第40話 屍竜・ファフニールとの決戦
ツタール森林の奥地にある毒の沼地を越えて。
俺はメロの誘導でプナリアの薬草の群生地へと辿り着いていた。
「やったねあるじ! これでせーじょ様も助けられるよ!」
「ああ、メロのおかげだ」
俺はメロに労いの言葉をかけながら、生い茂ったプナリアの薬草の前に膝をつく。
メロはニガニガした匂いがすると言っていたが、確かに近くまで来るとわずかな刺激臭があるような気がする。
俺はプナリアの薬草をいくつか摘んで、麻袋の中に詰めていった。
(やった……。これで……)
これでティアナを治療してやることができると、プナリアの薬草を詰めた麻袋の口を閉めて立ち上がる。
後はまた毒の沼地を越えて王都ヴァイゼルまで帰還するだけ。
道中にも魔物は出るだろうが、メロと協力していけばさほど苦戦する道のりでもないはずだ。
そんな達成感を胸に、歩き出そうとした時だった――。
「な、何だ?」
「わ、わわっ」
突如として地面が、辺りの景色が揺れる。
それは、空から飛来し着地した魔物が原因だった。
(こいつは……)
俺は眼前に現れたその魔物を見据える。
先程通ってきた毒の沼地を凝固したかのようなドス黒い外見。
巨大な、それでいて所々が腐敗し
そして、全身の骨格がむき出しになった異形の
俺はその魔物に見覚えがあった。
(《
多くの生物の屍を
かつて魔王が従えていた中で最も厄介な存在だったドラゴン種の魔物。
ファフニールはその中でも特に凶暴で凶悪な魔物だった。
「あるじ、アイツ見たことあるの?」
「ああ。しかし、その時はあんなに巨大じゃなかった」
「やっぱりせーじょ様の祈りがないから?」
「だろうな。さっき通ってきた毒の沼地もこのファフニールがここに住み着いた影響によるものだろう」
以前、俺は一度だけファフニールと戦ったことがある。
そして、俺の魔王討伐の旅の中で最も苦戦した魔物だと言ってもいい。
魔王討伐の旅に出発してすぐの頃。
ゴーサムを経由してシベラ山脈を越えようとしたところ、雪原の中で俺はファフニールと遭遇したのだ。
それは旅の序盤で出会うには早すぎる相手だった。
しかし、その時はガンドフさんが打ってくれた勇者の剣と白銀の鎧を装備していたおかげもあり、どうにか撤退させることに成功したのだ。
無論、それにはティアナの魔物弱体化の祈りも大きく影響していただろう。
(しかし、今はティアナの祈りが働いていない。あの時より更に強くなっていると思った方がいいな)
「メロ。あいつは毒の霧を吐いてくるから注意するんだ。俺が前衛を務めるから、隙を見てできるようなら攻撃を仕掛けてくれ」
「りょーかい」
いずれにせよ、ここで遭遇したからには倒すしかない。
逃走しようにも毒の沼地に入ったところで襲われれば、その状態で勝てるような相手じゃないのは明らかだった。
――フシュルルルルル。
ファフニールは俺たちの姿を認めると、静かに唸り声を上げる。
竜の形を成した、黒い骨の中に浮かぶ赤い瞳。
ファフニールのそれはまっすぐにこちらを向いており、張り詰めた空気感の中で俺は護身用の長剣を握る。
(絶対に、このプナリアの薬草を持ち帰る。ティアナを助けるために)
そう心に決めて俺は大きく息を吸い込んだ。
そして――。
「よし、行くぞ!」
「うん!」
メロと短く言葉を交わし、こちらから先制攻撃を試みる。
ファフニールが振るってきた尾撃を跳躍して
――グガアッ!
ファフニールは続いて骨格がむき出しになった前足を払ってきたが、それも躱した。
「オォオオオ――ッ!」
俺は渾身の力を込めてファフニールの胴に剣を振るう。
が、その攻撃はファフニールの黒い装甲に阻まれ、甲高い金属音を響かせるだけだった。
(くっ……。やはり硬い……!)
以前、鍾乳洞の地底湖で遭遇したアズールドラゴンを彷彿とさせる防御力だ。
いや、それ以上かもしれない。
「てりゃっ!」
注意が俺へと向いた隙に、メロがファフニールの横っ腹へ拳を打ち込む。
打撃なら通じるかもしれないと思ったが、そう甘くはなかった。
「かったぁ……い」
むしろメロの手が痺れてしまったようで、ファフニールにダメージを与えることはできなかった。
――コォオオオオオ。
距離を取った俺たちに対し、ファフニールは頭を大きく後ろへ引く。
その動作から次に繰り出される攻撃を察知して、俺はメロに向けて叫んだ。
「メロ! 毒の霧が来るぞ!」
そして予想通り、ファフニールは黒い霧を放ってきた。
以前ロズオーリ湖の道中で
状態異常に耐性を持つ俺はその毒の霧の中でも活動できるが、メロは別だ。
だからメロは、その霧に飲まれまいと後ろに跳び退く。
それで凌いだと思うのも束の間、続けざまに攻撃が飛んできた。
毒霧を目眩ましにして、ファフニールは長い尾を払ってきたのだ。
「くっ……!」
「うわっ!」
俺は辛うじてその尾撃を躱すが、メロは尾の先端に触れたらしくごろごろと後ろに転がる。
「メロ、大丈夫か!?」
「う、うん。大丈夫だよあるじ。かすり傷で……あれ?」
俺の声に応じようと立ち上がったメロだったが、ガクンと体勢を崩す。
突然体の力が抜けてしまったかのような、感じだった。
「お、おい!」
「あ、あれ、おかしいな……」
見るとメロの腕の辺りに僅かな切り傷があり、その周りが黒く変色している。
(これは……、ファフニールの毒か……?)
「くっ……。力が入らな……」
メロはもう一度立ち上がろうとするが、膝がガクガクと震えるばかりで叶わなかった。
「メロ、無茶するな。あいつは俺が何とかする」
「でも……。あるじの剣も弾かれちゃったのに……」
「大丈夫だ。まだ策はある」
「え……?」
俺はメロの前に立ちはだかるようにして、それまで持っていた護身用の長剣を地面に突き立てる。
そして長剣の代わりに、腰に挿していたもう一つの武器に手をかけた。
――アズールダガー。
鍾乳洞の地底湖で撃破したアズールドラゴンの鱗を使用し、ガンドフさんが打ってくれた短剣だ。
「あ、その青い剣……」
「ああ。同じ竜族の体から取れた素材を使ったこの武器なら、ファフニールにも攻撃が通るかもしれない」
長剣に比べてリーチは短いため、より敵の懐に飛び込まなければならないが、リスクを恐れてはいられないだろう。
「……」
俺はファフニールの動きを注視しつつ、アズールダガーを持つ手に神経を集中させる。
そして短く息を吐いて、ファフニールまでの距離を一気に詰めようと疾駆した。
「ハッ――!」
俺の動きを止めようと振り下ろしてきた前足に向けてアズールダガーを突き出す。
すると――。
――ガァアアアアアアアッ!?
その刺突攻撃はファフニールの硬い骨に弾かれることなく、その一部を削り取った。
(よし、いける……。これなら攻撃が通るぞ)
俺は立て続けにアズールダガーを振り、ファフニールの体勢を崩しにかかる。
狙いは頭部への一撃。
そこを破壊されればいかにファフニールといえど活動を停止するはずだ。
しかし、ファフニールも俺の攻撃を脅威と感じ取ったのか、断続的に反撃を仕掛けてくる。
その猛攻は凄まじく、狙いとしている頭部に攻撃を繰り出す隙を与えてもらえなかった。
(くっ……。相手も必死だな)
俺はファフニールの攻撃を凌ぎつつ、機を
そしてこのまま攻防が続くかに思われたが、そうはならなかった。
「たりゃあああああっ!」
突如、ファフニールの体がぐらりと揺れる。
見ると、毒にやられて動けなかったはずのメロがファフニールの足に体当たりを食らわせていたのだ。
「あるじっ!」
「――っ。ハァアアアアア!」
俺は一気に跳躍し、ファフニールの頭部にアズールダガーを突き入れる。
青い短剣がファフニールの赤い瞳に吸い込まれ、俺は確かな手応えを感じ取った。
――ギャアアアアアアス!!!
ファフニールは絶叫しつつ地面に倒れ込む。
黒い骨が地面の上に崩れ落ちると地面が大きく揺れ、その主はピクリとも動かなくなっていた。
「やったやった! あるじ、やったぁ!」
「お、おい――わぷっ」
メロがぴょんぴょんと跳ねるように駆けてきて、そのまま抱きつかれる。
そしてそのまま、俺は大の字に転がることになった。
「メロ、お前どうして動けてるんだ? ファフニールの毒で動けなかったはずじゃ……」
「ふふん。それはコレだよ、コレ」
言いながらメロは何かを取り出す。
その小さな手にはプナリアの薬草が握られていた。
「もしかして、プナリアの薬草を?」
「うん。ちょうど近くにあったからね。もしかしてと思って食べたら、動けるようになった」
「な、なるほど……」
さすが極めて高い治癒能力を持つ希少薬草だ。
これは助けられたなと、俺はぐりぐりと擦りつけられているメロの頭を撫でてやった。
「でも、あるじを信じていたからこそ、だからね」
「ははは。それはどうも」
俺たちは地面に転がりながら互いの健闘を称え合う。
と、メロの顔が急に歪んだので、俺は心配して声をかけた。
「どうした? まだ毒が残ってたか?」
「ううん。やっぱりこの薬草、苦いなぁって……。というか全然おいしくなかった」
「ぷ……ははははっ」
メロらしい言葉で一気に緊張が解けた気がして、俺は思わず笑ってしまう。
そうして俺たちは無事、プナリアの薬草を手に入れることができたのだった。
==========
●読者の皆様へ
次話が第1部の最終話となります!
ぜひお楽しみくださいませ……!
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