第34話 二人の昔話


「くんくん。すっごくいい匂い。あるじ、これなんのお肉なの?」

「ゴーサムの名産品でな。『グリフォンの熟成肉』っていうらしい。寒冷地ならではとでも言ったらいいのか、雪を集めた雪室ゆきむろって建物の中で熟成させたものなんだと」

「ほうほう。つまり?」

「普通の肉の何倍も柔らかくて美味い」

「すばらしい」


 湖畔での夜――。


 焚き火で肉を焼いていると、メロが待ちきれないといった様子で尻尾を振り回していた。


 肉が火にあぶられてジュウジュウと音を立てており、香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。


 俺は焼きあがった肉を切り分けて、多い方をメロに渡してやった。


「おいひー! お肉なのにあまーい!」

「おお、これはなかなか新鮮。そんなに味付けしてないのにめちゃくちゃ濃厚だな。それに、米が食べたくなってくる」

「こめってなーに?」


 なかなか説明するのが難しいなと思いつつ、俺はメロに米がどういうものなのかを伝えていく。


「なんか、あんまりおいしそうじゃない……」


 説明の結果、メロからはそんな言葉を頂戴することになってしまった。

 美味しいのに……。


(このルシアーナ大陸じゃ米はお目にかかれなかったけど、他の大陸に行けば見つけられるかもな? そうすればメロだってきっと興味を持ってくれるはずだ)


 俺は独り奮起して、いつかメロに米を食べさせてやろうと心に決めた。


「さて、それじゃテント行くか」

「んー」


 夕食後の穏やかな時間を過ごした後、俺は火の後始末を済ませる。


 食後ということもあってかメロが眠そうに船を漕いでいたので、抱きかかえてテントの方へと運ぶことにした。


「んふー。あるじからお肉の匂いがする」

「あー、焼肉は匂い付いちゃうからなぁ。ちょっと上着だけ洗ってこようかな」

「だめだよ、そんなもったいない」

「もったいないのか……?」


 メロがぐりぐりと頭を擦りつけてきてちょっとくすぐったい。

 そうしていると本当に子供だなと苦笑しつつ、俺はテントの中にそっとメロを横たえた。


「さて、今日は早いところ寝ちゃうか」


 メロがすうすうと寝息を立てたのを確認し、俺もテントの中で横になる。

 ゴーサムから山を下ってきて気温の変化もあったためか、すぐにまどろんでいった。


 ……。


 …………。


 ふと、目が覚める。


 テントの外も暗くて、まだ夜のようだ。


(あれ? メロがいないな……)


 隣を見ると、寝ているはずのメロがいなかった。


 トイレかなと思ったが、俺はむくりと体を起こし、テントから顔を出す。


 すると、焚き火跡の近くにメロがいて、空に浮かんだ月を眺めていた。


「どうした? 眠れないのか?」

「あ、あるじ」


 俺が近づくとメロは首だけを向けてくる。


 ゴーサムに比べればまだマシだが、さすがに夜はまだ冷える。

 スープでも用意してやるかと、俺は再度火をおこし湖から水を汲んできた。


 小型の鍋を火にかけ、その中に水と調味料、夕食の燻製肉の余りを入れて少々待つ。

 やがてパチパチと火のぜる音が聞こえてきて、俺とメロがお揃いで着けている海の色をした腕輪がきらめいていた。


 まだ眠気があるのか、それとも別の原因か。

 メロは燃える火を見ながらぼーっとした表情を浮かべている。


「で、どうしたんだ? いつになく真面目な表情浮かべて」

「しっけーだよあるじ。メロだって考えごとくらいする時あるよ」

「ああ、メシのこととか?」

「むー」


 メロは膨れ面になったが、ぐーっと腹の鳴る音が聞こえてきて、俺は思い切り笑ってしまった。


 あんまりからかうと機嫌が悪くなりそうなので、俺は煮えたスープを器に移してメロに渡す。


 メロはその器を受け取ると、いつものごとくふーふーと息を吹きかけ、恐る恐る口を付けていた。


(しかし、メロとも会ってからもう5年か。色々とあったな……)


 俺もまたスープに口を付けながら昔のことに思いを馳せる。


 テントの先に広がるツタール森林の方へと目を向けると、緩やかな風が木々を揺らしていた。


 と、まだスープが熱くて飲みにくかったのか、メロが器に視線を落としたままで呟く。


「この場所なんだよね」

「ん?」

「メロとあるじが初めて出会ったの」

「ああ。そうだな」


 5年前のある日。

 魔王討伐を目指し王都ヴァイゼルを出発した俺は、ツタール森林の外れで子供の狼を見つけた。


 その狼は怪我をしていて、俺はそれを助けたくて奔走ほんそうして。

 それがメロとの出会いだった。


「あるじ、あの時はほんとーにありがとね」

「ん?」

「あのケガをしてた時、すっごく痛くて、このまま死んじゃうかもなぁって思ってたんだ。でも、あるじが用意してくれた薬草のおかげでよくなって。だからあるじはメロのおんじん」

「俺はできることをやっただけだけどな。メロが無事で何よりだったよ」

「ふふ。あるじはやっぱりお人好し」


 まっすぐに感謝の言葉を告げられ、どこか照れくさくなる。


「まあ、あの時は必死だったからなぁ。それに、ツタール森林の近くだったのも幸いしたし」

「うん、覚えてる。あるじは森に入っていって、薬草を持ってきてくれた」


 俺が発見した時、メロは憔悴しょうすいしきった様子だった。


 だからすぐに、ツタール森林の奥地に生えているという「プナリアの薬草」の話を思い出したのだ。


 プナリアの薬草――。


 限られた場所にしか群生しないとされる、極めて希少価値の高い薬草だ。


 その効力は市場に出回っている薬草の比ではなく、だからこそ、その周辺には強力な魔物が群がっていることも多い。

 それでも、傷ついていたメロを救うにはこれしかないと思った。


「あるじが森から出てきた時、すっごくボロボロだった。きっとそれだけ大変だったんだと思う」

「まあ、な……」

「でも、あるじはメロを治した後、とても嬉しそうに笑ってくれた。メロもそれがすっごく嬉しくて、その時のあるじの顔は今でもはっきりと覚えてる」

「……」

「だから、改めてありがとねって。またちゃんと伝えたくって」


 メロが笑みを浮かべて俺に告げる。

 それはとても純粋な言葉だった。


「なあメロ」

「ん?」

「前に、この旅に付いてくるって話をした時にメロは言ってたよな。俺に恩返しがしたいって」

「うん」

「それな、もう十分恩返ししてもらってるよ」

「え?」

「確かに旅はしていて楽しいけど、やっぱり一人じゃ寂しかっただろうからな。俺は、こうしてメロが付いてきてくれて良かったと思ってる」

「……」

「だから、メロからはもう十分に色んなものをもらってるなと思ってさ」

「……ふふ。あるじがそう言ってくれるとメロも嬉しい。でも、まだまだ恩返しが足りないからね」

「ははは。そう来たか」

「これからもよろしくね、あるじ」

「ああ。こっちこそ」


 昔のことに思いを巡らせながら、俺たちは言葉を交わす。

 ちょっとだけ気恥ずかしかったけど、大切な時間だと感じられた。


 スープがちょうどいい温度になったらしく、メロはスープに口を付けてぐびぐびと飲み干す。


「あるじ、おかわり!」

「はぁ……。夜なんだからな。ほどほどにしとけよ?」


 そう言って俺はまたもう一杯スープをすくう。


 さて、明日は王都ヴァイゼルに向かう日だ。


 どんな体験や出会いが待っているだろうかと期待を抱きつつ、俺は旅の相棒にスープを手渡してやった。



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