第24話 海の色をした腕輪


「あれ? メロ、もう起きてるのか?」

「あ、あるじ。おはよー」


 朝になると、珍しくメロが既に起きて寝間着から着替えていた。


 窓の外を見るとまだ陽が昇り始めて間もない。俺が寝坊したわけではなさそうだ。


(いつもは夜中になると俺のベッドに潜り込んできて、朝になると揺すっても起きないんだがな……。今日は雪でも降るのか?)


 商業都市ガザドに来てから5日。

 俺たちはドーグルさんの好意で商館の一室を充てがってもらっていた。


 ドーグルさんによれば「こんなんじゃ全然恩返しとして足りねえけどな! ガッハッハ!」とのことだったが、相当豪華な客室のようで逆にこっちが恐縮するほどである。


「メロ、こんなに早く起きて一体どうしたんだ? 今日は特にやらなきゃいけないこともなかったはずだけど」

「うん。ちょっと熊のおっちゃんのところに用事があってね」

「……メロ。もしかして朝からドーグルさんにご飯をたかろうとかじゃないよな?」

「しっけーな。メロがいつも食べ物のことしか考えてないと思ってる?」

「……」


 うん。割とそうじゃないかなと思ってる。


 しかし、どうやら食事が目当てではないようだ。

 それにそうだとしたらこんな朝早く起きて着替えたりしないかと思い直す。


「そうそう。あるじ、今日のお昼の後は予定ある?」

「ん? いや、特に無いけど」

「おっけーおっけー。それじゃ、お昼になったらメロと一緒に街へおでかけしよう」

「街に? 何か見たいものでもあるのか?」

「んふふ。それはナイショ」


 メロの場合、見たいものってより食べたいものかもしれないが。


 このガザドは商業都市というだけあって珍しいモノがたくさん並んでいる。

 メロはその中で何か欲しいものでも見つけたのかもしれない。


(だとしてもドーグルさんにどんな用事があるのか分からないけど……)


「それじゃあるじ、ちょっと行ってくるねー」

「あ、うん」


 用事の内容を聞く前に、メロはパタパタと駆けて行ってしまった。


 珍しいこともあるもんだと思いながら、俺も朝の準備を済ませることにした。


   ***


「ふぅ、こんなところにしとくか」


 それから少し時間が経って、俺は砂浜にいた。


 欠かさずやっている朝の日課――剣の素振りや基礎的な運動などを行うためである。


(やっぱり朝に体を動かすのは気持ちがいいなぁ。砂浜で剣を振るのは良い鍛錬になるし。それに海を見ながらできるなんて最高だ)


 転生前、ブラック企業で連勤続きだった時は朝起きるのがしんどくてしょうがなかったのを思い出す。


 また今日も会社に行かなくちゃいけないのかという憂鬱感。

 今日は上司からどんな無理難題を押し付けられ、自己満足な叱責をぶつけられるのかという不安感。

 いつまでこんなことを続ければいいのかという徒労感に精神的な疲労感。


(そんなものを抱えてたらそれは朝が嫌いになるよな……)


 昔を思い出しながら苦笑し、でも海を見ていると陰鬱とした気分にはならなくて。


 俺は剣を鞘に収めると、満足感と充足感を胸に息をついた。


   ***


(あれ……?)


 ドーグルさんの所有しているフロント商会の商館に戻ると、そこで俺は意外な光景を見た。


「うんしょ、うんしょ」


 メロが何やら大荷物を抱え、荷馬車に運び込んでいたのである。


「いやぁ。おチビちゃん、朝から助かるぜ」

「ふふん。メロは力持ちだからね。このくらいよゆーよゆー」


 そこにはドーグルさんもいて、どうやら朝の搬出作業を行っているようだ。

 並んだ荷馬車に乗せられた木箱の量を見るに、けっこうな量を積み込んでいたらしい。


(もしかしてドーグルさんの商会の手伝いをしているのか? メロ、お前……)


 自分の子供が立派になる姿を見た時の親の気持ちというのはこういうものなんだろうか。

 俺は胸が熱くなるのを感じ、空を見上げた。


(いかんな……。年を重ねると涙腺も緩むらしい)


 ドーグルさんにわしゃわしゃと頭を撫でられているメロを見ながら、今日はいっぱい労ってやろうと心に決め、商館の中へと入った。


   ***


「さすが商業都市ガザド。色んなものがあるなぁ」

「ねー。にぎやかでワクワク」


 昼になって、俺とメロはガザドの大通りを歩いていた。


「で? 行きたいお店ってどんな所なんだ?」

「ふふふ、それはまだナイショだよあるじ」

「さいですか……」


 デスクラーケンが排除されて航路が復旧したことも影響しているのだろう。

 俺とメロが歩く大通りにはそこかしこに露店が並び、このルシアーナ大陸ではあまり見ない果物なども大量に並んでいた。


「あ、ラハテさんたち! これ、もし良かったらどうぞ!」


 ふと、ある露店の店員さんが声をかけてきて、俺とメロに林檎のような赤い果物を渡してくれた。


「え、良いんですか?」

「ハッハッハ、もちろんですよ。このあいだラハテさんたちがデスクラーケンを倒してくれたおかげで、こうして品物も入ってくるようになったんでね。お礼とでも思って受け取ってください」

「あ、ありがとうございます」


 そんなやり取りが何回かあって、俺とメロは色んなお店から食べ物をいただいていた。

 メロも大量の食べ物をもらって大層ご満悦な様子だ。


「シャキシャキでおいしー。こっちのくだものはあまあまー」

「優しい人が大勢で良かったな。……と、そういえばメロ、行きたい所ってどこなんだ?」

「んーふぉねえ。ほぉのしゃきをみゃがったてょこ」


 メロが食べ物を頬張りながら通りの先を指差す。

 どうやらこの先を曲がった所にお目当てのお店があるらしいが。


「お? これは?」


 てっきり料理屋でも並んでいるのかと思ったがそうではなかった。


 先程までの大通りには食べ物の露店が多かったのだが、その一角は装飾品――所謂アクセサリー屋が立ち並んでいたのだ。


(へぇ……。メロはアクセサリーが欲しかったのかな? なんかすっごく意外)


 そんなことを考えていると、メロはあるアクセサリー屋の前で止まる。

 そこは主に腕輪を扱っているお店のようで、妙齢の女性店員がメロを見つけると柔らかく微笑んだ。


「あら。いらっしゃいませ、可愛らしいお嬢ちゃん。何かお探しものですか?」

「んーとね。腕輪が欲しいんだけど」


 メロは店員さんと何度か言葉を交わし、色んな腕輪を取っ替え引っ替えに眺めていた。

 そして何故かメロは俺の方をチラチラと見やっていたのだが、やがて何を買うか決まったようだ。


 朝に頑張っていたのもあるし、ここは気前よく買ってやろうと思い、俺は麻袋からお金を取り出そうとした。


 が――。


「こちらの腕輪ですね。ラクザ銀貨で5枚になります」

「うん」


 メロは懐から銀貨を取り出し、それを女性の店員さんに手渡す。


(あれ? 俺、メロに銀貨なんて渡してないはずだけど……)


 俺が困惑していると、メロは店員さんから嬉しそうに選んだ腕輪を受け取っていた。


 そこでまたもう一つ疑問が生まれる。

 選んだ腕輪は大人用でも大きめのもので、メロの手にはどう考えてもサイズが合わなかったのだ。

 隣には同じ種類の、子供用サイズのものがあったので、買うならそっちだろうと思っていたのだが……。


 しかし、俺の疑問はすぐに解消されることとなる。


「あるじ。はいこれ」

「え?」

「ぷれぜんと」


 メロが買った腕輪を俺に差し出してきたのだ。


「メロ……。も、もしかして俺へのプレゼントを買うために?」

「うん。熊のおっちゃんにお願いしてお手伝いさせてもらった」

「じゃあ、あの銀貨は……」

「あるじにはとってもありがとうって思ってるから。これ、疲れが取れやすくなるあいてむなんだって。だからあるじにぷれぜんと」

「あ……」


 メロがニカッと笑って、俺は空を見上げる。


 駄目だ。やっぱり涙腺が脆くなっているらしい。


(つまりメロは、俺にプレゼントをするためドーグルさんに頼んで仕事をさせてもらっていたということか……)


「メロ、ありがとう……。大事にするよ」

「うん!」


 メロに満面の笑みを向けられた俺はどうにか涙を堪え、差し出された腕輪を受け取る。

 海の色をした、とても綺麗な腕輪だった。


「……」


 俺はふと、アクセサリー屋に並んだ品物を見やる。


 そして、その中から一つを選んで、女性店員さんに銀貨を渡した。


「あの、これもお願いできますか」

「あ、はい。もちろんです」


 手に取ったのは俺が今メロから受け取ったものと同じ種類の、小さいサイズの腕輪だ。


 俺はきょとんとしているメロの手にそれをはめてやった。


「あるじ?」

「せっかくだからな。お揃いってやつだ」

「あ、ありがとう」

「いや、俺の方こそありがとう」


 揃って腕輪を着けて、メロはまた笑顔を浮かべる。


「ふふ。あるじとおそろいー」


 メロの尻尾はパタパタと、とても嬉しそうに揺れていた。


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