ゴールド商会に再就職。メイドさん好きな骨屋敷の御主人様は現代と異世界を行ったり来たりして金貨を稼ぐ。

真•ヒィッツカラルド

第1話【ウロボロスの書物】

騒がしい都会の町から少し外れた寂れた住宅街。ドブ臭い小川が流れている橋の袂に俺が済む家賃3万円のボロアパートは建っていた。


アパートの周りにはリホームもてきなそうな旧式木造の住宅がいくつも並んでいる。昼間になると町内の悪ガキどもが五月蝿く騒ぎまくり、夜になると時代遅れの暴走族がパラリラパラリラと賑やかに爆走する庶民的な街である。


それでも俺が高校を卒業してから住み着き、引っ越すこともなく暮らしてきた町なのだから慣れてしまえば天国だったのかも知れない。故についつい長居をしてしまっている。


人間の慣れとは恐ろしいものだ。どんな地獄でも住もうと思えば住めるし、暮らそうと思えば暮らせるのだ。


俺はテレビを眺めながら溜め息を吐いた。そんな溜め息もアパートの前でハシャグ悪ガキどもの笑い声で小さく聞こえた。どうせなら別の場所で遊んでもらいたい。どっかに行けって感じである。そう考えただけで再び溜め息が溢れた。切りが無い。


はぁ〜……。


俺は36年生きてきたが、何一つ良いことが無かった。そう思って生きてきた。最悪ではなかったが、特別に幸せだとも感じたことがない。


小学校のころから勉強もスポーツもあまり得意でなかったし、コミュニケーションも得意でなかったからクラスでもモブキャラだった。オシャレのセンスも悪かったから女の子にもモテなかった。学校には男友達は数人いたが卒業後はまったく会っていない。人望も無いってやつである。


そんな感じで淋しい学生生活を卒業して社会人に成ってもあまり変わらずに生きていた。仕事でも芽が出ない。プライベートでもさっぱり冴えない。やはり女性にもモテない。貯金も貯まらない。勝負事にも勝てない。趣味は漫画を読んだりゲームを嗜む程度。たまに買った美少女フィギュアのスカートを覗き込んでパンツを鑑賞するぐらいだ。有り体に言えばボッチのヲタクである。そんな人生を送っていた。


俺は世界から見て、ただの小さな歯車のひとつである。朝起きて会社に出社、仕事が終わったらスーパーマーケットで酎ハイを買って誰も帰りを待っていないアパートに帰ってから一日の平和に独りで寂しく乾杯する。そんな日々が続くばかりだった。正直言って寂しい。すっごく淋しい。彼女が欲しい。美少女のメイドさんと付き合いたい。


海外の外人さんは日本人に産まれただけで親ガチャに当選したようなものと言うが、それでも寂しさと言うものは積もっていくものである。人間とは群れないと寂しさで死んでしまう生き物なのだ。孤独とは恐ろしく強い魔物である。だからメイドさんに心を癒やしてもらいたいのだ。それぐらい願っても罰は当たらないだろう。


日曜日の昼頃。俺は昨日の晩酌で飲み残した缶酎ハイの栓を開けると、ダラダラとしながらテレビを眺めていた。トランクスの上からチンチロリンを何気無く弄りまわす。するとキンコーンっと唐突に玄関でチャイムが鳴った。宅配の配達員の声が聞こえてくる。


俺は玄関で配達員から荷物を受け取ると薄暗い四畳半の部屋に戻った。実家からの荷物である。小包だ。


だが、送り出し人の名前を見て驚いた。それは祖父であったからだ。五年前に亡くなった祖父からである。


荷物の名前を眺めながら俺は親父の悪戯かとも考えたが、堅物の親父がこのようなつまらない悪戯をするとは思えなかった。お袋も同様にこのような悪戯をするようなお茶目な人格ではない。サプライズはあり得ない。夫婦揃って真面目な人たちだからだ。不真面目に生きているのは息子の俺だけである。だから俺は小五月蝿い家を出て一人暮らしを始めたのだ。


俺は四畳半の部屋で座り込むと亡くなったはずの祖父から送られてきた荷物を開けた。すると小包の中から一冊の古びた本が出てきた。ハードカバーの古びた本である。残念ながらエロ本とかではない。


その本はやたらとカビ臭い。表紙にはUROBOROSと書かれており自分の尾っぽを咥え込んだ大蛇のような怪魚が表紙に画かれていた。その他には骸骨たちの刺繍が施されている。故に少し不気味であった。


表紙は黒革だ。中身の紙は羊皮紙である。それらから年代物の書物に伺えた。


本の中をパラパラと捲ってみると殆どのページが白紙であった。エロい挿絵とかはひとつもない。しかし、最初のページだけに文字が書かれている。だが、読めない。その文字はルーン文字風でチンプンカンプンだった。学も何も無い俺には読めやしない。


そのルーン文字と俺がにらめっこをしていると本の文字が生き物のように動き始める。書かれたインクが動き出して別の文字を作り出した。それは日本語である。


そして、文字はこう書かれていた。


【クエスト000】

異世界を望め。望まねば我は消える。

成功報酬、『アーティファクト・時空の扉』&『アンデッドボディー・不老の体』。


――そう書かれていた。


なんやねん、それ。意味がわからん。意味は分からないが、この本が不思議な本だとは理解できた。本の文字が動くなんてあり得ないからだ。


だが、俺の心の中では驚きよりも感動と期待のほうが上回っていた。


異世界を望め。望まねば我は消える。成功報酬、『アーティファクト・時空の扉』&『アンデッドボディー・不老の体』


この文章が意味するのは異世界を望んだだけで成功報酬として時空の扉と不老の体が手に入ると言った意味だろう。それ即ち転生だ。世に言うところの異世界転生だ。


ならば俺の回答は決まっている。望む以外にない。何せ望むだけなら無料だからだ。


望む、異世界を俺は望むぞ!


厨二臭いトラップに引かれて俺が狭い部屋の中で心に決意すると突然ながら本が光りだす。するとページの文章が更新された。軌跡は起きたのだ。




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