第4話
信長はねねと共に百々橋道を下り、門外へと出た。
橋を渡るとそこには広大な城下町が造設されていて、大層な賑わいを見せていた。
反物・工芸品・日用雑貨・食料品等々。
安土には楽市が設けられていたため様々な商売人が店を構えおり、その繁栄ぶりは京をも凌駕する規模を誇っていた。
ねねは目をキョロキョロとさせながら、人で埋め尽くされた大通りに足を踏み入れて行った。
『どうだ、ねね。
皆、いい顔をしているだろうが』
周りに目をやりながら、信長が上機嫌でねねに声をかけた。
ねねは大きく頷き、すぐさまこう答えていった。
『はい。
皆さんとても生き生きしてて、すごく活気に満ちてますね。
我が長浜の城下とは比べ物にならないほどにございまする』
『そうであろう。
でも、まだまだだ。
オレはこの安土をもっと大きく、いずれは日の本一の都にしようと思っている』
信長は胸を張り、そう豪語した。
ただ、ねねはこの時ある懸念を抱き、思わずそれを信長に問うてしまった。
『・・・あのぉ、ところで上様。
差し出がましいことを申し上げ、大変恐縮にございまするが・・・』
『ん?
どうかしたか?』
『はい、その・・・
このような人混みの中に上様御自らお出ましなされて、もし誰かに気付かれでもしたら・・・と』
すると、この指摘に信長はー。
『はっはっはっ!!
そんなこと、全く気にする必要はないぞ。
そもそもこの中に、オレが信長であることを知っている者なんか誰一人としていやしないさ』
そう言って信長は笑い飛ばして見せたのだった。
(言われてみれば、その通り)
ねねもこれに納得し、つられる形でつい自身も笑いを溢してしまった。
それから二人は各店舗を一軒一軒見学しながら、大いに城下散歩を楽しんでいったのであった。
途中、ねねが足を止めたのは色鮮やかな商品が並ぶガラス細工の店だった。
その中で鐘の形をした一品を見て、ねねは瞬時に心を奪われてしまった。
少女のように目を輝かせ手に取ると、ガラスの鐘はカーンという何とも心地の良い音を耳に響かせた。
『ねね、それはギヤマンの鐘だ』
『・・・ギヤマンの鐘?』
信長はこういうガラス細工には多少の知識があった。
この店に売られている物よりもっと価値の高い品々を宣教師達から献上されていたからだ。
『どうだ、気に入ったか?』
『はい!
とても、美しゅうございます』
『そうか、よし!』
信長はそう言うと、その鐘のガラス商品を手に持って店主に威勢よく声をかけていった。
『おーい!
主、これを売ってくれ!』
ねねは耳を疑い、咄嗟に信長の前に立ってこう訴えていた。
『なっ、なりませぬ!
わたくし如きが、上様より直々に物を頂戴するとは!
ましてや、このような高価な物などもっての他にござりまする!!』
『そんな気遣いは要らぬ。
オレがお前にこれを贈りたいだけのこと。
いいから、取っておけ』
それだけ言うと信長はさっさと値段を聞き、袋から銭を取り出し支払っていった。
ねねは只々恐縮するばかりだった。
『まことに、光栄の極みにござりまする。
この品は末代まで我が羽柴家の家宝に致しまする』
『そんな大袈裟に考えるな。
さっきも言ったが、オレとお前の仲ではないか』
ねねの丁重な礼に、信長は少し照れたように答えたのであった。
この後二人は通りの真ん中で団子屋に立ち寄り、それぞれひと串ずつ焼き団子を買って少し離れた木の下で食べることにした。
無論、この時も銭を払ったのは信長だったことは言うまでもなかったが。
『うーん、美味しい!!』
あんこが入った焼きたての団子を一口食べ、ねねはとろけるような笑顔を見せた。
『はっはっ、相変わらずお前は団子には目がないな』
ここで、信長はずっと手に持っていた大きめの袋からある物を取り出し二人の間に置いた。
それは、ガラスのビンだった。
中を見ると、何やら赤い水のようなが入っていた。
『上様、これは一体?』
『酒だ、ねね』
『えっ!?
お酒・・・に、ございますか?』
『そうだ。
ワインと言って、西洋人がよく好んで飲む酒らしい。
この間バテレンから貰った物だ』
信長はそう説明しながら、ビンと一緒に入れていた椀をねねに手渡した。
そして真っ赤なワインをなみなみと注いでいき、グッと飲むよう勧めたのであった。
ねねは恐る恐る椀に唇を付け、初めてのワインをゆっくりと喉に通していった。
すると口の中いっぱいに甘い香りが広がり、体中がふんわりするような気持ちのいい感覚を覚えたのだった。
『これは、何という美味・・・
上様、とても・・・とても美味しゅうございまする!!』
ねねの感激ぶりに気をよくしたのか、信長もまた椀いっぱいのワインを一気に飲み干していった。
とかく外で飲む酒は格別に美味いもの。
二人は焼き団子片手にワインという、一風変わった喫茶の一時を過ごしていったのである。
『さてと、ねね。
これから、オレの大好きなとっておきの場所にお前を連れて行ってやる』
ほろ酔い気分で信長は立ち上がると、ねねにそう告げ改めて通りを歩き出して行った。
今度はどこに行くのであろうか・・・
ねねは好奇心でいっぱいになり、早歩きの信長に遅れまいとその後にピタリと付いて行ったのであった。
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