第35話 勇者の帰還


「あれが王都だよね? おっきいー」

「久々だな。何だか懐かしい」


 ツタール森林の湖畔から出発してしばらく進み。

 俺とメロは王都ヴァイゼルが見下ろせる丘までやって来た。


 巨大な城壁に取り囲まれるようにして綺麗な街並みが並んでいる。


 街道沿いには馬車も何台か走っていて、王都に近づくにつれて人の数も多くなってきたようだ。


「旅人の方ですね。お手荷物、問題ありませんでした。どうぞお通り下さい」


 検問所で荷物の検査を済ませ、王都ヴァイゼルの中へと足を踏み入れる。


 さすがは王都というべきか。

 城下町の大通りはこれまで巡ってきたルシアーナ大陸のどの年よりも広く、大勢の人の往来があった。


 アクセリスみたいに目を引くような屋外水槽はないし、ガザドみたいに立ち並ぶ露店もない。

 それでもヴァイゼルには、これが王都なのだと感じさせられる雰囲気があった。


 他の都市ではほとんど見かけなかったドワーフやエルフ、獣人などの異種族もちらほら見かけられる。


「あるじ。王都でどこか行く予定の場所ってあるの?」

「俺も長く滞在していた街だしなぁ。世話になった人もいるし、その人たちには挨拶して回りたいけど、まずはやっぱりあそこにいかないとな」


 言って、俺は街の通りの向こう、ヴァイゼルの王宮を指差す。


「お城……。ってことはおーさま?」

「ああ。アルシード王には魔王討伐に出かける前から助力してもらっていたし、直接報告しておきたい。マリルさんに無事ネックレスを渡せたことも伝えたいから」

「おー。メロ、王様に会える」

「ははは。まあ、気さくで王様っぽくない人だけど、失礼はないようにな」


(王宮に行った後は、あの子の所にも顔を出したいな。元気にしているだろうか……)


 俺は言葉には出さず、魔王討伐の旅に出発する際に見送ってくれた一人の少女を思い浮かべる。

 5年も経つし、相手も俺のことを覚えているか不安だが、それでも俺は彼女に直接感謝の想いを伝えたいと思っていた。


 そうして、俺はメロと会話しながら王宮への道を歩いていく。


 王都の通りも変わっていないなと、どこか懐かしい感情が湧いてきた。


 と――。


「ねえあるじ、あれ何だろうね?」

「ん? ああ、確かに」


 王宮へと向かう途中で何やら人だかりができていた。


 鎧を着た兵や屈強な冒険者然とした人たちばかりで、何かを話し合っているようだ。


「気になるな……。でも、今はまずアルシード王に会いに行こう」

「そだね」


 そうして、俺は少し引っかかりを覚えながらも王宮への道を進むことにした。


   ***


「ようこそアルシード王宮へ」

「すみません。アルシード王にお目通り願いたいのですが」


 俺は王宮の正門までやって来ると、そこにいた若い門兵に声をかける。


「アルシード王への謁見ですか。失礼ですがどのようなご用件でしょうか?」

「ええと……」


 どう伝えたものか。

 王宮の正門を守護する兵であれば俺のことを知っているはずだと思ったのだが、ここにいるのは若い新米兵らしい。


 元勇者だと身を明かしたとして信じてもらえるだろうかと一抹の不安がよぎる。


 何せ、今の俺は勇者の剣や白銀の鎧を所持していないのだ。

 勇者であることを証明しろと言われたら少々面倒なことになりそうだ。


 どうしようかと考えを巡らせていると、若い門兵はやや言いにくそうに口を開いた。


「申し訳ありませんが、今は少々バタついておりまして。一般の方ですと、謁見の手続きをされても一月はかかるかと思われます」

「バタついている?」

「ええ……。事情は申し上げられないのですが」


 何だろうかと、俺は思案する。

 そもそも正門の守護として若い兵を置いていることに違和感はあったのだが……。


(そういえばさっき城下町で見た人だかりの中に王国兵もいたようだけど。人員が他に割かれている? でも一体どんな理由で?)


 アルシード王は民と近い距離にあろうと、普段から謁見の機会を積極的に設けようとすることで知られている。

 そのアルシード王が謁見を一月以上も先にするとは何か問題があったということなのだろうか?


「あるじ、どする?」

「ああ、そうだな……」


(仕方ない。信じてもらえるか分からないけど、身分を明かして――)


 俺がそこまで考えた時だった。


「どうした?」


 王宮の入り口から眼鏡をかけた初老の男性が歩いてくる。


(あの人は……)


 その初老の男性は俺たちの方へ近づくと一瞬だけ、驚きの表情を浮かべた。


「セタス・ラインベル宰相さいしょう。お疲れ様でございます!」


 若い門兵がその人に向けて敬礼をする。

 セタスと呼ばれた初老の男性はこちらを一瞥いちべつした後、若い門兵の方を向いた。


「君、この方たちは?」

「あ、はい。アルシード王への謁見を希望されているのですが、時間がかかることをお伝えいたしまして」

「なるほど、ご苦労だったね。しかし、その方たちは私の知人だ。お通して問題ないよ」

「ハッ……。こ、これは失礼しました!」


 セタスさんは構わないといった様子で門兵に頷いた後、俺とメロを王宮の方へと先導してくれた。


 そして正門から離れた庭園の辺りまで来て、誰もいないのを確認し――。


「勇者リヒト様! よくぞ……よくぞご無事でお戻りに……! このセタス、ずっと貴方様のご帰還をお待ちしておりました!」


 思いきり頭を下げてきた。


「セタスさん、お久しぶりです。すみません、突然訪問してしまって」

「いえいえ、貴方なら突然も何も……」

「なんだ。あるじ、この人と知り合いだったんだ?」

「ああ、セタスさんって言ってな。アルシード王の補佐役を務める人で、俺が王都にいた時からお世話になっている人だ」

「メロです。はじめまして」


 メロが行儀よくお辞儀をすると、セタスさんは困惑した顔を浮かべながらもそれに応じる。


「と、これは申し遅れました。セタス・ラインベルと申します。……リヒト様、まさかどなたかとのお子を……?」

「いえ、違います」


 セタスさんがあらぬ誤解をしかけたのできっぱりと否定しておく。


 俺がここに至るまでの経緯を掻い摘んで話すと、せタスさんは状況を理解してくれたようだ。


「でも良かったです。セタスさんが来てくれたおかげで素性を明かさなくて済みました」

「なるほど……。確かリヒト様は勇者の証を北方の街に置いてこられたと報告を受けております。あれらが無いと若い兵では判断がつかないかもしれませんな」

「そうなんですよね」

「しかしリヒト様。私は驚きましたぞ。魔王討伐の報せを受けた時は、それはもう歓喜いたしましたが、そのまま勇者の剣と鎧を置いて旅に出られたと書簡に書かれていて……」

「はは……。お騒がせしてすみません」

「いえ、魔王討伐を果たされたわけですし、もちろんどのように振る舞われようとリヒト様のご自由なのですが、私としては一言感謝を申し上げたかったもので。本当に、世界を救っていただきありがとうございました」


 そう言ってセタスさんはまた頭を下げてきた。

 こちらが恐縮してしまうほどである。


「と……。私ばかりが話すわけにもまいりませんな。アルシード王もリヒト様にお会いしたがっておりました。ささ、ご案内いたしましょう」

「よろしくお願いします」

「おーさまに会えるの楽しみ」


 そうして俺たちはセタスさんに連れられ王宮の中へと入る。

 久々に歩く王宮の長い廊下は若干緊張もするが、戻ってきたのだという実感が湧いてきた。


「そういえばセタスさん、アルシード王はお忙しいのでは? というより、何かあったんですか? もしかしてどこかお体を悪くされていたり……」

「ああいえ、一般の方の謁見こそ中止されていますが、アルシード王は特に変わりなくご健在です。ただ、今はとある問題が生じていまして」

「問題?」

「それはアルシード王とお会いになった際にお話した方がよろしいでしょう。とにかく今は王の元へご案内いたします」


 気になりつつも俺はセタスさんの後を付いていく。

 それから程なくして、玉座の間へと辿り着いた。


「では、どうぞお入りくださいませ」

「失礼します」


 アルシード王にお会いするのも久々だなと、俺は息を一つ吐いてから中へと足を踏み入れる。


 そして――。


「お……?」


 玉座の上で行儀悪くあぐらをかいていたアルシード王が目に入った。


「お、おおお、お前っ、リヒトじゃねえかっ! 心配したんだぞコンチクショー! よくやってくれたな!」

「あ、ありがとうございます……。いたたた」


 アルシード王が全力でダッシュしてきて、俺は独特な労いの言葉とともにバシバシと肩を叩かれる。


 まるで久々に故郷へ顔を出した友人のような迎えられ方だ。


「なんというか……。おーさま、おーさまっぽくない」


 メロがそんな言葉を漏らしたが、それには俺も完全に同意だった。


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