第7話 対照であるが故に…

『チィ~スッ!アリシアさん記憶共有して貰いに来たぜぇ…おやおや…こりゃ邪魔したかね…』


 音村が工房に入り目にしたものは安楽に眠る蓮を慈愛に満ちた表情で膝枕しつつ、優しく頭を撫でなるアリシアの姿だった。

 まるで母が子をあやすかのような…


『そういやもうそんな時間であったな…蓮は此処で寝かしておくからお主は自室のベッドに行くが良い後に妾も向かう』


『りょっ!蓮もお大事にな…』


 音村は少し澄ました笑顔を浮かべながら工房を出た。


『音村の奴もどうやら殻を破ったようじゃな…朝のしょぼくれた顔の面影すらない』


『蓮…妾は音村に記憶共有を施してくる。

 今は安らかに眠っておるようじゃが昼食ができた際は問答無用に起こしてやるから今のうちに精々束の間の安息を味わうが良い』


 アリシアは工房を後にし、音村たちの部屋へ向かった。


『来てやったぞ音村よ…』


『お!アリシアさんいらっしゃい!俺の方はもう準備万端だぜ!』


 音村はベッドに横たわりながらアリシアを向かい入れた。


『うむ…では早速始めるぞ…

 一時間くらいで終わるからそれまで大人しくしておくのだぞくれぐれも途中で吐いたりせんようにな!』


『お、おう…最善は尽くすよ』


(……あ…やべ!一段目のベッドは蓮のベッドだ!吐いたら怒られるどころじゃ済まなそう!けど今更もう動けねぇ!)


 アリシアは音村が寝ているベッドの横に椅子を持ってきて音村の頭に手を当て記憶共有を行った。

 アリシアの手は白に緑を含んだ光に覆われ、円形の光を中心に複数の魔法文字が記された輪が形成された。


(うぉおぉおぉ!?なんか入ってくるぅ!

 あ…やべなんか気持ち悪くなってきた)


『ゴホッ!ゴホッ!オ゛ェ゛エ゛!』


 音村は吐瀉物を出しはしなかったがものすごい勢いで嗚咽を繰り出している。


『絶対に出すのではないぞ!もし出したら昼食のみならず夕食も無しじゃ!』


『そりゃ…まずいな…オ゛ェ゛!もし耐え切ったら…ゴホッ!ご褒美くれよな…』


『…考えておく、ともかく吐いたら飯抜き確定だと思うが良い』


 音村は最終的に吐きはしなかったが大層疲弊し…無気力にベッドに横たわっていた。


『一時はどうなるかと思ったが…よく耐えた褒美に回復魔法をかけてやろう』


『ヒーリング!』


『ふぅ~すーとしたぜぇ…ん~でも褒美が回復ってねぇ~…

 なんか別のもの期待しちゃってたなぁ~…

例えばアリシアさんの抱擁だとか膝枕とか?』


『いつ吐瀉物を撒き散らすか分からんような奴にそのようなことはしとうないわ。

 別に回復させなくてもよかったのじゃぞ?その状態では昼食なんて喉を通らなかろう』


『確かにご飯は美味しく食べるのに越したことはないよな!ありがとうアリシアさん!』


『うむ、よろしい。

 蓮を起こしに行った後、昼食の支度を手伝ってくるがよい』


『うぃ~了解~』


(…この温もりは遠い昔に感じたもの…あの頃まだ何も起こらず平穏そのものだった…)


 アリシアが退室した後も蓮は眠りについていた。


『……母さん…』


(…俺は…過去に囚われ今を直視せず…

 逃げていただけだ…全力でぶつかることから…)


『…このまま何も起こさないままくたばる…そんな後悔だらけの空虚な人生歩むくらいなら…やれることは全部やり抜く…全力でな…』


 そう言って蓮はベッドから起き上がった。


『…時間は限られている…今は一刻さえも惜しい…』


 蓮は工房内部を見渡した。


『…幸いにも地下修錬場へ繋がる階段はまだある…

 まだ…あの感覚が残っているうちにやらねぇと…俺はもう立ち止まれないからな』


 蓮は地下修錬場へと向かった。


『…俺がこれを…』


 蓮は自分の放った魔法が齎した光景を直視した。


『…これが今の俺の魔力の限界と見て…あの時の間隔を思い出し魔力の絶対量を逆算しないとまたぶっ倒れるな…』


『多少動けるようになったが魔力は…全快時の約2 割と言ったところか…

 だったら俺が放った魔法の魔力を利用するほかない…元々は俺が放った魔力…親和性は保証されている…』


 蓮は氷上へ一歩踏み出した。


 ツルンッ!


『うぉ!?』


 蓮は滑り尻もちをついた。


『痛てて…これは相手を滑らせるには申し分ないが…自分が滑って転倒しちまうのは本末転倒…

 氷そのものを御さねぇと…だが今はまだ転倒するのは仕方ない…転倒時のリカバーを考えなくては…』


(…まず第一に考えられる行動は受け身…

 この方法は汎用性が高い柔道の授業を思い出すか…

 次に考えられる行動は氷の滑り台を瞬時に生成し転倒の衝撃を受け流す…

 もしくは柱を形成して体を支える…とは言っても氷の生成のような高度な魔法はまだ今の俺には早い…)


 『まずは、受け身をそつなくこなせるようになってからだな…』


(歩く、滑る、跳躍する…思いつく限りのありとあらゆる行動を試し転倒に瞬時に対応しなくては…)


 蓮は氷上での受け身の特訓を開始した。


『いってぇ…』


(転倒するタイミングは予測がつかない…

 つまりいち早く転倒に気付き対応するしかない…思考、感覚全てを研ぎ澄まさなければ…)


『…もっとだ!もっと速く!』


(全ての動作に無駄な動きが入る余地を与えるな!倒れたらすぐに起き上がれ!)


 蓮は絶え間なく受け身の特訓を続けた。


『…1時間は経過した頃か…転倒の頻度は下がり受け身の成功確率も80%は固くなってきたな…』


(俺が氷に何回も衝突し…体全体で氷を何回も感じ取ることができたからか氷上での自由度が増し…

 少しずつだが氷を制御出来つつあるのかもしれない…)


『…次は氷の造形の特訓だ…』


(まずは、構造が簡易的な氷柱の形成からだな…)


 蓮は氷柱のイメージを固め周囲の魔力を集約し、放出した。


『…案外あっさりと出来るもんだな…』


(あの時…魔力に深く干渉できたこともあり体が要領を覚えているのかもな…)


(よし、これよりも他にもっと多くの造形を試してみよう)


 蓮は氷柱の他に滑り台、剣、壁等多くの氷の造形を行った。


『…造形の方はこれくらいでいいだろう。

 次はこの氷の剣を振るいながら激しく動いてみるか』


 蓮は氷上を滑りながら様々な動きを行った。


『転倒した際も受け身をとるか瞬時に造形を行い対処するか様々な場面で適切な判断を瞬時に行わなければ…』


 蓮はこの特訓にのめり込んだ。


『おーい蓮そろそろご飯の準備すんぞ~、おねんねはそこまでだぜぇ~。

っていねぇし、便所行ってんのか?』


 記憶共有を終えた音村が蓮が寝ているはずの工房のベッドを見たがそこに蓮の姿はな

かった。


『アリシアさ~ん!蓮いねぇぞ~!』


『ん?しばし待っておれ』


 音村はアリシアを呼びつけ、それを聞いたアリシアは工房へ向かった。


『…ベッドの温もりはもうないな…どうやら妾が去ったすぐに蓮はここを去ったようじゃ』


『そっかぁ…どこ行ったんだろうな~とりま俺はトイレの確認と蓮を見なかったか皆に聞いてくる』


『うむ、頼んだぞ音村』


『おう!頼まれたぜ!』


 音村は勢い良く工房を出た。


『…蓮の奴めいったいどこに行ったんじゃ…』


 カアァンッ!


『…ふむ、下から何かぶつかる様な音が聞こえる…

 もしや蓮の奴!あの状態で特訓を行っておるのか!?奴にはもうほとんど魔力は残ってはおらぬはず!

 病み上がりで魔力欠乏にでも陥ったら先ほどの比では済まない程衰弱する!急いで辞めさせねば!』


 アリシアは急いで階段を下り、地下修錬場へ向かった。


『……なんと…』


 アリシアは蓮の特訓を行っている姿を見て言葉を失い見入っていた。

 蓮は氷上を早送りでもしたかのように高速で滑り、瞬時に氷柱を始めとした様々な造形物を生成し、アクロバティックな動きで自身が精製した造形物を無駄のない動きで剣で切り付けていた。

 転倒し床に手をついたのならそこから氷柱を生やし、その勢いを利用し滞空した後に姿勢を安定させ滞空したまま足裏から小さな氷壁を生成し蹴りつけ、事前に生成していた氷の造形物をその勢いもまま切りつけ瞬時に姿勢を安定させそのまま慣性を利用しジャンプ台を生成し、瞬時に次の動きに移っている。


(…蓮の奴にいったい何が起こっておる!地下修練場の室温は低い…

 蓮の魔法の影響でうまく機能しておらぬのか…?とは言っても氷結された範囲自体は縮小しておる。

 …まさか自身の少ない魔力を周囲の魔力を利用し補っておるのか!?ならば温度上昇がなくとも氷結範囲が縮小した説明はつく。

 …しかしいくら自身が発した魔力で親和性が高いとはいえ瞬時にそれをあれほど速く取り込み瞬時に出力できるものなのか…?)


『まさか…』


(蓮の別枠魔法は時間操作…だとしたら自身を加速させることはできる。

 …しかし蓮の今の魔力は乏しい…いくら周囲の魔力を取り入れたとてほとんどは氷に由来する魔力…

 そのまま利用すると変換に時間や魔力自体のロスが生じるはず…無理やり辻褄は合わせるならば加速で時間のロスを補い…

 自身が発した親和性の高い魔力を周囲から集めそれを親和性向上の触媒とすることで親和性の問題を解決…

 そしてそれに必要な多量な魔力をこの施設の解凍システムから収集…)


(…しかし、そうような高度なことが一切の暴走もなしに可能なのか…?)


『……底知れぬな…』


(周りの魔力、動きの慣性、全てを利用し瞬時にやりたい動きを実行する…

 そこに一切の無駄な動きを入れない…俺はとまらない…いや止まりたくない!)


 蓮は自分の高度な動きからくる高揚感に身を任せ、一種の過集中状態…所謂ゾーンに入っていた。

 ゾーンに入った蓮は絶え間なく動き続ける以外の思考を持ち合わせていなかった。


(蓮も奴…笑っておるのか…?

 もしや魔にまた心を奪われておるのかもしれん!)


『蓮!そこまでじゃ!』


(あれ…体が…)


 ドサッ!


 アリシアが蓮に特訓の中止を呼び掛けたのもつかの間蓮は氷上への着地の適切な対応ができずにそのまま倒れこんだまま氷上に滑り込んだ。


『蓮!』


 アリシアは倒れこんだ蓮に駆け寄る。


『蓮よ気は確かか!?』


『…ア、アリシアか急に力が入んなくなっちまった。カッコ悪いところを見せたな…』


『愚か者!さっきまで魔力欠乏で寝込んでおった奴が無理しおって!

 高頻度の魔力欠乏は最悪の場合命に関わるのじゃぞ!』


『…無理でも何でも出来ることはやらねぇとな…敵はいつ仕掛けてくるか分からねぇ…

 そうだろ?もし、敵が襲ってきて未熟で勝てませんでしたじゃ話にならんだろ』


『そうか…では妾からも言わせてもらおう、お主が修行で無理して体が故障し敵が襲ってきたときに体が壊れてて何もできませんでした…

 それでお主は悔いはないと言い切れるのか?』


『…それは』


 蓮はアリシアの言い分に返答出来ずにいた。


『お主は一見物分かりがよく器用に見えるが、実際の生き方は不器用そのものじゃ…

 危なっかしくてやはり誰かが見て支えてやる必要がある…世話の焼ける奴よ…

 どれ…体を診てやる、大人しくしておくのじゃな』


 アリシアは倒れこんだ蓮の体を診た。


『やはりな…お主の今までの動きは己の限界を超えた力を行使しておった…

 本来の限界を100と例えるのなら150くらいの力をな。魔力よりも先に体の限界が来たようじゃ、不幸中の幸いと言ったところよ』


『一度、お主は1発の魔法で全てを出し切ったが故に体のセーフティが馬鹿になっておるのやもしれぬ…

 しばらくは安静にしておらぬと同じことを繰り返すじゃろう』


『蓮、お主は魔に心を奪われやすい反面それ故か魔との親和性が異常に高い。

 先ほどのような常軌を逸した動きはそれ故かもしれぬ。

 とは言え先ほどの動きを可能にしたのはそれだけでは説明はつかぬのじゃがな』


『…というと?』


『これは妾の推測ではあるがお主は周囲の親和性の高い魔力を、氷の生成と時間操作魔法の媒介としての利用、そして他のそれほど親和性の高くない魔力を動力として利用した…

 この行為は上級魔法使いでもそうそう安定して出来るような芸当ではないが…そうしたとしか考えられぬ…

 それに加えお主は異世界人じゃ、魔力を一気にほとんど使い果たした分魔力をその分取り入れようとするスポンジのような性質が作用したやもしれぬ』


『親和性の高い魔力と、動力となりえる修練場の豊富な魔力…

 それに異世界人の特性と追い詰められたときに発揮される人体の限界を超越した所謂火事場の馬鹿力といわれる現象に加え、魔に深く干渉したことによって生じたゾーンといわれる過集中状態といったありとあらゆる要素が点と点で線を形成した…

 今回の芸当は極めて限定的な事象とも考えられる』


『…とは言え蓮、お主は紛れもなく正真正銘の魔の天才じゃ100年に一度かそれ以上の…

 故に己の力を過信し魔に酔い無理をして取り返しのつかぬことが起こる可能性が高い…がその振れ幅の不安定さが異常な出力を出していることも確かじゃ』


『…しかしそれは諸刃の剣、真の強さとは言えぬ魔に心を奪われない強固な精神で己の力量をはき違えないものこそ真の一流の魔法使いじゃ…

 今のお主は二流どころかただの危なっかしいだけの爆弾もいいところよ…』


『…蓮よ…焦る気持ちは分かるがしかし、無理に焦ってしまうと逆にそれが遠回りになったり、最悪の場合、道自体が途絶えてしまうことになりかねん…

 我慢して堪えることもまた心の強さじゃ…それに妾はお主の身を案じておるここはどうか妾の顔を立ててはくれぬか?』


『…アリシア心配をかけたな、どうやらあまりにも焦りすぎて多くのものを見失っていたよ…

 急がば回れ俺の故郷の諺だ…俺の現状をまるでそのまま表しているかのようだな…』


『ふん!その程度の諺は妾も心得ておるわ!ともあれ治癒魔法をかけてやるから大人しくしておれ…』


『あぁ助かるよ…』


『ヒーリング!』


 アリシア蓮に回復魔法を施した。


『ありがとう、アリシアだいぶ楽になったよ』


『これは、応急処置じゃ完全には治ってはおらぬ…

 故に重ねて申すがくれぐれもこれ以上の無茶をするでないぞ!』


『あ、あぁ善処するよ…』


『…ほれ、手を貸してやる、起き上がるがよい』


『あぁ…』


 蓮はアリシアも手を取ったが、しかし氷上でそのようなことをしてしまえば…


 ツルンッ!


『キャッ!』


 ドサッ!


『うおぉ!?』


 アリシアは可愛らしい悲鳴を上げ前側…蓮のいる方向に倒れこむ。


『ん~何か物音がしたね~もしかしてして蓮くんはここにいるのかなぁ~

 …あちゃ~、もしかしたら二人はできてる疑惑が俺の中にあったけどこりゃもう確定だな今度こそ邪魔したなおりゃ先に支度の手伝いしてくるわ…』


 最悪のタイミングで音村が修練場に現れた。


『誤解だーーー!』


『誤解じゃーー!』


 蓮とアリシアは同時に叫び否定した。


『はいはい、お困りっぽいから助けてやんよ』


『ウィンド』


 音村は風を発生させ二人を氷上から押し出した。


『助かった、音村よ礼を言う。

 にしてもお主いつの間に風の魔法を…蓮しかりお主らの魔の才は想像以上じゃな』


『ま、俺っち天才ですから!』


『…黙っとけよ…』


『へ!?』


『さっき見たことくれぐれも他の人は広げんなよ…』


『…それは妾からも頼む…』


『…まぁアリシアさんには回復魔法の恩があるしいいよ!皆には黙っとく!』


『まぁそんなことより俺は腹が減った!とっとと飯の支度手伝いに行こうぜ!

 お?蓮ふらふらじゃん、ほら、肩貸してやんよ!』


『音村ありがとう、お前は相変わらずだな…お前を見ていると色々悩んでたのが馬鹿らしく思えてきたぜ…』


『お?そうか?まぁあんまり抱えすぎんなよぉ~』


『あぁ』


(この二人はお互い正反対な性格をしておる…

 蓮の思慮深さが音村を導き、音村の明るい性格が蓮の闇照らし不安定な精神の支柱となっておる…

 正反対であるが故に互いの不足しているものを補い合い助け合う…)


『…最強の組み合わせじゃな』


『ん?アリシアなんか言ったか?』


『何でもない…ところで今日の昼食はなんじゃ?』


『今日は冷やし中華!とれたて野菜が待ってるぜ!』


『ほう!よいではないか!』


『それは楽しみだな』


 3人は楽し気な会話を繰り広げながら階段を上がる…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る