第8話 神さまへお願い

 神様。

 私はS小学校三年二組、カネダミキと言います。

 おさいせんにお年玉ののこり、全部もってきました。

 どうかお願いをきいて下さい。


 お願いは、私のお友だちで、同じクラスのキヨムラチフミちゃんと、サナダユウコちゃんと、ヤマムラカンナちゃんの事です。


 火曜日、私はチフミちゃんたちと一緒に、R町のゆうれい屋敷へたんけんに行きました。

 一緒に行こうと言ったのは、チフミちゃんたちです。

 学校の帰り道に誘われて、私はイヤだなと思いました。


 火曜日はピアノのおけいこがあるからです。

 でも、チフミちゃんにそれを言ったら、チフミちゃんは、ミキは友だちよりピアノがだいじなのって、すごく怒りました。

 もしもそうなら、明日からいっしょに遊んでくれないって言いました。


 ピアノをずる休みしたら、お母さんにおこられるというと

「ばれないって」と、チフミちゃんは言いました。


「おばさんには、ピアノのおけいこ行くって言って、こっち来ればいいじゃん」


 ユウコちゃんもカンナちゃんも、そうだそうだって、チフミちゃんに味方しました。

 どうしようと私は思いました。

 チフミちゃんは、すごくいじわるだからです。


 言う事をきかないと、ノートや教科書をかくしたり、なかま外れにしたりします。 

 ユウコちゃんとカンナちゃんはチフミちゃんの家来です。

 本当はチフミちゃんの事はキライだけど、お母さん同士が仲いいので、ケンカできません。


 幽霊屋敷は、いつも遊びに行く公園のちかくです。

 公園には、いつもたくさんの子供やお母さんたちがいるけど、幽霊屋敷のそばにはだれもいません。

 すごくボロボロで、前にはいっぱいゴミがあって、らくがきもあります。


 中に入れないんじゃないかと思ったけど、チフミちゃんが玄関のドアをおしたら、開きました。

 ずっと前に、チフミちゃんの中学生のお兄ちゃんとお友だちが、探検に入ったときにドアをこわしたそうです。


 庭には犬小屋があったけど、犬はいませんでした。

 幽霊屋敷の中は、まっくらでした。

 家の中だから、くつを脱いで上がろうかと思ったけど、ろうかもすごく汚くて、チフミちゃんたちもくつを脱がなかったので、私もくつのまま家に上がりました。


 家の中をたんけんしながら、チフミちゃんは教えてくれました。


「ここね、ずっと昔、お父さんとお母さんと、子どもが住んでいたんだって。でもね、お父さんがいつも酔っぱらってて、お母さんとケンカになって、お父さんがお母さんと子どもを殺して、家のどこかにかくしたんだって」


 家の中は、電気もないからまっくらで、床がべこべこしていました。

 ふすまを開けたらお茶の間で、ちゃぶ台があって、分厚いテレビがありました。


「どこに死体かくしたのかな」

「押し入れじゃない?」


 押入れには何もはいっていませんでした。

 テレビはこわれていて、スイッチを入れても、何もうつりませんでした。

 もしもここで、新しいピアノのおけいこバックが汚れたら、お母さんにずる休みがばれると思って、私はバックを落とさないように、ギュッと抱きかかえました。


 奥のドアを開けたら台所になっていて、カンナちゃんが


「すごーい、くっさい!」


 と、言いました。

 台所には、テーブルがありました。

 テーブルのうえには、ドロがいっぱいついていて、いっぱい虫が死んでいました。 

 へんな虫がとんでいて、気持ちわるかったです。


 窓はくもったガラスで、開きませんでした。

 ユウコちゃんは、台所で流しの下を全部あけて、


「あっしょうゆ入ってる!」


 と言って、しょうゆを出してきて「ほらほら」と言いました。

 超合金のおもちゃを、チフミちゃんがみんなに見せてきました。


「ヘンなの、見て見て、何で流しの下に、こんなロボットのおもちゃはいってる」


 私は流しの下をのぞきました。

 下にしいてある新聞紙は、まっ黒でした。


「うわ、流しの下まっくろ、きちゃない!」


 いっしょに中をのぞいたカンナちゃんが笑いました。


「うわぁ、ほんとだ!たぶんバイキンたくさんあるよ、すごくヘンなにおいする!」


 コックをひねっても、水は出ませんでした。

 マンガがついたプラスチックのコップが流しの中にあって、「この家の子どものかな」と、ユウコちゃんが言いました。


「2階にあがろう」


 チフミちゃんが言うので、みんなで上がりました。

 2階には部屋が2つありました。

 ひとつはたたみの部屋で、何もありませんでした。

 たたみも踏んだらやわらかくて、足がしずんで気持ちわるかったです。


 あっちこっちに、ヘンな黒いシミがありました。

 押し入れを開けたら、上の段にふとんと毛布が入っていました。


「田舎のおばあちゃんちの匂いがする!」


 チフミちゃんたちはキャアキャア言いました。

 もうひとつの部屋は、ジュウタンがしいてあって、学習つくえがありました。

 よれよれの本や、ノートがありました。

 えんぴつの字がうすくなっていて、チフミちゃんたちは、


「なにこれ、キタナイ」

「よめない」


 とか言って、じゅうたんの上にぽいぽい投げました。

 あちこち上がはがれていて、ヘンな色になったランドセルがありました。

 そうしたら


「何しているの!」


 大声がしました。

 びっくりしてふりむいたら、ドアの前に知らないおばさんが、部屋のよこで男の子の手をつないで立っていました。


 おばさんが怒って


「人のお家にかってに入っちゃだめでしょ!あんたたち、どこの子?」


 そう言ったら、チフミちゃんが


「ここ、空き家だよ」


 と言いました。

 男の子は、私やチフミちゃんをじっと見ていました。

 小学校五年生くらいなのに、お母さんと手をつないでいるなんて、甘えんぼだな、と私は思いました。


 まだ、寝る時間じゃないのに、おばさんはよれよれのパジャマを着ていました。

 男の子もパジャマでした。

 そして、二人ともはだしでした。

 きたない家なのに、よく平気だなと思いました。


 ここはおばさんの家なのかな、もしかしてここで住んでいるのかな、じゃあわるい事したなと思ったけど、カンナちゃんが


「だって、だれもここには住んでないってお母さんも言ってたもんっ」


 そう言って怒りました。


「そうだよ、だから、だれの家でもないんだよ、だから入っていいもん」


 チフミちゃんはそう言って、おばさんをイーってしました。

 知らない人にイーっってできるチフミちゃんはすごいと思いました。

 でも、私は、このおばさんのたちの家なら、ゴメンなさいって言って、もう帰ったほうがいいんじゃないかなと思いました。


 おばさんが怒って、もしも学校の先生に言いつけたら、私たちは絶対に怒られるからです。

 もう、帰ろうよってチフミちゃんに言おうとした時、男の子がおばさんに言いました。


「おかあさん、ぼく、この子たちと遊びたい」


 おばさんは、男の子を見て言いました。


「そうなの?この女の子たちと?」

「うん」


 年上の男の子なのに、年下の女の子と遊びたがるなんて、ヘンだなと思った時、チフミちゃんがさけびました。


「やだ!きしょい!」

「にげろ!」


 私たちは、2階の廊下に出て、階段を下りて玄関へと走りました。

 そうしたら、玄関がありません。

 ドアを開けたら、台所とかお茶の間とか、お風呂場やトイレに出ます。


「何で玄関ないの!」


 カンナちゃんやユウコちゃんは、泣きながら言いました。

 小さい家なのに、ずっと走っても玄関につきません。


「あのおばちゃんに、つかまっちゃうよ!」


 チフミちゃんも泣きそうな顔になっていました。

 私もこわくてこわくて、しかたがありませんでした。

 しんぞうがバクバクしました。

 帰れなくなったらどうしよう、ちゃんとピアノのおけいこ行けばよかったと思いました。


 台所を出て、お茶の間に入って、ふすまを開けて出て、まっすぐ廊下を走って、目の前にあるドアを開けたらまた台所でした。

 台所から出て、ドアを開けたら階段が見えました。

 後ろを見たら、はだしの足がちらっと見えました。


「おっかけて来たよ、どうしよう」

「かくれよう!」


 私たちは、お茶の間に入りました。

 チフミちゃんが押し入れを開けて、こっちこっちと言って入りました。

 カンナちゃんとユウコちゃんも入りました。

 そして私が入ろうとしたら「ダメ」といってつきとばしました。


「もういっぱいだからダメ!」


 そういって、押し入れを閉めてしまいました。

 ぜったいに開けてくれません。

 私はどうしようと思いました。

 このままじゃ、見つかると思ったからです。


 ギシッて音がしたので、私はお茶の間から逃げました。

 台所から出て、右のドアからお茶の間に入ったのに、左のふすまを開けたらまた台所でした。

 どこからどう行っても、最後には台所につくので、私はどうしようと思いました。


 外はもう暗くなっていました。

 お風呂場の窓から出られるかもしれないと思って、私はお風呂場に行きました。

 お風呂の窓は編戸になっていました。

 外を見たら、塀の向こうでおじさんが歩いていました。


 私はあのおじさんに助けてもらおうかなと思いましたが、大声を出してあのおばさんに見つかったら怖いので、やめました。

 私はいっしょうけんめい力いっぱい引いたのに、網戸は半分しか開かないので、網戸を窓から外そうとして、いっしょうけんめい引っぱっていたら、後ろから髪を引っぱられました。


 私は後ろに倒れました。

 ガラガラとすごい音がしました。


「つかまえた」


 お風呂場の中で、転んで仰向けになった私を見下ろして、おばさんが笑っていました。

 でも男の子は、笑っていませんでした。

 落っこちたおけいこバックを拾って、私は怖くて泣きそうになりました。


「この子、どうする?」


 おばさんが聞くと、男の子は私のバックをじっと見て言いました。


「この子、きらい」


 おばさんが、私のバックを見て、こわい顔になって言いました。


「ほかの子は?」


 しらない、と言おうと思ったけど、もしもおばさんにウソがばれたらもっとこわいし、それにもともとはチフミちゃんたちがここに来たいって言ったからだし、チフミちゃんはいじわるなので、私もいじわるしてもいいだろうと思いました。


「お茶の間の、押入れの中」


 おばさんはうなずいて、男の子と手をつないでお風呂場から出て来ました。

 おばさんの背中は、包丁みたいなものが刺さっていて、真っ赤でした。

 男の子の背中も真っ赤っかでした。


 ふたりとも、あんなに血がいっぱい出ているのに、何でいたくないんだろうと、私はびっくりして、すごくこわくなりました。


 その後、真っ暗になって、ずっとお風呂場でこわくて泣いていたら、たくさんのおじさんやおばさんが来て、助けてくれました。

 家に帰ったら、お母さんが泣いていて、どうしてあんなところにいたのって、すごく怒りました。


 おけいこバックはあまり汚れてなかったけど、つけてあったピカピカのお守りが、ボロボロになってまっ黒になっていました。

 チフミちゃんたちは、水曜日に見つかったそうです。

 警察のおまわりさんや知らない男の人がいっぱい来ました。


 今、私は学校をお休みしています。

 お母さんが、まだ学校へ行っちゃダメ、チフミちゃんたちは天国へ行って、もうみんなと遊べないのよと言って、また泣きました。

 ちゃんと教えてくれないけど、チフミちゃんたちは台所の流しの下で、つめこまれていたとか聞こえました。


 3人とも、押し入れの中でかくれていたのに、ヘンだなと思いました。


 チフミちゃんもカンナちゃんも、ユウコちゃんも死んじゃったそうです。

 もしも、みんながおばけになって、私のところに出てきたらと思うと、すごくこわいです。

 どうかチフミちゃんとカンナちゃんとユウコちゃんが、おばけになって私のところに来ませんように。


 神さま、どうぞよろしくおねがいします。

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