第30話 王様の愛人にお届けものを
「リヒトよ。頼み事ばかりですまんが、これをある人の元へ届けてくれんか?」
出発前の朝食をご馳走になっていると、ガンドフさんがあるものをテーブルの上に置いた。
それは、メルキス鉱石を使用したネックレスだった。
恐らくガンドフさんが加工して作ったものだろう。
その翡翠色の鉱石は、俺たちが鍾乳洞から持ち帰った時よりも強い輝きを放っている。
なるほど、貴族が愛用するのも頷けるなと感じさせられるほど綺麗な石だ。
「このネックレスを届けるって、どこにです?」
「うむ。リヒトたちは王都ヴァイゼルを目指しているんじゃろう? その途中にゴーサムという鉱山都市があるのは知っていると思うが」
「はい。魔王討伐の旅をしていた時、一度寄ったことがありますね。宿屋を借りただけで長居はできませんでしたが……」
ゴーサムというのは王都ヴァイゼルと商業都市ガザドの間にそびえるシベラ山脈の中腹に作られた街である。
行商の中継地点として重要なばかりでなく、鉱山街ならではの大衆料理や、風情ある雪景色が見られることから観光地としてもそれなりに有名な場所だ。
(といっても、前は急いでてそれどころじゃなかったんだけど……)
俺は微妙に残念な気持ちになりながら、メロが物珍しげにいじっているネックレスを見やる。
ガンドフさんの話では、このネックレスをゴーサムにいる誰かに届けてほしいということらしいが……。
「儂がそもそもメルキス鉱石を探していたのは国王からの依頼だったのは話したじゃろう?」
「ええ。そうでしたね」
「その依頼には続きがあってな。結論を言うと、このメルキス鉱石を使ったネックレスをある女性の元へ届けてほしいというものだったんじゃ」
「ある女性、ですか?」
「うむ。ゴーサムにいるマリルという女性の学者だそうじゃ」
ということは、国王様からマリルさんという女性に向けたプレゼントってことだろうか?
わざわざガンドフさんを経由してこんな綺麗なネックレスを女性に贈るということは……いや、そういう下手な詮索はよそう。
と、ネックレスをいじっていたメロが獣耳をピコンと反応させ、ガンドフさんに問いかける。
「マリルって人は王様のあいじん?」
おいメロ。それは思っても言っちゃ駄目なやつだろう。
「ハッハッハ! そうかもしれんのぅ」
「いや、笑い事じゃないですよガンドフさん……」
「国王から届いた手紙には、メルキス鉱石を使ったネックレスをマリルという女性に届けてほしいとしか書かれていなかったからのぅ。もしかしたら本当に愛人かもしれんぞ?」
「だとしたらすごく複雑なんですが……」
ちなみにヴァイゼルの国王様というのは俺ともそう変わらない年である。
もし本当に国王様の愛人ということになればマリルという女性も同じくらい、もしくは若い女性ということになるのだろうが……。
まあ、憶測で決めつけるのは良くないだろう。
どちらにせよゴーサムには寄るつもりだったしちょうど良いかと、俺はガンドフさんからネックレスを預かることにした。
***
「それじゃ、気をつけてな」
「はい。短剣、ありがとうございました。また顔を見せに来ます」
「ドワーフのおじちゃん、またねー」
朝食の後――。
俺とメロはガンドフさんと別れの挨拶を交わし、次の目的地である鉱山都市ゴーサムに向けて出発した。
一昨日までの雨が嘘のように良い天気で、旅日和だなとそんなことを思う。
「さて。それじゃゴーサムに着いたらマリルって女性の人を探さないとな」
「王様のあいじんだね」
「できればそうじゃないことを願うが……。まあ、マリルさんというのはゴーサムじゃ有名な人らしいし、すぐに見つかるとは思うけど」
そんなやり取りをしながら俺とメロはゴーサムに向けて歩き出す。
草原を歩き、川を越え、山道を登り――。
そうして、道中で魔物に出くわすようなこともなく、俺たちは夕暮れ前にゴーサムへと到着することができた。
「よし、ここがゴーサムだ。ってメロ、大丈夫か?」
「さぶい……。とんでもなくさぶい……」
後ろを振り返るとメロがガタガタと体を震わせている。
このゴーサムは高所に位置する上、年中雪に覆われているような場所だ。
予め厚着はさせていたがそれでも足りなかったらしく、メロの獣耳と尻尾は力なく垂れている。
「とりあえずどこかメシを食べられる場所に行こうか。そうすれば暖も取りつつマリルさんの居場所も聞けるだろうし」
「ぞうじよう……」
ゴーサムは活気溢れる鉱山街そのものという感じで、街の往来では鉱夫と思わしき人たちを大勢見かけることができた。
屈強というべきか、中には腕まくりをしている人や半袖の人までいて、メロが「理解できない……」などと声を上げていた。
幸いにもすぐに酒場を見つけることができ、メロは砂漠でオアシスを見つけた遭難者のようにそこへ駆け込む。
「はぁー、幸せぇ。やっぱりご飯が一番だね」
温かいスープと大量の料理を平らげ、メロは無事復活したようだ。
テーブルの上には空の皿がうず高く積まれ、周りにいた客たちの注目を集めている。
そんな幸せそうな顔をしたメロを見ているとこっちも笑顔になるというものだが、ここに来た目的も果たさないとなと、俺は店員さんに声をかける。
「あの、お仕事中にすみません。この街にマリルさんという女性の方はいませんか? ちょっと届け物があって来たんですが」
「マリルさん? ええ。街の通りから外れた場所に住んでおられますよ」
店員さんはそう言って、簡単な地図を書いてくれた。
俺は店員さんに礼を言って、メロと一緒に書かれた地図の場所へと向かうことにする。
「どんな人なんだろうね、王様のあいじん」
「だからまだ愛人とは決まってないけどな」
向かう途中、俺はそんなやり取りをしながらメロと歩いていた。
(まあ、王様がネックレスを贈ろうとしている人がどんな人かは確かに気になるけど……)
そうしているうちに、俺たちは目的の場所へと辿り着く。
そこには屋敷と言っても差し支えないほど大きめの家が建っていて、俺もメロも思わず息を呑んだ。
庭にある草木や屋根の上に雪が積もっていて、いかにも雪国の家という感じである。
敷地の中へと足を踏み入れ、玄関の扉をノックするとすぐに中から返事があった。
(さて、どんな人かな……)
少し緊張しながら待っていると、ゆっくり扉が開かれる。
そこにいたのは、温和な雰囲気を漂わせた女性の老人だった。
「あら、どちら様でしょう?」
「ええと、ここにマリルさんという方がいらっしゃると聞いてきたのですが」
「はい、マリルは私ですわ」
「あ、そうでしたか……」
どうやらこの老婦人がマリルさんらしい。
俺が反応に困っていると、隣にいたメロが服を引っ張って耳打ちしてくる。
「あるじ。この人が王様のあいじん?」
「んなワケあるか……」
俺もまたメロだけに聞こえる声で返し、安堵の混じった溜息を漏らした。
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