第9話 覚悟

 蓮たちが外で散策をしている頃、音村は地下修練場にアリシアと向かっていた。


『さ~て、あれだけ、大見え切ったお主が何分で音を上げるが楽しみじゃの~さてさて、どんな罰を与えようか』


『何分?アリシアさん何時間の間違えじゃなくて?

罰ゲームよりご褒美を考えた方がいいぜ、思いついた罰ゲームを無駄にしたくなかったらなぁ!』


 にやけながら音村を揶揄うアリシアに対し音村は勢いよく言葉を返した。


『ふむ…青二才が言いよるわ…ならば証明して見せよ!その言葉に恥じぬ実力をッ!』


 バシッ!


『言われなくてもそのつもり!』


 地下修練場につき前に進む音村にアリシアは水晶を投げ渡し、音村はそれを受け取った。

 両者互いに不敵な笑みを浮かべ、二人の勝負の幕が開かれた。


(さ~て、ここまで大見え切ったからにはもう後には引けないな…

 とはいえ後に引けない状況の方が燃えるし朝の修行でその成果は証明済みだぜ!後は俺の全部を100%出すだけっしょ!)


 音村は風のイメージを固め、水晶に魔力を込めた。


ブワァッ…


音村が魔力を込めると水晶を中心に風が集約し、水晶は黄緑色の光を発した。


(風のイメージは朝の修行の甲斐あってちゃんとできてるねぇ…

 あとはこれをどうやって持続的に維持するかだけど…まぁ力む必要はねぇな…俺が浮いてた時とかそんな力んでなかったと思うしね)


 音村はそのまま魔力を込め続け、30 分が経過した。


『ほう…音村の奴、口だけではなさそうじゃな』


(うん…心地いい風だね、今俺はそよ風をイメージしてるわけだけど台風や竜巻をイメージして強い魔力と共に浮かんだ呪文を発しちゃったら蓮の二の舞になりそうだね、どうなるか気になりはするけどここは我慢、我慢)


 音村が魔力を込め始めて50 分が経過した。


(うーむ…この調子だと音村の奴成功しそうじゃのう…よし、少し揺さぶってみるか)


『音村、お主が成功できた褒美は何がいいかのぉ~?膝枕か~?、あ~んか~?

そ・れ・と・も…一緒に風呂でも入って背中洗いっこかのぉ~?』


 アリシアが音村を甘い声で揶揄った直後…


ビュゥウゥゥウ!


『な、何じゃ!?』  


水晶を中心として激しい風が舞い上がり、アリシアの顔に血らしき赤い液体が付着した。


『こ、これは血か…!?』


 アリシアは自身の顔に触れ、付着物を確認した。


『ゴフォ…ア、アリシアさん…ここまで俺を揺さぶったんだ…『覚悟』はできてるよね…?』


 音村はアリシアの精神攻撃に対し、自身の下唇を噛みつけ正気を保っていた。


『此奴…自傷してまで己を制しよった…自身の昂る気持ちを魔力暴走ギリギリの出力で留めておる…』


『な、なんて奴じゃ…』


 音村は高出力の魔力を放出し続けて5 分が経過した。


『ぜぇ…ぜぇ…あとご、5 分…』


『もうよせ!音村!このままだとお主魔力欠乏になってしまうぞ!』


『やめろってことかい…?ハァ…ハァ…アリシアさん…あんたのせいで俺、今大変なんだから…全部あんたのせいなんだ…』


『く、狂っておる…』


(此奴は蓮と違った意味で危ういぞ…蓮が魔の才に精神力が追いついてないが故の暴走だとして…

 此奴は魔の才も精神力も高水準じゃが…自身の強すぎる意志があるが故歯止めが効かぬ…)


『これは蓮よりタチが悪い…』


 更に3 分が経過した。


『あ゛…どに゛ぶ…ん゛…ゴフォ!』


 音村は自傷した口から血をこぼし、魔力と体に限界スレスレで今にも倒れそうになっており、魔力の出力も落ちていた。


『すまぬ…音村…これ以上は見てられぬ…』


 ドガッ!


 アリシアは音村の後頭部を杖で殴りつけ、音村は気を失い倒れた。


『これ以上はお主の命に関わる…妾の負けじゃ…回復魔法をかけた後お主の意識が戻ったら褒美について話し合おう…

 お主の覚悟を汲んでやらねば筋が通らぬというもの…』


『…妾も大人気なかったがこれで奴の精神力の強さを知れた…十分過ぎるほどに…』


(この二人はやはり危うい存在じゃ…扱いを間違えるととんだ痛手を喰らうやもしれぬ…しかし、クラウンの奴にこの二人が手中に収められることはこの上なく最悪な結果…)


『…これからが重要じゃな…此奴らが今後毒になるかそれとも薬になりうるかは妾の導き次第…』


『ハハハハハッ!いや~アリシア様よ~どえれぇモン入れちまったようだな~!』


 ライムグリーンの髪に茶色の羽根つき帽子を被った西洋の旅人風な恰好をした身⾧

170cm くらいの青年が笑いながらアリシアによって来た。


『…もう帰っておったのかリベルよ…』


『…帝国がなんか動いてそうな感じだったし、こっちはどうなってるかなぁ~?って様子見にきて帰ってきたらそれはもう!面白いって言葉じゃ足らなかったよ!』


『ログ見させてもらったぜ…黒髪の奴も相当やばかったが、今見たそこに倒れてる奴もやべぇ!…毒にも薬にもなんねぇそんな温いやつはココにはいらねぇ…

 こいつらを中心として停滞していた時の歯車は動き出した!もう誰にも止められねぇ!』


 帽子を脱ぎ、両手を広げながら声高らかにリベルは語る。


『アリシア様!こんな面白れぇ原石どこで拾ったんだよ!一人で磨こうとすんじゃねよ水臭ぇ!』


『…相変わらずじゃな、刺激に飢えた獣め…』


 アリシアは杖から記憶共有魔法を放ちリベルの頭に打ち込んだ。


『うぷッ…あぶねぇ、あぶねぇ…なるほど帝国から横取りしたわけか、実にファインプレー』


『よくもまぁ…毎度出力も情報もロクに整理していない即席情報弾を受けて多少の吐き気で留められるのぁ…そこだけは評価してやる』


『…おいおい、誰が情報と金と資材を落としてくれてると思ってんだい?

 もっと俺のこと大事にしてくれたっていいんだぜ?蓮君みたいに?記憶共有は慎重に行うべきだったな…』


『ふん!別にお主に何見られようとどうでもよい、暇さえあれば賭博に酒に女遊びに明け暮れおってからに』


『どうやら母と冒険の二個どりはできなそうだね…』


『…ほうならば母と冒険するか?』


『それはやめとく』


『ほれ見ろ』


『それにお主は立派な大人じゃいつまでも母に甘えるでないぞ』


『俺も貴方に拾われなきゃスラムで今もクズやってただろうしな…

 俺とてあんたに救われ導かれた一人だせいぜい弟達の面倒見てやってくれや、貴方は失敗しない俺が保証する』


『その言葉からは微塵の説得力も感じぬが…お主もこ奴らの兄じゃお主にしか与えられんものもあるじゃろう…くれぐれも『悪影響』は与えてくれぬなよ…?』


『ハハハハハッ!全く信用されてるのかいないのか…毛も生えてるかもわかんねぇガキには早ぇからそこは気にすんな』


『…まぁよい、妾は音村の治療をするお主の情報は夕食の時に聞かせてもらおう』


『んじゃそれまで、俺は暇つぶししてくるじゃまた会おう…母さん』


『…母か』


 アリシアは工房からでたリベルを見送り、音村を工房のベッドへ運んだ。


『ラギーそろそろアリシア邸に戻る?』


『…そうだなもう怪鳥はこりごりだ…』


 蓮とシエルは自然地帯からアリシア邸に帰ろうと歩を進めたその時…


『…やぁ君が蓮君か探したよ』


(此奴…!音もなくいつの間に!?)


 蓮は即座に車椅子から降り、目の前に突如現れた謎の男に身構える。


『なんだリベル帰ってたんだ…ラギー身構えなくていいよ身内だから』


 シエルは落ち着いた様子で目の前の男が身内であることを蓮に伝えた。


『あんたがリベルか…もう少し心臓に配慮した登場をしてくれ…』


『ごめんね蓮君、少々君を試させてもらったよ。臨戦態勢に入るのが遅い人ほど死ぬのは早いからね、さっきの動き悪くなかったよ』


(此奴が蓮か…警戒心がそこそこ強そうだな…基本的に人間を信用していない…『そういう』環境で育ったのか…?)


『…善意があったのなら此方も警戒を解こう。これから付き合いが⾧くなりそうしあまりギスギスしない方がお互い良さそうだからな…俺は如月蓮、多分詳しいことはアリシア辺りから聞いてるだろ?』


『まぁね、俺はリベル=カプリス、リベルって呼んでくれ』

(意外と大人…歳不相応な達観具合だなぁ…)


『蓮君、怪我してるのにビックリさせて悪かったね一人で車椅子座れるかい?』


『多少痛むが誰かの手を借りるほどではないよ…』


 蓮はそう言い放つと自力で車椅子に座った。


『それにしても立派なビッグバードだ今夜は鳥料理かな!』


 リベルはシエルが引きずっていたビッグバードに目を移す。


『うん…そのつもり』


『5m 級のビッグバードの処理は大変だろうね早く取りかかった方がいいかも…早く帰って皆んなに手伝ってもらった方がいいかもね。

 シエル先に行っててくれ俺は蓮君と二人で話したい…話がひと段落ついたらすぐに手伝いに向かうよ』


『わかった、ラギー…リベルは紳士的で良い人だから安心して仲良くなって良いよ…じゃ私は先に帰るね』


 シエルはビッグバードを引きずりながら蓮達を後にした。


『どうやら、信頼が厚いようだな…』


『ありがたいことにね…蓮君は生きていく上での目標や目的ってある?』


『元いた世界で失踪した妹の生死を確認したい…そして母とじっくり本音で話し合いたい

…それを成し遂げるまでは死ねない』


『あぁ…ごめんね随分デリケートな部分に触れちゃったね。それにしても凄いね蓮君若いのに大したものじゃないか』

(なるほど、それが此奴の戦う理由ってやつか…それじゃ人は殺せねぇな)


『その過程で戦禍に巻き込まれて、最悪人の命を奪うこともあるかも知れない…意地悪な質問かも知れないけど君にその覚悟はあるかい?』

(さぁ…どう出る)


『……どの道帝国は、王国や俺たちの世界を侵略し多くの命を奪うつもりだ殺らなきゃこっちが殺られる…命がどうこう言ってられる状況じゃないだろ』


 蓮は暫しの沈黙の後答えた。


『……なるほど』

(冷静でごもっともなことな答えだ…だけど此奴は実際に人を殺したことがない…多分…見たい!此奴が人を殺すところを見たい!此奴の覚悟が本物か偽物か確かめたい!)


『ごめんね、蓮君初顔合わせでこんなことすぐ聞くんじゃなかったね…俺の配慮が足りなかった…』


『気にしないでくれ…リベルさんの善意が分からないほど俺はバカじゃない』


『せっかくだからもっと良いことを話そう!君の元いた世界の文化とか色々教えて欲しい!俺からはこっちの世界で色々な所回ってきたからお互い教え合おう!』


『ふっ…了解』


 蓮とリベルはお互いの世界のことを語り尽くした。 


『いや~!君の居た世界の話とても面白かったよ!』


『俺もこの世界の理解が深まった…とても有意義時間だったよ』


『さて、そろそろ戻ろうか!ビッグバードの解体が終わる前にね』


『あぁ』


 リベルは蓮が乗った車椅子を押しアリシア邸へ向かった。


『痛てて…俺確か地下修練場で魔力制御の修行やってて…あれ記憶が曖昧だぁ…』


『やっと気が付いたか音村よ…』


『ん?アリシアさんの顔が真上に…心なしか頭が幸せ…?

ウホォ!?ヒ・ザ・マ・ク・ラ!

……生きててよかった…』


『大袈裟な奴め…まぁ褒美じゃ…妾も大人気ないことをしたその謝罪も含めてな…』


『んってことは、1 時間達成してたんだ…よかった』


『……確実にな…

 ともあれ!お主は一時的に魔力欠乏状態なったが今はそれも回復しておる…体の損傷は蓮と比べ軽度じゃもう動けるじゃろう…

もう夕方じゃ夕食の支度をするぞ!』


 フラッ…


『了解…おっと…』 


 音村はベッドから立ち上がろうとした瞬間少しフラついた。


『少し貧血気味かも知れぬなぁ…まぁ鉄分は嫌というほどこれから摂取することになりそうじゃが…まぁついてくるが良い』


『うぃ~』


 音村はアリシアに連れ出され外に出た。


『ウワッ!なんだこのでかい鳥!』


 音村はビッグバードを目の当たりにし声を上げた。


『遅いぞ…音村お前も早く解体手伝え』


『お、おう…ところで蓮…

そこのお兄さんはどちら様で?』


『俺の名前はリベル=カプリス、リベルで良いよ君は音村君だったね?アリシア様から話は聞いてるよ』


『お兄さんがリベルさんだったのか!俺は音村騒!よろしく!』


『あぁ…よろしく』

(ふ~ん、元気が良い男の子って感じだな…蓮とは対照的か…)


 音村とリベルは互いに握手を交わした。


『音村君…この鳥はビッグバードと言って全ての部位に需要がある捨てるところが存在しない鳥なんだ』


『はぇ~すっごい』


『しかもこのビッグバードは5m 級は少なくとも50 年は生きてるね…滅多にお目にかかれない大物だよ。

 栄養満点の血はスープや出汁に肉や内臓…脳味噌は食料…皮は食料兼革素材骨は出汁や装備に、爪や羽は加工して武具に…目玉は実験材料…挙げたらキリがないが全てに需要がある鳥さ…しかも50 年もので熟成された旨味と品質の良い素材が確約されている…』


『なんか聞いてるだけで…美味そう…』


『血抜き終わったよ…後の工程は頼んだよ』


 レオンはビッグバードの血を操り血を大きな容器に移した。


『流石…レオン見事な液体操作だね』


 リベルはレオンの技術に感心した。


『男共は解体でウチらは料理の準備やな』


 料理組と解体組で分かれて作業を行った。


『解体はひと段落ついたね…』


『ひゃー!疲れたぜぇ~』


『確かに…中々のハードワークだったな…』


 解体作業に従事した蓮と音村とリベルはお疲れの様子だ。


『今回使いきれなかった血は熱殺菌して容器詰め…骨は火を通して乾燥かな…余った肉は冷凍して明日血と一緒に王都に売りに行きたいけど…蓮君頼めるかい…?』


『あぁやってみる』


 蓮は魔法のイメージを固め、出力を設定し浮かんだ呪文を唱えた。


氷結フリーズ!』


『うん!お見事!』


『蓮やるなぁ!明日多分俺ら王都に買い出し行くかもだから~そのつもりでなぁ~』


『男共~飯できたで~』


 蓮の冷凍が終えると遠くからイズナの声が聞こえた。


『お!風からいい匂いが伝わってくる!リベルさん!蓮!行こうぜ!』


 音村は調理場へ勢いよく向かった。


『彼…賑やかな人だね…賑やかなのはいいことだ…』


『まぁ…賑やかすぎるのも考えものだがな…』


『ふっ…蓮君僕は残った素材を別の場所に移しに行くから先に行くといい』


『分かった…音村の奴が食い尽くす前に戻ったがいいからなるべく早く来ることを勧めるよ』


『ハハハッ!その時はその時さ!』


 蓮は音村の後に続いた。


『…そうか彼らは明日王都に…』


『ハハハッ!決行しよう!検証しよう!彼らの覚悟を!明日明らかにッ!』

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