンチロリンも復活している。


試しに腕だけ扉をくぐらせると腕だけが骨に変わった。腕を引き戻すとまた元の肉付きを有した人の腕に戻る。


なるほど、仕掛けは判らんが状況は理解できた。結論的には奇跡なのだが、そんなことはどうでもいい。俺は非現実的な状況を難無く受け入れた。


それから俺は輝いている本を拾い上げる。そして、ページを捲った。すると白紙だったページに新しい文章が書かれていた。


【クエスト001】

アンデッドを30体倒せ。

成功報酬、【アンデッドボディー・声】or【ファミリア・獣耳メイド】どちらかひとつを選択。


声?


声ってボイスのことかな?


そんでもってor【獣耳メイド】って……。


まあ、ボイスかメイドのどちらかを貰えるってことだろう。――に、しても獣耳メイドかぁ〜……。


俺は考えながら扉の向こうに歩む。すると俺の姿が再びスケルトンに戻った。片手には部屋から持ってきた本が持たれている。


俺は周囲を見渡した。奇っ怪な枯れ木に洋風の墓地。森の向こうには山のシルエットが見える。辺りは位が周囲ははっきりと見えた。空を見上げれば真っ赤な月と複数の星が瞬いている。その星々には俺が知っている星座はひとつも見当たらなかった。まさに異世界の夜空だ。


そして、俺の体の異変。


服は着衣していない。全裸だ。しかも肉がない骨だけである。胸元を見ると肋骨の隙間を夜風が抜けて行った。肺も心臓も内蔵すらひとつもない。空っぽだ。両眼下に指を突っ込んたが空振った。目玉も無い。髪の毛も無い。チンチロリンも無い。完璧なスケルトンだ。


そんな感じで俺が自分の変化を観察していると背後から声を掛けられる。初老の声色だった。


「御主人様――」


咄嗟に俺が振り返ったが、そこには人の姿が見当たらなかった。あるのは入ってきた扉だけである。開かれた扉の向こう側にはまだ元居た四畳半の部屋が見えている。


男性の声はどこから聞こえてきたのだろう。扉の周囲には人影が見当たらない。だが、確かに声はした。


「御主人様、わたくしはこちらです」


やはり空耳ではない。間違いなく人の声が聞こえる。誰かが側に居る。


「わたくしは扉の表面に居ります」


俺は首を傾げながら開いたままの扉を閉めると扉の表面を見る。すると扉の表面に一つ目を見つけた。覗き穴の辺りに眼球があるのだ。その眼球が喋っている。


「わたくしはアーティファクトアイテム・時空の扉と申します」


時空の扉と名乗った扉の口調は丁寧だった。まるで老紳士のような柔らかさを有している。俺はその扉に言葉を返そうとしたが言葉が出なかった。まあ、それはそうだろう。だって体はスケルトンなのだ、声帯だってありゃしない。要するに喋れない。言葉が発っしられないのだ。


俺はなるほどっと思った。そして片手に持たれた本を見る。思い出したのだ。


【クエスト001】

アンデッドを30体倒せ。

成功報酬、【アンデッドボディー・声】or【ファミリア・獣耳メイド】どちらかひとつを選択。


これで声を手に入れろってことだろう。なんとなく次に何をしたらいいのかが理解できた。


そう俺が思った刹那である。墓場のあちらこちらで地面が盛り上がった。そこから複数のスケルトンたちが湧き上がる。一体二体ではない。何十体も居る。そのスケルトンたちが俺を見るなり黒いオーラを噴出しながら迫って来る。更にはスケルトンたちの瞳が赤く光っていた。その赤光から恨みや妬みの感情が狂気となって伝わってきた。敵意である。


やはりそうだ。これは、このスケルトンを倒して声を手に入れろと本が言っているのだろう。もしくは獣耳メイドを……。


俺は片手から本を墓地の上に置くと、脇に落ちていたスコップを拾い上げる。そのスコップは現代日本のホームセンターで売っているような物ではなかった。そこら辺の長い棒にオールのような木の板を装着しただけの粗末なスコップだった。江戸時代とかの原始的な代物である。


まあ、武器としては十分に使えるだろうスコップである。素手で戦うよりはマシだと思えた。


それから俺はスケルトンたちと向かい合う。敵のスケルトンはゆっくりとした歩みでこちらに迫っている。動きが遅い。俺はこれなら勝てると予感した。



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