第6話 希望の灯

『ほら、ついたで』


『おぉ~地下よりこっちの方が好きかも!』


 野外修練場は学校のグラウンドぐらいの広さで黒光りしている大きな壁があった。

 そこには射撃場に設置してあるような上半身のみの人型の的が数体設置してあるエリアの他に大きな岩が複数設置してあるエリアと何も設置されてないエリアの計三つが確認された。


『よし!俺的当てしてくる!』


『何言うてんの?音村にはまだ先の話やでほなこっち来ぃ』


『ちぇ~…まっいいや、で何すんの?』


 音村は少し残念がり、イズナに問いかけた。


『ここで座禅でも組んどき』


 イズナは何も設置されていないエリアの方に指をさし音村に指示した。


『それ魔法と何の関係があんの?』


『何でやるかはご想像にお任せや、10分間座禅したあとアリシア様と地下修練上でやった水晶に魔力を込める修行やるから最低でも15分間継続して魔力を込めてもらうで。

 一発勝負で15分達成できへんかったらあんたに見込みはないからウチはもう音村に修行はつけへんしサポートもせぇへん』


 イズナはそう言い放つと冷たく見下ろすかのような笑みを浮かべた。


『へぇ言ってくれるじゃん。そこまで言われて本気にならねぇほど、俺はやわな男じゃないってところ見せてやらねぇとな』


『本気になろうがならなろうが出来へんかったら意味あらへんからな。まぁええわとりあえず10分間数えたるから、はい始め〜』


 音村は指定の場所に移動しそのまま腰を落とし座禅を組んだ。


(イズナちゃんは本気の物言いぽかった、この座禅にはきっと意味があるはず…

 魔法は強く精神に作用するだからこそ気を落ち着かせる必要があるってのはまぁわかる。

 だけどそれだけじゃ足りない気がする…

えぇと確かアリシアさんは想像力も大事って言ってた気がするなぁ)


(地下で俺が魔力を込めてた時は1時間魔力を込めることが目的になり精神に余裕がなく上手く魔法の属性をイメージできなかったのかもしれねぇ…)


スー…ふぅ…


 音村は座禅の中で思考を巡らせ精神を落ち着かせ深呼吸を行った。


(俺の魔法は風属性…風を強くイメージしなきゃならねぇな…といってもただただ想像力に意識を割いてほかのことを考える余裕がねぇと朝の修行の二の舞だな…

 戦争になったら命のやり取りをやるわけだ1つのことだけに意識を全部割くことはあぶねぇ気がするぜ)


(周囲全体に意識を向けてみるか…)


ヒュ~


 音村は周囲に意識を割きその身に当たる風を全身で感じ取った。


(なぁ~んだ落ち着いて周りを感じると最強の教材があるがあるじゃねぇか!

 これに気付かないなんてとんだ笑い話だぜ)


フフッ…


(なんやあいつ急に笑って気持ち割るわぁ~

 けど笑えるくらいには余裕があるってことやな、少しは期待してもええか音村?)


(風ってもんはありふれすぎていてその存在に注視することは少なくなりがちだが、今俺はおめぇの存在強く感じているぜ、暑い夏の日に俺を涼ませてくれて、それと洗濯物も乾かしてくれてありがとな。

 台風とかはちと怖いがそれも含めてお前の偉大さを実感できる!)


(自然現象って奴は時に人に利をもたらし、時に人に害をなす…

 昔の人はそんなお前たちの気まぐれを恩恵だの祟りなどと叫び神として信仰してたんだっけか?

 悲しいことだが今となっちゃ人間達が賢くなってお前たちのことをあまり恐れなくなった…)


(なぁ…風。こんな俺だが、今更そんなお前が好きになっちまったみてぇだ!

 俺と一緒にどでけぇ嵐をぶちまけようぜ!)


ブワァッ!


 音村が心の中で叫びそれに呼応して座禅組んでいる音村の周囲に強烈な風が発生し音村は座禅を組んだまま10 メートルほどの高さで宙に浮かんだ。


(おっとと、そこまで張り切らなくていいぜ、まぁ確かに焚きつけたのは俺だけど危ないから1メートルぐらいでいいぞぉ~

 よしよし、いい子いい子)


 音村は1メートルくらいの高さで安定して座禅を続けている。


『えっ…!?』


(なんや!ウチは精神統一が目的で座禅させたのにありえへんやろ!?

 こんな短期間で水晶も無しに魔法を安定出力して、上位の風魔法使いしか扱えない空中浮遊をこうもあっけなく…)


『ゴクリ…』


(蓮に引き続きとんだどえれぇモン招き入れよったな…

 君らはこの世界の希望や、このまま昼飯まで見届けさせてもらうで、水晶に魔力込めるなんてしょぼいことさせるなんてもったいないわ)


ニヤッ…


 イズナは驚きと楽しみを含んだ不敵な笑みを浮かべた。そして、音村が空中浮遊を行なって数刻が経過した。


『音村そろそろ昼飯時やでー!』


『えっ!?もう!?10 分の間違えじゃなくて!?…うおっ!?』


ドサッ!


『いってぇ…』


 イズナの発言に気を取られた音村は魔力制御が乱れ落下し尻餅をついた。


『ハハッ、油断したなぁ音村空中浮遊をこんな短期間でこんだけ継続させたのには驚いたけど…

 この程度で気が散るようじゃまだまだやなぁ~』


 グイグイとイズナは尻餅をつき座り込んだ音村の背後に回り込み頭をグリグリした。


『やめてくれょ~』


(色々当たって結構いいかも…)


『んでさぁ、気になったけど水晶の修行ってしなくていいの?』


 音村はイズナにグリグリされながらも質問した。


『ん~そうやなぁ~後でアリシア様に一発勝負で水晶に一時間魔力込めるやつやって持ったらええよ。出来たら褒美付けでなぁ~』


『いきなりハードル高すぎないそれ、ていうかそろそろ離してくれない?もうお腹いっぱい』


『ん?昼飯前やで、まぁ水晶の修行の方は朝飯前やろうけど…ほら手ぇ貸してやるから起きがりぃ』


 音村はイズナの手を取り起き上がった。


『さんきゅ~、あとさぁ~俺とイズナちゃんの15 分のくだりはどうなったん?』


『ん?あーあれは音村の勝ちや空中浮遊なんて水晶に魔力込めるやつよりも4 段階くらい上の高騰技術やであんな高レベルなもん見せれて負けを認めないほどウチは狭量じゃないで』


『ふぅ~取り敢えず安心したよ。

 もし負けたらアリシア邸に居づらくて堪らないしね、あとイズナちゃんありがとね、あの座禅のおかげで色々と視野が広がったし精神的にも余裕ができたよ』


『まぁ、あれは焚き付けるのが目的やったしな人間追い詰められてこそ真の実力を発揮するもんやで、ウチも予想以上の結果を見れて楽しませてもらったわ』


『でさ、俺が風属性で且つ自然という多くの情報が溢れる環境だからこそ外で座禅組ませてくれたんしょ?

 風を通じて木々の揺れや動物の動きとかも感じられて、スッゲー!楽しかった!』


『…はぁもうなんて言ったらええか分からへんわ』

(なんや、こいつ空中浮遊安定させながら風で周囲探知しとったんか…)


『でさ!でさ!通り抜ける風の音に意識を向けるとね!通り抜けた後に聴こえてくる動物や草木の揺れの音が聞こえてくるだぜ!

 風と音を通じで自然と一体になった感覚がスッゲー心地よかったんだよ!』


『…音村…あんた怖いわぁ~…』

(音村は音の別枠魔法を扱うことは聞いとったけど無意識にそれまでこなしとったってことか?)


『え、なんでぇ!?』


『はぁ…それが分からんで出来てるのが何とも言えへんわ、まぁええわアリシア様に後で水晶の修行で一発勝負やって度肝抜かした後にこの座禅で音村がやらかしたこと話してやったら面白そうや!』


 イズナはニヤニヤしながら不敵な笑みを浮かべている。


『まぁやるだけやってみるだけっしょ~』


『まぁ頑張りや、ほなアリシア様んとこ戻ろか、魔法畑からそのまま工房に通じる入り口があるから案内するな〜』


『うぃ~』


 音村は記憶共有を行う為、イズナの案内に従い工房に戻った。


『は~や~くぅ~』


 黒の⾧髪の白いワンピースを着た幼い少女が後ろにいる少年の方を向き、夕暮れの山道を駆けて行く。


『よそ見しながら、走んなよ~、危ないぞ~』


 少年はそんな彼女に声をかける。


『暗くなる前に虫さん捕まえなきゃ虫相撲出来ないのー!』


 少女は少年の言葉に対して意に介さず森の中に駆けて行った。


『そっちに行ってはいけない!』


『うぉ!?なんじゃ!?』


『ここは…工房か…』


『気は確かか?蓮よ』


 蓮は意識が朦朧しつつも今の状況を整理した。


『アリシアか…確か俺は地下で修業してて…』


『無理するでない、意識の混濁が見られるのぉ、まぁ妾が記憶共有を行ったことも一因じゃろうな…』


『ところで、俺はどんだけここで寝ていた?早く修行に戻らないとな…』


『4 時間弱じゃ、休息も修行の一環…今の安定していない心身のお主に修行をつけるなんて想像もしたくないわ』


『俺は何かやらかしたのか?俺の推測だが気絶の原因は魔力暴走によってもたらされた魔力切れといったところか…』


『さすがの推察力じゃな、此度の魔力暴走はお主の精神の不安定さが齎した…

 その事故のお陰で地下修練場の解凍のために多くの魔力リソースを投入することになったわ』


『そうか…思い出してきたぞ…あの時俺は魔力と一体となったことによる全能感に満ちていた…

 今の俺ならこの世のいかなる理不尽や困難さえも凍結させ前に進める気がしたんだ。

 あの魔力とのシンクロこそが俺に力と希望を与えてくれる気がした…あとはその思いに全てを委ねた』


『お主の人生が過酷なものであらゆる困難があったことは重々承知で、現世でお主が清算すべき過去があることも分かっておる…

 じゃがそれは妾から言わせてもらえば呪いと何ら変わらん。

 今のままではお主はその目的に執着するあまり己の身だけではなく周りの人間にも危害を加えることになるであろう…先ほどの魔力暴走のようにな』


 蓮は俯きただただアリシアの話を聞いていた。


『ここ最近のお主は多くの人間と触れ、少しずつではあるが心境に良い変化が見られておる。

 今のお主にはよき友達がおる、一人で抱え込み自爆するくらいなら多少なり周りを頼れ、今のお主には他を信頼し頼る心の強さが必要じゃ』


『よいか蓮よ、この戦いを制さねばどの道奴らに全てが蹂躙しつくされるだけ…

 誰か一人だけの力では太刀打ちできないのじゃ』


『ほんっと、終わってるよな、俺の人生…

 一つの困難を現世で清算することをか細いモチベーションとして生きてきたのに…

 急に異世界に飛ばされてめんどくさい国家の陰謀に巻き込まれて現世と異世界を救うために戦えだぁ!?

 どんだけ俺に困難を押し付ければ気が済むんだ!?俺の前世が一体どんな罪を重ねたかなんて知らないが…

 もし神がいるのならいっそ殺してやりたい気分だよ…』


ギュ…


『え…!?』


 アリシアは途端にベッドの上で上半身を起こしている蓮に抱き着いた。蓮は急のできごとで言葉を失った。


『…蓮よ…妾の鼓動が伝わっておるか…命の灯が尽きぬ限りどれだけ絶望したとしても希望の灯が灯る余地がある…

 妾とて絶望に打ちひしがれる時があったなんせお主達の何倍もの時を生きた老い耄れじゃからな…

 そんな妾は希望の灯を周りの者から灯してもらい絶望を乗り越えてきた…妾にとっての希望の火種はお主を含むこの施設の愛する家族達…

 この混沌とした世の中を少しでも良くしようと奮闘する同志たち…妾はそれを守りたい。蓮よ…命が尽きぬ限り、火種さえあれば希望は灯る。

 お主は火種を貰うことを恐れておる…されど焦る必要もない少しずつでも良い…妾の命のぬくもりを感じて火種として受け入れてほしい…

 火種を認知し受け入れることこそが絶望を乗り越えるための最良の手段じゃ…人は絶望を一人で抱えられるほど強い生き物ではない、故に支えあい生きていく…

 今は妾がお主を支える、どんな愚痴でも泣き言でも吐くがよいお主の弱い部分全てを受け入れよう…』


ギリッ…


『キレイごとを!そうやって甘い言葉で俺たちを利用したいだけだろ!』


 蓮は歯を食いしばり叫んだ…


『あぁ…そうじゃ!妾は好きなだけお主たちを利用する!

 だからお主たちも好きなだけ妾達を利用しろ!今言った言葉全てに偽りなどないわ!』


『…持ちつ持たれつって言いうやつじゃ…

 今はいくらでもお主を持ってやる恐れることはない…』


『俺達は…大切なものを失い絶望し、絶望の中を生きてきた…だったらさぁ…

 最初から大切なものなんてない方が失ったとき絶望しないじゃんって…単純明快だよな…』


(俺は…いったい何を話しているんだ…)


『けど…その失った大切なものに対して未練たらたらで…失ったこと自体認めたくなかったんだ…

 ほんっと歪な生き方してるよな…他人のことは避けるくせに過去に囚われ続けているんだ…

 周りからはさぞかし気持ち悪く映ってただろうさ…思い出すだけでほっぺが痛ぇよ…』


『あんたや…音村達が本音で真剣に向き合ってくれていることがわからねぇほど俺は鈍感じゃない…

 けど親しくなればなるほど失うことが怖いんだ…俺は本当に弱い人間だ…だから魔力に心を奪われた…』


『そう…人は弱いのじゃ…誰だって何かにすがりながら生きておる…』


 アリシアは蓮を抱きしめたまま、蓮の頭を後ろから撫でている。


『蓮よ…人間は孤独に耐えられるほど強くはない…妾とて孤独に耐えかねた時期があり、意思のあるドールの開発を行っていた時期があった。

 そのドールは妾の大切な相棒となったのじゃが…アバリシア帝国の第一次侵攻で妾を庇い死んだ…妾はその遺体とそやつの名と共に杖の素材とし今もなお愛用しておる…

 大切なものだからこそ人はそれを失っても忘れずに愛し続ける。

 その者のことを思い続ける限り声は聞こえなくても、触れ合いはできなくても、心の中で繋がっておる…』


『心で繋がっているか…もしそうだったらこんな醜態さらしっぱなしじゃ…

 あいつも心配に思うし何より格好がつかねぇよな…』


『アリシア…俺正直…みんなと仲良くなるのが怖い…失うのが怖い…

 大切なものを失った誰かを見るのも怖い…だけど皆死んで一人になることも怖い…』


『蓮お主は根は優しいやつなんじゃ…痛みを知っているからこそお前は他との関わりを避け互いに痛みを生じさせぬよう努めてきたのであろう?

 孤独の中痛みを誰かに癒して貰うこともなく…』


『誰しもお主のように様々な恐怖と痛みと共に生きておる。

 確かに誰かと関わることで生じてしまう痛みもあるじゃろう…じゃがその痛みを癒せるのも他と関わることなんじゃ…

 孤独でいることを選らんだとてじわじわと心は孤独に蝕まれてゆく…

 蓮…全てを受け入れるのじゃ…受け入れ、乗り越えた先にお主は誰よりも優しく強くなれる…

 何故ならお主は痛みと孤独と共に生きてきてその辛さを誰よりも知っているから…』


 アリシアの言葉を聞きながら蓮は今までの苦悩を吐き出すかのようにアリシアの胸の中で鼓動とぬくもりを感じながら涙を絶え間なく流し続けた。

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