第31話 石言葉に込められた想い
「外は寒かったでしょう。どうぞ、温かい紅茶ですわ」
「あ、これはどうもご丁寧に」
「ありがとーございます」
鉱山都市ゴーサムにて。
俺は国王様からのプレゼントを持って、届け先であるマリルさんの屋敷を訪れていた。
マリルさんは俺とメロの前にティーカップとソーサーを置き、自身は向かいのソファーに座る。
(この人がマリルさんか……。やれやれ、国王様の愛人説は杞憂だったな)
ここに来る前は「もしかしたらプレゼントの贈り相手は国王様の愛人なのでは?」と心配していたものだが、マリルさんは物腰柔らかい老婦人といった感じの人物である。
俺と同じくらいの年齢である国王様の愛人というには、さすがに無理があるだろう。
というか、かなり失礼な考えをしていたようでどこか申し訳なくなってくる。
俺はマリルさんに礼を言って紅茶に口を付けた。
寒さに晒されていた体が温まる感じがして、ほぅっと溜息が漏れる。
「改めまして、マリル・ローランと申します。本日はどのようなご用件で?」
「はい。実はマリルさんにお届け物がありまして」
「お届け物?」
俺はテーブルの上にネックレスを置く。
国王様からのプレゼントである、翡翠色のメルキス鉱石を使用したアクセサリーだ。
「まあ。これは……」
「ある人からマリルさんへのプレゼントだそうで。ええと……」
「国王様――アルシード王からのものですわね」
送り主を伝えるべきか迷っていた俺に、マリルさんははっきりと告げる。
「どうして分かったかというお顔ですわね。実は私、昔はヴァイゼルの王宮で教育係を務めさせておりましたの」
「教育係? もしかしてアルシード王の?」
「ええ……。もちろん、アルシード王が幼少の頃まででしたけれど。今ではこのゴーサムで自由気ままに研究を行わせていただいておりますわ」
そういえばガンドフさんの話によれば、マリルさんは学者とのことだ。
マリルさんも理知的な人に見えるし、今俺たちがいる部屋にもそれらしき資料や模型などが置かれていた。
「でも、そのことがどういう?」
「昔、アルシード王がある書物をお読みになっている時に、約束をいただいたことがございまして。要約すると私が還暦を迎えた際にはこの石をプレゼントしてくださるというお話でしたの」
「ああ、なるほど」
「まさか本当に覚えてくださっているとは思いませんでしたけれど。でも、あの人のことですからね。きっとこの石に込められた言葉も覚えておいでだったのでしょう」
「……?」
そう言ってマリルさんは穏やかに微笑む。
最後の言葉の意味は分からなかったが、マリルさんも昔のやり取りを覚えていて、アルシード王からの贈り物だと気づいたと、そういうことだろう。
アルシード王の人柄も窺えるいい話だなと思いつつ、俺は嬉しそうにネックレスを手に取るマリルさんの様子を眺めていた。
「貴方たちも大変だったでしょう。このような所まで届けてくださって。心より感謝申し上げますわ」
「ふふん。あるじがちょー強いドラゴンを倒したおかげだからね」
「お、おいメロ。それは別にいいだろう」
「どういうことですの?」
俺は仕方なく、ここに至るまでの経緯をマリルさんに伝えていく。
俺とメロがこの世界を旅して回っていること。ヴァイゼルに行く途中でガンドフさんと再会し、縁あって国王様からの依頼を代行するようになったこと。その過程でドラゴンと戦闘したことなどなど。
話をする最中、マリルさんは時折興奮した様子で耳を傾けていた。
「まあ、そんなことがありましたの! 本当に何とお礼を申し上げていいか」
「いえ、俺たちが関わったのは成り行き上ですから。それよりも、無事こうしてお届けできて何よりです。素敵なお話も聞けましたし」
「ふふ。本当に旅人さんこそ素敵なお人柄ですのね。私、感激いたしましたわ」
俺はどうにも照れくさくなり頬を掻く。
一方で隣に座っているメロは得意げな顔でうんうんと頷いていた。
「ねえねえ、マリルのお婆ちゃん。さっきその石に込められた言葉とか言ってたよね? それってどういう意味なの?」
しばし談笑しているうちに、メロがマリルさんに尋ねる。
そういえばそんなことを言っていたなと、俺も気になってマリルさんに視線を向けた。
「ああ、それはこのメルキスという石の
「石言葉、ですか?」
「ええ。ご存知かもしれませんが、花に花言葉があるのと同じく、石にもそれに込められたメッセージがあるんですのよ」
なるほど。
つまりアルシード王は単に希少な石としてメルキス鉱石を選んだというわけではなく、昔マリルさんに教わった石言葉をメッセージとして届けたいという想いがあったのだろう。
「それで、メルキス鉱石の石言葉というのは?」
「それはですね――」
マリルさんはメルキス鉱石のネックレスに目を落とす。
そして、そっとネックレスを撫でながら、俺たちに教えてくれた。
「この石には、『いつまでもお元気で』という言葉が込められていますのよ」
言いながらマリルさんは嬉しそうに笑う。
やっぱり、とても素敵な話だった。
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