第39話 ツタール森林の奥地へ


「よーし。あるじ、そうと決まったらすぐに森へ行こう!」


 病に倒れたティアナを救うため、プナリアの薬草が必要という話になった後でのこと。

 メロが気合いの入った声と共に手を挙げた。


「メロ、協力してくれるか」

「ふふん。ぐもんだよあるじ。メロだって戦えるんだし、それに『旅はみちづれ』でしょ?」


 屈託ないまっすぐな言葉をかけられ、自然と笑みが溢れる。

 今はその明るさがありがたかった。


「あと、あの薬草でメロはあるじに救ってもらった。だから、今度はメロも誰かを助ける番だよ」

「メロ……」


 まったく、頼もしい相棒になったものだ。

 俺が頭を撫でると、小さな旅の相棒は嬉しそうに尻尾を振った。


「よし。それじゃ早速ツタール森林に向けて出発しよう。アルシード王、すみませんがそれまでティアナのことを頼みます」

「ああ。本当は兵も出してやりたいところなんだがな。下手な戦力はお前の足手まといになるだろう。だからこの件はリヒト、お前に任せる」

「はい!」


 俺はアルシード王の言葉にはっきりと頷き、そしてメロと二人でツタール森林の奥地を目指すことにした。


   ***


「どうだメロ? 匂い追えそうか?」

「うん。あるじがくれた薬草、すごく強い匂いだったから覚えてる。昨日のきゃんぷの時もそうだったけど、森の方から匂いするし」

「へぇ……」


 ツタール森林の入り口までやって来て、俺はメロとそんなやり取りを交わしていた。


 メロは鼻がく。


 だから試しにプナリアの薬草の匂いを追うことはできないかと聞いてみたのだが、これが当たりだった。


「ツタール森林はそれなりに深い森だからな。俺もさすがに5年前の道は覚えていないし、助かるよメロ」

「ふふん。メロ、お役に立つよ」

「でも、俺はプナリアの薬草の匂いなんて感じなかったけどな。どういう匂いなんだ?」

「んーとね、なんかすっごくニガニガな匂い」

「苦いのか……」


 聞いてみたが今ひとつピンと来なかった。

 やっぱりここはメロに道案内してもらうのが良さそうだ。


「できれば陽が落ちる前にプナリアの薬草の群生地まで行きたいからな。メロ、頼む」

「うん。任された」


 そうして俺たちは強力な魔物が跋扈ばっこするツタール森林へと足を踏み入れた。


   ***


「あるじ」

「ああ、さっそく出たな」


 進むこと少しして。

 俺は魔物の気配を感じ取り、剣のつかに手をかける。


 行く手に現れたのは獰猛な虎の頭部に二本の角が生えたような見た目の魔物だった。


(コイツは、ホーンタイガーか。森の入り口付近で出てくるような魔物じゃないな……)


 ホーンタイガーは低い唸り声を上げながら俺たちに牙を向けており、どう見ても友好的な反応ではない。


 ――グガァウ!!!


 そしてその予想通り、ホーンタイガーはこちらに向けて疾駆してきた。


「ハッ――!」


 俺は突進してくるホーンタイガーの角をいなし、すれ違いざまに剣撃を食らわせる。

 それでホーンタイガーの動きが鈍り、その隙にメロが横っ腹を拳で叩いた。


「てりゃ!」


 ――グガッ……アゥ……。


 怪力を持つメロの打撃にホーンタイガーは耐えることができず、力無い声を上げて地面に倒れ込む。

 どうにか撃退できたようだ。


「やったね、あるじ」

「よくやったなメロ。しかし、森に入って早々に出くわす魔物としてはレベルが高いな……。この分だと奥地にはもっと強い魔物がいそうだ」

「そーだね。気をつけて進もう」


 やはりティアナの祈りが働かなくなったことで、強靭な魔物が現れるようになっているらしい。


(やっぱり一筋縄じゃいかないな……)


 しかし、プナリアの薬草を手に入れるためには……ティアナを助けるためには、立ち止まってなんかいられない。

 たとえ強力な魔物が待っているとしても進むだけだ。


 気を引き締め、俺とメロはすぐに森の奥地に向けて進行を再開する。


 そうして、次々に現れる魔物を退けつつ小一時間ほど歩いた頃だろうか。


「くんくん。あるじ、近くなってるよ。たぶん、あの沼を越えたあたり」


 メロが鼻をひくひくと動かしながら、目の前に広がる沼の向こうを指差す。


 プナリアの薬草の群生地まであと少しだと、俺たちは沼の淵までやって来た。


「ふぅ、もうちょいだねあるじ」

「ああ。しかし、これだけ戦っている割にはあまり疲れはないな」

「うん、それメロも思った。まだまだ戦えるって感じする」

「もしかすると、ガザドでメロがプレゼントしてくれたこの海の色の腕輪のおかげかもな」

「あー、なるほど。そういえば疲れが取れる効果があるって売り場のおねーさんが言ってた」

「だったらメロのおかげだな、これは」

「ふふ、メロがまだ元気なのもあるじのおかげ」


 俺はメロのくれた海の色の腕輪をそっとなぞる。


(本当に、俺の旅はいつも誰かに助けられているんだな……)


 そんな感傷めいた感情を自覚し、俺はもう一踏ん張りだと気合いを入れる。


 そうして先に進もうとしたのだが、眼前に広がる沼地を見て俺は立ち止まった。


「あるじ、どした?」

「待てメロ。この沼地、きっと毒の沼だ」

「どく?」


 普通の沼なら浅い所を渡っていけばいいだろう。

 しかしその沼は黒く濁っており、異質な雰囲気を感じたのだ。


 俺は近くに生えていた花を摘み、沼に放り投げる。


 すると、投げ込んだ花は急速に色褪せ、枯れてしまった。


「げげ」

「やっぱり、毒の沼だな……」


 そもそも以前に訪れた時にこんな黒い沼地は通った記憶がない。

 ということは、何か魔物の影響でできた沼なのかもしれない。


「どーする? 向こう岸までけっこう遠いし、メロが狼になってもあそこまでは届かないよ?」

「そうだな……」


 迂回できる所がないか周りを見渡してみるが、生憎沼地は広範囲に広がっている。

 先に進むにはどうにかしてここを通らなければならないだろう。


「よし、突っ切ろう」

「え? でもあるじ、入ったら危ないんじゃないの?」

「大丈夫。俺だけなら沼地にかっても問題ないだろう」

「あ、そっか」


 念のため、俺は沼に指を浸けてみる。

 しかし何の反応もなく、痛みも感じなかった。


(やっぱり、俺の持つ《全耐性の加護オールレジスト》の力があればこの沼の毒は無効化できる。それにそこまで深くもないみたいだ。これなら渡れるぞ)


「それじゃ、メロはこうして、と」

「わっと」


 俺はメロを抱え上げ、肩車する。


 この状態なら毒の沼に浸かるのは耐性を持った俺だけになるし、メロも一緒に渡ることができるだろう。


 そうして、俺はメロを肩に乗せたまま沼地へと足を踏み入れる。


「あ、あるじ、転ばないでね。メロ、落っこちたらきっとしおしおになっちゃう」

「ああ。気をつけて進むよ」


 先程投げ入れた花のことを思い出したのか、沼地を渡る最中、メロは思いきり俺の頭にしがみついていた。


(しかし、毒の沼か……。もしこれが魔物によって作られたものということになると……)


 これだけ強力な毒の沼地が自然発生したものとは考えにくい。

 となれば、これはやはり何か魔物の影響によりできたものなのだろう。


「……」


 できればこれだけの影響力を持つ魔物とは遭遇したくないなと思いながら、俺は慎重に沼地を進み、無事対岸へと辿り着く。


「はぁー。緊張したぁ」

「ああ、渡ってる途中魔物に襲われなくて良かったな」

「……あるじ、もし魔物に襲われてたらどうするつもりだったの?」

「その時は対岸までメロを投げようかと」

「うん、そうならなくて良かった」


 メロが心底安堵したように息をつく。


 と、すぐに顔を跳ね上げ、すんすんと鼻を動かし始めた。


「あるじ、たぶんすっごく近いよ。ニガニガの匂いが強くなってる」

「本当か?」


 どうやらプナリアの薬草の群生地まで近いようだ。


 俺は沼の泥を可能な限り落とし、メロの案内で先へと進む。


 そして――。


「あった! あれだ!」


 視線の先に、白い花弁と緑の葉を持つ植物――プナリアの薬草が生い茂っているのを発見した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る