第36話 不可解な現象の真実


「そうか、マリル先生にネックレスを届けてくれたのはお前らだったのか。ありがとうな」

「はい。マリルさんもとても喜んでいました」

「マリルのお婆ちゃん、すっごくいい人だった。おみやげに地図もくれたし」

「そいつは何よりだ。ったく、ガンドフの奴め。手紙を書いてよこすならそこまで書いておけばいいだろうに、イジワルな奴だ。王都には顔を出さんくせに」


 ヴァイゼル王宮、玉座の間にて。


 俺はアルシード王に対し魔王討伐の件やその後の出来事、マリルさんに無事ネックレスを届けたことなどを話していた。


 アルシード王は興味深げにそれらの話を聞きながら頷いている。


「それはそうと、魔王討伐の件な。王である俺からも礼を言わせてもらうよ。本当に、よくやってくれた」

「いえ、これもアルシード王やセタスさんをはじめ、色んな人の助力があったからです。この世界の人たちのためになったのなら何よりですよ」

「くっくっく。そういうとこ、変わってねえな。本当ならその功績を祝して勇者様の凱旋パレードとでもいきたいところなんだがな」

「……それはご勘弁を」


 俺が困惑しているのを見て満足したのか、アルシード王は玉座の上で足を組んだままケタケタと笑っている。


(まったく、この人にからかわれるのも久々だな……)


「しっかしお前もおっさんになったなぁ。王都を出発する時はまだ青年と言えば通るような感じだったのに」

「王よ、失礼ですぞ。リヒト様が時間を費やしたおかげで魔王を討てたのです。それにリヒト様のお歳は王とさほど離れていないじゃありませんか」

「セタス、今俺のことを遠回しにおっさんって言ったな。お前こそ失礼だぞ」

「これは失礼いたしました」

「絶対悪いと思ってないだろ」


 アルシード王がセタスさんとやり取りするのを見て俺は苦笑いする。

 この二人の関係も変わっていないなと、どこか懐かしい気持ちになっていた。


「それからなリヒト、俺は驚いたぞ。獣人族との間に子供でもこさえたかと思ったじゃねえか」

「はは……。セタスさんにも同じことを言われましたね」

「メロ、実はあるじの子供だった? つまりあるじはおとーさん? 今あかされる、しょーげきの事実」

「いや、子供でもないしおとーさんでもないから」


 メロが大袈裟な反応で話に乗っかってきて、俺は溜息をつく。

 一国の王の前で話しているとは思えない緊張感の無さだった。


 と、俺はここに来る前セタスさんが話していたことや城下町でのことを思い出す。


(そういえば、セタスさんが言っていた問題って何なんだろうか? 話している感じ、やっぱりアルシード王に何か異変があるようには見えないし……)


「あの、アルシード王」

「ん?」

「さっきセタスさんから聞いたんですが、何かあったんですか? 問題が起きているとか聞きましたが」

「ああ、それな」


 アルシード王はそれまでとは変わって少し真剣な表情を浮かべて姿勢を正した。

 生じている問題が些事さじではないことを察し、俺はアルシード王の言葉を待つ。


「リヒトお前、ティアナって覚えてるか?」

「え……? ええ、聖女ティアナのことですよね。もちろん覚えています。俺が王都を出発する前の、祝福の儀式も行ってくれましたし」


 ティアナ・ネクティス――。


 別名「守護の聖女」とも言われる人物であり、神から授かった異能の力を使用できる数少ない人物である。


 ティアナが持つ異能の力は王都……いや、このルシアーナ大陸全土に影響が及ぶとされ、その力はこの世界を守るための重要な役割を担っていた。


 俺が初めて聖女の存在を聞かされた時は、弱冠15歳の若さでその務めを果たしているという事実に驚いたものだったが、会ってみれば普通の年相応の少女だったのを覚えている。


 そして、俺が王都に戻ってきたら、直接会って感謝を告げたいと思っていた人物でもある。


「その聖女ティアナが何か?」

「ああ。これはまだ公には伏せていることなんだが……」

「……分かりました。ここだけの話ということですね」


 俺が答えてアルシード王は頷く。

 隣ではメロが両手で口を抑えていた。


「実は先日、ティアナが病に倒れた」

「え……」

「いや、正確には病かどうかも分からないんだがよ。今では起き上がることも叶わなくてな。王都で一番と言われる治癒士でもお手上げ状態だ」

「そ、そんなことが……」


 アルシード王が告げたその事実に俺は動揺してしまう。

 と同時に、ある懸念が頭をよぎった。


「アルシード王。聖女ティアナが倒れたということは、もしかして……」

「察しの通りだ。今はティアナが持つ能力が働いていない」

「……っ」


 聖女ティアナの持つ異能の力。


 それは、この世界で魔物と呼ばれている生物を弱体化させるというものだ。


 その力は俺の魔王討伐の旅路の中でも大きな援助になってくれていただろう。


 アルシード王によれば、その聖女ティアナの能力が働いていない状態だという。


 俺は魔王討伐後の出来事を振り返り、そしてアルシード王に問いかける。


「ちなみに、聖女ティアナが倒れたというのはいつのことなんですか?」

「今から約ひと月ほど前。つまり、お前が魔王を討伐したすぐ後だ」

「やはり……」


 俺はその事実を聞いて、様々なことに合点がいった。


 ――ロズオーリ湖に向かう途中で遭遇した食獣植物ビーストイーター

 ――アクセリスの外れ、レミアナ水郷で討伐隊を救助する際に襲ってきたブラックサーペント。

 ――商業都市ガザドの近海を荒らしていたデスクラーケン。

 ――そしてメルキス鉱石を手に入れる途中、鍾乳洞の地底湖で出くわしたアズールドラゴン。


 それらは全て、通常その地域では出現し得ない危険度の高い魔物たちだった。


(魔王の死後、魔物の生態系が乱れたために起こったものだと思っていたが……。聖女ティアナの能力が発揮されていなかったことで起きた現象だったのか)


「しかしなるほど……。そんな事実を公表したら確かに各地で騒ぎになってしまうでしょうね」

「ああ。王都周辺の魔物も凶暴化しているみたいだからな。俺も今はそっちの方を対処するために兵の編成やらで手一杯ってわけだ」


 よく見ると、気さくな口調とは裏腹にアルシード王の目元にはくまができている。


 きっと最近は寝る間を惜しんで対処に当たっているのだろう。

 謁見に時間がかかると言われた理由もそういうことかと合点がいった。


(だとしたら、やることは一つだな)


 俺が視線を送ると、メロも意図を察して頷く。


「アルシード王。俺たちも力になります。できることはやらせてください」

「はっは。お前ならそう言ってくれると思ってたよ」


 アルシード王は言って、それから俺たちに向けて頭を下げてくる。


「恩に着るよ、リヒト。お前が協力してくれるならこれ以上心強いことはない。よろしく頼むぜ」

「はい、もちろんです」


 そう返すと、アルシード王は笑って頷いてくれた。


 俺はお世話になったアルシード王に報いたいと、そして、病に倒れた少女を救う手立てを見つけたいと、決意を新たにする。


(ティアナ……)


 心の内でその少女の名前を呟き、俺は拳をきつく握った。


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