第5話 銀世界と夏景色

『地下修練場は魔術工房の下にある少し待っておれ』


ズズズズズ…


『うぉ!?スゲー!』


『ほうこれは大した仕掛けだ』


 アリシアが工房の端にある大きな魔法陣に魔力を込めると魔法陣は地下へと続く螺旋階段に変化した。


『この階段は魔力炉に魔力を登録した住人であれば魔力を込めることで出現させることができる魔力登録は魔力のコントロールができるようになってからじゃな。

 まぁこの辺は後の話じゃ、付いてくるがよい』


 アリシアは持っていた杖の水晶部分から光を発し、暗い階段を照らした。


『アリシアは光属性の魔法も使えるのか?』


『いや使えん、これは光属性の魔力を持つ者の魔力を媒体として妾の魔力を込めておるだけじゃ』


『なるほどな、ということは光属性持ちの知り合いがいるのか?』


『ということになるな、奴は今軍で将軍の補佐をやっておるいずれお主らとも会うこともあるじゃろう』


『それは楽しみだな!』


『そろそろ着く頃じゃ』


 蓮達、三人は暗い階段を降り、地下修練場に到着した。


『ここが地下修練場じゃ』


『……なんか思ってたのと違くない?』


『よく言えば、シンプル。

 悪く言えば地味だな…』


 地下修練場は石造りの壁と天井でできており、その至る所に発光する水晶が配置されており地面は土で構成され、大きめの体育館くらいの広さを誇っていた。


『あくまで修練場じゃ派手さより実用性が重要じゃ。

 ここでは他にはない様々な仕掛けが存在し、妾が知る限り最も魔法の修行に適した場所であると自負しておる』


『そこまでいうならまぁ…ちょっとは期待しちゃうかなぁ〜』


『修練場の詳細はさておき俺たちは修行しに来たんだろ、俺はまず何をやるのかが気になる』


『お主ら二人にはこの水晶に魔力を込めてもらう』


 アリシアはローブから二つの水晶を取り出し、蓮と音村に渡した。


『もしかしてこれ、昨日と同じ?わざわざこれ修練場でやる意味ある?』


『流石に何か意図はあるだろ、とりあえずアリシアの話を聞こう』


『意味もなくお主らをここに連れてこんわ…

 この水晶は以前使用した魔力判別用の元とは違い、出力の制限がなく魔力の乱れも顕著に現れる…

 まぁ百聞は一見にしかず魔力を込めてみよ。込める魔力はメインマジックの魔力、各々の属性を強くイメージするのじゃ、魔法は想像力が命じゃからのぉ』


『じゃあさっそく!』


『うぉおぉぉお!』


 音村が水晶に魔力を込めると水晶を中心にして風の渦が形成された。


ヒュン!


『うぉ!?なんだぁ?』


 音村が水晶に魔力を込めていると水晶が突然上昇し宙に浮いた。


『おっと、落ちてきた』


パシッ!


 浮かんだ後落ちてきた水晶を音村がキャッチした。


『早速、この水晶の仕掛けが発動したようじゃな、その水晶は魔力の流れが乱れると強制的に上昇するようにできておる…

 どうせくだらんことでも考えておったのじゃろう音村?』


『うん!今日のカレー美味しかったなぁって思ったら水晶が上に行っちゃった!』


『…つまりこれは安定して魔力を供給できるかの訓練というわけか…

 これは水晶の特性であって修練場の特性ではなさそうだな…』


『万が一、魔力コントロールの修行でお主らが事故が起きそうになったとしても修練場の安定システムである程度防げるようになっておる…

 仕掛け見たさにくれぐれも故意に事故を起こそうとなどと考えるでないぞ?』


『何事も基礎からっていうしな、どうやらこれをこなさないと次に進めそうにないな』


『お主らの基礎がある程度身についてきたらこの施設の魔力登録を行い、魔力炉にも魔力を注げるようにもなる…

 そしたらより高度な修行を行うと共にこの修練場の機能も次々と目の当たりにするじゃろう』


『おぉ!そりゃ頑張るしかないねぇ!』


『ほう!どうやらやる気になったようじゃな!今の時刻は8時じゃ、12時に強制的に記憶共有を行うとして…

 よし!時間内に一時間、一度も水晶を上昇させなかったものには褒美、できなかったものには罰を与えるとする!内容は後のお楽しみじゃ…

 後、時間的に一時間の条件を達成できなくなったからといってくれぐれもサボろうとなどと考えるでないぞ?』


『罰ゲームとボーナスか…できるかできないかで大きく差が開きそうだな…』


『よっしゃあぁぁ!燃えてきたぜぇ!』


『お主らの魔力と水晶を上昇させた履歴は修練場の魔力感知システムのログで確認できるようになっておる…

 要するにサボりも不正もできぬというわけじゃ。この修行は魔力コントロールの他に精神力、想像力、基礎魔力を鍛える修行でもある…

 まぁ精を出すがよい。妾はその間工房にて魔術の研究を行う、健闘を祈っておるぞ』


 アリシアは修練場を後にし、音村と蓮は修行を開始した。


『うぉおぉぉお!』


ヒュン!


『くぅ~五分かぁ~、これって五分でもしんどいのに一時間って無理っしょ~』


 音村は水晶に魔力を込めるも、五分で水晶を上昇させてしまった。


(……音村が五分しか魔力供給ができないのを俺なりに考察すると…奴はおそらく力みすぎだ…

 普通に考えて魔法初心者の俺たちが1時間も集中して高出力な魔力を放出できるわけがない、それを考慮して俺がやるならこうだな)


『ふぅ~』


蓮は軽く息を漏らし、水晶に魔力を込めだした。


(よし、いい調子だ。後は静かに落ちついた心で氷のイメージを脳内で固める…

 氷は今のような冷静で冷ややかな心で、それでいてどんな熱や衝撃にも屈しない強い意志に加え、冬の厳しく凍てつくような非情さをイメージしそれを魔力と一緒に込める…)


ピキピキピキ…


 蓮が魔力を込めた水晶は氷を纏い、蓮の周囲一帯に冷気を発生させた。


『うおぉ!蓮の奴スッゲー!10分は経過したぞ!ってか!さっむ!』


 蓮の発生させた冷気は空気中に含まれている水蒸気を液化させ、蓮の周りには白い煙が発生し、音村も白い息を漏らしている。


(いいぞ…この調子だ。

 俺の固めたイメージと俺の中と…周りに存在する魔力…そして俺の体全てを一つに繋げる感覚。

 この全てを一つに繋げた感覚のまま水晶に力まず魔力の流れに身を任せて落ち着いて持続的に魔力を放出する…)


『ほう、蓮奴め、呑み込みが早いのは話だけではないようじゃな』


 修練場の監視システムを利用し、工房からアリシアは様子見ていた。


パキパキパキ…


 蓮の発した冷気は更に強くなり、地面をも凍らせている。


(あらゆる物が俺と一つに繋がっている感覚…少し心地良いのかも知れない、俺自身が氷なのか、魔力なのかその辺の境界すらもあいまいな感覚だな…

 ただ俺が発している冷気があらゆるものを氷結させているのはわかる…

 これに背徳感を覚えているのも事実だ。もういっそ魔法と一体となって全てを凍らせたいとも思えてきた…)


『ま、まずいぞこれは!音村!今すぐ修練場から出よ!』


『うお!どこからともなくアリシアさんの声がする!よくわかんないけど、了解!』


 アリシアは修練場のシステムで音村に声を届け修練場から出るよう促し、音村はそれに応じ修練場を急いで出た。


氷結炸裂フリーズバースト!』


 魔力に深く干渉した蓮は脳内に言葉が浮かび発した。


バキバキバキ!


 修練場一帯は一瞬にして蓮の発した冷気に覆われ修練場内のあらゆる物が凍り付いた。


バタッ!


 蓮は魔法を使用したのち倒れこんだ。


『な、なんて威力じゃ…修練場の魔力相殺システムを利用してこの威力か!』


『うお!スッゲー!スケートできるじゃん!』

(…ってか、俺だいぶ蓮に差つけられてね…)


『取り敢えず音村、蓮を回収してくるのじゃ。

 修業は一旦中止じゃ修練場の解凍作業をやらねばならぬ』


『…了解、後さ褒美と罰って何だったの?この際言っちゃてもいいじゃん?』


『あー…それか、特に考えておらんお主らのやる気が出ると思って適当に言っただけじゃ』


『あーそだったの、まぁいいや蓮連れてくるわ工房のベットに寝かせとけばいいしょ?』


『うむ、妾はここに残り解凍の設定をを行う音村後は頼んだぞ』


『うん…わかったよアリシアさん』


『なんか急に元気なくなったのぉ…』


 音村は蓮を回収し修練場を後にし、アリシアは修練場の解凍作業を行うため残った。


『蓮奴め、魔に心奪われおってからにまだまだ精神が未熟のようじゃな…

 じゃが魔の才覚は本物じゃ初めての修行でここまで魔に深く干渉できる者など初めて見たわ』


『ともあれ、修練場の解凍には熱エネルギー…まぁ火属性の魔力が必要じゃな魔力路の火属性魔力をこの修練場にあて熱を起こそう…

 妾の見立てじゃと解凍までに5時間はかかりそうじゃな…

 妾は解凍の設定を行なった後、工房で魔法実験を行う。修練場が使えんのは残念じゃがまぁ他の者に指示を仰ぐが良い』


『了解〜』


 アリシアはそう言葉を発すると修練場の壁に魔法陣を発生させ、修練場のシステムに干渉し、修練場に熱を送る設定を行った。


『よっこらせと、蓮おんぶしながら階段上るのさすがにきついなぁ』


 アリシアが解凍作業を行っている間、音村は蓮を工房のベットに運んでいた。


『俺だいぶ蓮に先越されちゃったなぁ…

 俺、5分しか魔力込められなかったのに蓮は10分以上込めながらあんな大魔法打っちゃうなんてさぁ…』


『よっとぉ…まぁゆっくり休むこったな…

 アリシアさんは解凍作業やらなんやらで手が離せそうにないし俺は俺で動くよ蓮…

 転移直前にあんなにかっこつけたこと言ってたのにお前に先越されっぱなしじゃ示しがつかないからね』


 音村は蓮をベットに寝かせた後、工房を後にした。


『お~音村やん修業しとったんちゃうん?』


 工房を出た音村はイズナとあった。


『やぁ、イズナちゃん…』


『なんや、いつも元気でうっさい音村が今日はやけに元気あらへんなぁ~、なんかあったんならお姉さんが話聞くで』


『実はねぇ…』


音村はイズナに修練場での出来事を話した。


『そんなことあったんや~、にしても蓮は只者じゃないと思っとたんやけどやっぱすごいなぁ~』


『そうだよな、あいつはすげーよ。

 それに比べて俺はだらしねぇ!』


『音村そない焦らんでええと思うけどなぁ最初からうまくいく人なんて稀も稀や』


『けど俺達には時間の余裕がねぇ!もうなりふり構ってらんねぇんだ!頼む!

 俺に風属性の魔力の扱いのコツを教えてくれ!』


 音村は真剣な眼差しをイズナに向け、頭を下げる。


『音村…本気なんやな。とはいえウチのメインマジックは火属性やしなぁ…

 けどウチの妹は風属性やから音村の先生になれるかもしれへんで、明日妹ここ来るからそん時話通しとくわ』


『ホント!?ありがとう!イズナちゃん!』


『それとぉ~今、修練場解凍中で使えんのやろ?時間もったいないし昼食までウチが外で音村の修行見たるわ!』


『いゃ〜何から何までイズナ先輩にはもう足向けて寝れねぇっすよ』


『ははっ、なんやそれ』


 イズナは笑いながら音村に返答する。


『リビングの部屋の先に玄関があるから付いてき〜』


『おう!』


 音村とイズナは外に出た。


『おぉ〜綺麗な庭だねぇ!』


 外に出ると西洋風の大きな庭が広がっていた。

 そこには薔薇などの様々な植物が植えられており、よくある柱と屋根でできた西洋風の建造物にアフタヌーンティー用のテーブルと椅子が設置されてある。


『そう言ってくださると私も嬉しいですねぇ〜』


 はしゃぐ音村にメルシーが声をかける。


『お!メルシーさんおっすおっす』


『おっすです〜』


『へぇ〜正面に綺麗な庭あって右側には農園があるのか!』


 音村は庭から出て辺りを見渡している。


『手前側の玄関は西洋風のお庭が広がっていて〜、キッチン側の出入り口を出たら私達が食べる植物が植えられてある農園があって〜、アリシア様の工房の左側の出入り口を出たら魔法実験用植物の畑があってその先に魔法の練習ができる場所があるんですよ〜…

 後、騒ちゃんはまだ行ったことないかもだけど工房から出た通路を右に曲がると和室があって、そっち側のお外は日本庭園になってるんですよ〜』


『こっち来て日本とか西洋とか聞けるとは思わなかった!

今更だけどこっちの世界の文化かなり浸透してるなぁ〜』


『そら、だいぶ昔から異世界人がこっちにちょいちょい来とったからな…

 そん人たちの子孫達とかが文化継承しとるんやで、それに加えて音村達みたいに新しい異世界の知識も人と共に流れてくるしなぁ〜』


『異世界人さん様様ですねぇ〜…

 今日は私がこの庭と農園の管理をして、シエルちゃんが魔法畑と日本庭園の管理をしてるのです〜。

 あ、魔法畑は魔法実験用植物の畑の略称です〜…

 なので〜お昼までにお野菜収穫して冷蔵庫に麺とお肉がまだあるので今日は冷やし中華にしましょう〜』


『冷やし中華いいね!外だいぶ暑いしピッタリだね!』


『そら夏やしな、今日は世歴1999年の7月5日や』


『へぇー!俺たちの世界は昨日エイプリルフールだったのにこっちは真夏なのか!月日の数え方もこっちと同じっぽいね…

 後、世歴ってのが気になるなぁ〜』


『世歴ちゅうのはなぁ平たく言うと人類が魔族に打ち勝ち人間中心の世の中が始まった年を世歴一年としてそっからどんだけ経ったかやな〜…

 まぁ詳しいことは記憶共有してもらえるやろ』


『へぇ〜魔族ねぇ〜』


『後、昼飯の話やけど音村達は12時に記憶共有があるから1時過ぎを目処に用意できたらええな』


『了解です〜

 そう言えば〜イズナちゃんは今日は買い出しでしたかぁ?』


『今日の予定的にはそうなんやが、ちと音村の修行に付き合うことなってなぁ…

 急ぎの買いもんはないし明日、蓮と一緒に王都案内させると同時に買い出し行ってくるわ、荷物持ちも増えるしなぁ』


『分かりました〜

 騒ちゃん修行頑張ってくださいねぇ〜』


『おう!いっぱい頑張ってお腹が空いた最高の状態で冷やし中華食べるぞー!』


『記憶共有やった後、その威勢が残っとるか楽しみやなぁ…

 まぁええわ音村、野外修練場はこっちや付いてきぃ〜』


 イズナは音村を案内し、音村はイズナに付いてくる。


『野外修練場は工房側から行ったほうが近道やったけど音村落ち込んどったし、綺麗な庭や他の場所も直で見た方が気晴らしなる思うてな』


『ありがとう!おかげさまで元気戻ったよ!イズナちゃんは優しいんだな!修行にも付き合ってくれるし!』


『そ、そないなことは直球で言わんでやぁ〜まぁなんや、落ち込んだ心やその他の雑念は魔法に深く影響を及ぼすんや、それで事故ったら色々面倒やからなぁ…ほらここが魔法畑や』


 イズナは少し赤面し、照れ隠しをした。


『あ、イズナと…うるさい人』


 イズナ達が魔法畑に着くとシエルが植物に水を与えていた。


『シエるん、おはような、うちはこのうっさい男の魔法の修行に付き合うところや』


『うひゃ〜散々な言われようだねぇ〜俺の名前は音村騒って名前があるんだからうるさい人って呼ぶのはやめてくれよな〜頼むよ〜』


『じゃあ、貴方はムーラ、もう1人の名前なんだったけ?』


『どうも、ムーラ頂きました!ありがとうございます!』


『如月蓮やな、シエるんは相変わらず人の名前を覚えるのは苦手みたいやなぁ〜』


 笑い気味にイズナは答える。


『覚えるの苦手だから私が名付ける…もう1人の方は…ラギー』


『いやもうそれ、蓮や騒じゃダメなの?』


『ダメ…えい』


 そう言ってシエルは畑に植えられてある植物を引っこ抜いた。


『ピ!ピギィーーー!!』


 植物の根は人のような顔をしており、大きな声で悲鳴を上げた。


『…うるさい、静かにして』


ビリッ!


『ウギャッ!』


 シエルは電気を発し、人面植物は断末魔をあげ黙り込んだ。


『うわぁ…うるさいし、気持ち悪い植物だねぇ…』


『ふふ…ムーラに似てる』


『え!?どこが!?』


『そういうとこや、このうっさい音村みたいな植物はマンドラゴラって言ってなぁ、こう見えて色々な薬や実験で役に立つんや…

 このうっさい植物黙らせるのに適任なのがシエるんの雷魔法やな』


『はぇ〜、こんななりして結構やるんすねぇ~』


『ほな、昼までしか今日は時間とれへんからさっさと行くで』


グィッ!


『ウオッ!?』


 イズナは音村の手首を掴み引っ張った。


『シエるん邪魔したなぁ~、ほらいくで』

『おう!シエルちゃんまたなぁ!』


イズナと音村は手を振って魔法畑を後にし、野外修練場へ向かった。

 二人に対しシエルは手を振り返し見送った。

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