第26話 鍛冶師ガンドフ
「ひゃー! どしゃぶりー!」
「こりゃ酷い雨だな。メロ、あそこで一旦雨宿りしよう!」
商業都市ガザドを出発して数日。
草原を歩いていると、激しい雨に見舞われていた。
俺は近くに大樹を発見し、メロと一緒に全力で走り出す。
「ふぅ……。災難だったな」
「ずぶぬれびしょびしょ」
俺もメロも、服から水が滴るほどに濡れてしまった。
幸いにも大樹は雨宿りするに十分な大きさがあったが、その場しのぎにしかならないだろう。
旅というのは色々なことがあって、そのどれもが良い経験ではあるのだが、このレベルの大雨は勘弁してほしいものだ。
「まいったな。次の村まではまだ距離があるし……」
「こうなったら『きょうこーとっぱ』だよ、あるじ。メロが狼の姿に変身するから、それで思い切って行こう」
「ううむ、それしかないか……。む?」
ふと、俺はその大樹の方へと目を向ける。
「あるじ、どした?」
「これ、家になってる」
「家?」
よく見ると、大樹の根元の向こう側に扉や窓があった。
まるで童話の中に出てくるような、樹のお家である。
「おー。それなら入れてもらおーよ。すみませーん!」
「ち、ちょっとメロ」
俺が止める前に、メロがその扉をノックしていた。
いきなり失礼ではなかろうかと心配していたが、やがて扉がゆっくりと開く。
「なんじゃい、こんな大雨の日に」
中から出てきたのはメロと同じくらい小柄な老人、ドワーフだった。
(あれ……?)
俺はそのドワーフに見覚えがあった。
というか、顔見知りである。
あちらも俺に気づいたようで、少し驚いたような顔をして近づいてきた。
「おお、こりゃ驚いた。お主、勇者リヒトか?」
「ご、ご無沙汰してます、ガンドフさん」
その人は俺が以前使っていた武具を製作してくれた人。
つまり、勇者の剣と白銀の鎧を作ってくれた超一流の鍛冶師だった。
***
「なるほどのぅ。魔王を倒した後、旅を始めたのか。ほっほっほ、良いことではないか」
「ガンドフさんもお元気そうで何よりです。まさかこんな場所で会えるとは」
俺とメロはガンドフさんが現在住処にしているという大樹の家に招いてもらっていた。
服を乾かせてもらっている上に、熱い紅茶まで出してくれて、大雨に見舞われた俺たちにとってまさに渡りの船である。
「それで、今はまずこのルシアーナ大陸の三大都市を巡ろうかと思っているんです。その後は、他の大陸にも行けたらなと」
「となると次の目的地は王都ヴァイゼルかの?」
「はい。王都にはお世話になった人も多いですからね。ちゃんと会ってお礼を言いたいです」
「ふふん。お主らしいの」
「とは言っても、ここからヴァイゼルにはまだかなり距離がありますし、いくつかの村を経由していくことになると思いますが」
「ふむ。それでこの獣人のお嬢ちゃんは旅の相棒というわけか」
「ええ。まあ、そんなところです」
「ふふん。旅はみちづれ」
「……」
その言葉、気に入ってるんだろうか……。
隣にいたメロは何故かドヤ顔を決めると、紅茶にフーフーと息をかけながら口へと運んでいた。
「して、リヒトよ。儂が作った勇者の剣と白銀の鎧。あれは北方の宿屋に置いてきたと言っていたな」
「え、ええ……。念のため置き手紙をしてきたので、たぶん国王様に献上されることになっているかなと」
「ふむ。それなら今頃はヴァイゼルに運ばれて飾られているかもしれんの」
「すみません。ガンドフさんに一言断りを入れるべきだったと思うのですが……」
「ハッハッハ。そういう経緯があったなら別に良いわい。元々あれは国王に打ってくれとお願いされたものだしのぅ。それに、魔王が討たれた今、美術品にでもされる方があれも本望じゃろうて」
「そもそも、あれを持っていたらお主はゆっくり旅なんてできんじゃろうしの」と付け加えて、ガンドフさんは笑ってくれた。
「しかし、本当に魔王を倒したんじゃな。武具を作った儂も鼻が高いぞい」
「ええ。本当に、ガンドフさんのおかげです」
「謙遜するでない。武器というのもそれを扱う持ち主の力量あってこそじゃからの。まあしかし、あれはなかなかカッコいい造りだったじゃろう?」
ガンドフさんはそう言ってニヤリと笑う。
前から思っていたがなかなかお茶目な人だ。
「そーいえばあるじもドワーフのおじちゃんにお礼がしたいって言ってたね。王都にいるとか言ってたけど、何でこんなところにいるの?」
「確かに。俺もガンドフさんはヴァイゼルにいるものだと思っていましたが、どうしてこちらに?」
「うむ。まあ儂は元々あまり人が多い場所は好きではないからのぅ」
「そういえばそうでしたね」
「ヴァイゼルにも魔王討伐の報せが届いて大騒ぎじゃったし、国王からの依頼も一段落ついたしな。褒美としてこの土地と家をもらったから、ここでくつろいでるというわけじゃ」
「なるほど」
「国王からは時折手紙が届くがのぅ。どうせ暇だろうからヴァイゼルに来て一杯やらないかって内容だったが」
「はは……。国王様らしいですね」
「まったく」と愚痴を漏らしつつも、ガンドフさんはどこか嬉しそうに笑って紅茶に口をつけていた。
「と、そういえば国王のやつ、もし顔を出さないなら仕事を引き受けてくれと言ってきおったの。まったく、老人使いが荒いやつじゃ」
「ははは。それはきっとガンドフさんと呑みたいんですよ」
「そうかもしれんがの。まあ、それはそれとして、仕事を引き受けてほしいというのは本当じゃろうな」
「ちなみに国王様からの仕事というのは一体どんな内容なんです?」
「うむ。実はとある鉱石を見つけてほしいというものなんじゃが……」
そこでガンドフさんは言葉を切って、俺を見やる。
何だろうかと思っていると、ガンドフさんはポンっと手を叩き、突然大げさに咳き込み出した。
「ゲホッゲホッ。その鉱石を採掘しに行きたいんじゃがのぅ。持病の腰痛が酷くてのぅ。ああ、誰か代わりに採りに行ってはくれんかのぅ」
「……いや、腰痛なら咳き込むのはおかしいでしょう」
ガンドフさんのわざとらしい演技に、俺は溜息をつく。
そして、俺はガンドフさんの依頼を受けることになり、指定の鉱石を探すことになるのだった。
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