観察日記1

 


「……!」


 固唾を飲んで、その表情が見えるのを待った。

 突っ伏して寝ていたためか、額には赤く聖痕が刻まれていた。

 よだれが垂れ、紛うことなく目は半開き。


 この部屋の主の正体が明らかになった。


「っ……!!!!」



 ……………誰??




 ……いやいや待て待て。

 俺はこの子を知っている。


 えぇと…、隣のクラス?



「あぁ……、何か……いたような気がする……?」


 記憶が朧気だが、廊下や掃除中にその姿だけはチラッと見たような。

 名前は……?

 あれ、名前名前。

 何だっけか。


 佐々木……?

 笹本……?

 ささなんちゃら…だったと思う…けど、あまり交流する機会がなかったような気がする。記憶に自信が無い。

 ちなみに下の名前は分からない。ごめんなさい。


「でもなんで、この子の部屋に?」


 正直、縁もゆかりも無い。

 顔もあまり印象に残らない、いわゆる地味めな部類に入ると思う。

 だからこそ謎だ。

 死んだ時って、それこそ家族とか恋人とか親友とか、そういう割と親しい関係性のとこに化けて出るもんじゃないのか?

 なんで俺はこの子の部屋に……?


 と、不意に。


「ああぁああああああああ!! また夢に出てきたよ! 慎太郎君!!」


 目の前の女の子は唐突に、そんなことを口にした。

 ちなみに慎太郎というのは、俺の名前だった。

 バフっとピンク色のベッドにダイブし、枕を抱きかかえ、んん〜〜〜♡と声にならない声を上げている。


 足をバタバタさせ、制服がシワになるのもお構い無しに、何度も何度もベッドの上を転げ回っている。


「うぉぉぉぉお………♡♡♡」


 何度も何度も枕にチュッチュしている女の子。


 いや、、、何か。

 ごめんなさい。

 見てはいけないものを見た気がする。

 言葉を失うほど壮絶な光景に、俺は言葉を失っていた。

 大人しめな見た目に反したそのギャップ。

 あれ、もしかして皆こんな感じなのか?

 思春期の女子って。


「慎太郎………君……♡…」


 恍惚とした表情を浮かべ、女の子はおもむろに制服のポケットからスマホを取り出し、ディスプレイを覗き込む。

 薄暗い部屋に明るい光が灯り、女の子の顔を照らした。


「………?」


 なんだろうか、さらに顔がとろけたぞ?

 何の気なしに彼女に近づき、後ろから画面を覗き込む。

 すると。


「っ!!!」


 画面に映っていたのは、どこからどう見ても俺。

 間違いなく俺。

 俺だった。


「怖っ……!」


 角度的に俺を隠し撮りしたような、そんなアングルだった。

 クラスTシャツを着ているから、この前の体育祭の時のものだろう。

 撮られてるなんて全然気づかなかったんだけど…?


 なんかもう色々と怖い。


「ふふふふふ……、かっこよかったなぁ」


 ニヤけてしまうのか、女の子は何度も俺の姿を見ては、怪しげな笑みを浮かべている。

 ストーカーとまではいかないだろうけど、それに近しい何かを感じる。

 ってか、俺の写真なんて持っていても、なんの得にもならないだろ。

 悪い気はしないけど、かといって気持ちの良いものでもない。

 生前はモテたいモテたいと常々思っていたけど、案外いいものじゃない?のかもしれない。

 知らない人からの好意は得てして、嬉しくは思わないのだということを感じた。


「今日もかっこよかったよ〜〜〜。慎太郎、また会いたい…………」


 今日、俺と君って会ったっけ?

 記憶に無いんだけど……。


「すれ違えたのは奇跡だったなぁ……。マジ神。ほんとに尊い尊い…………」


 すれ違っただけかい。

 それ会ったって言わなくね?


「また明日も会えますよーに!!!!」


 パンパンと俺の写真に向かって手を叩く女の子。

 でも…………残念。

 その願いが叶うことは、もう無い。

 死んじゃったからね、俺。

 うぬぬ……と真剣に祈っている姿に、ほんの少しだけ申し訳なさが生まれた。


「何か……、色々とごめんなさい」


 見ちゃいけないものを見てしまい、ごめんなさい。

 死んじゃってごめんなさい。

 俺も彼女に向かって合掌。


 部屋の中に手を合わせる男女が1人ずつ。


 …………なんじゃこれ。


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