第22話 海上の決戦


「まっくろいまもの! ウネウネしてる!」


 ガザドの近海を荒らしているという魔物。


 それはイカのような形をした魔物だった。

 いや、ようなというより見た目はまさに巨大なイカである。


「これがドーグルさんの仰っていた魔物ですか?」

「ああ……。しかし《デスクラーケン》だったとはな。何でこんな化け物が近海にいるのか分からんが……」


 デスクラーケン――。


 海に出現する魔物の中でもとりわけ脅威度が高いとされる魔物だ。

 過去に起きた船の沈没事故のほとんどはコイツの仕業と言われているほどである。


 ただ、気になることもある。


「でもどうしてデスクラーケンが? あれは確か遠洋にしか出現しないはずの魔物では?」

「ラハテさんの言う通りだな。こんな近海に出現するなんざ聞いたことがねえんだが……」


 そういえばこれまでの旅先で出くわした《食獣植物ビーストイーター》や《ブラックサーペント》が出現した時も、本来そこに現れないはずの魔物が現れていたと思い起こす。


(もしかすると魔王がいなくなったことで魔物の生態系に何かしらの狂いが生じているのかもしれないな……。ただ、今その吟味をしている暇はない)


 俺は剣を手に取り、船から離れたところで浮かんでいるデスクラーケンをめつける。


 と――。


 ――シャアアアアアア!


 本体はそのままに、デスクラーケンはこちらへ向けて触手を勢いよく伸ばしてきた。

 最初は俺たちを直接狙ったのかと思ったがそうではなかった。


 船のへりを掴み、力強く揺すり始めたのである。


「う、お……!」

「ぐえぇえええ……。今それやめてぇええええ」

「野郎、この船ごとひっくり返すつもりか……!」


 グラグラと足場が揺れ、俺たちは船のへりへと叩きつけられそうになる。

 メロなどは船酔いが再発したのか思いきりしかめっ面を浮かべていた。


「このっ! 船を離せ……!」


 ――フシュルッ!?


 船の揺れが一瞬収まった隙に、俺はデスクラーケンの触手に向けて剣を振るった。

 幸いにもデスクラーケンに斬撃性の攻撃はよく通るようで、船から引きはがすことに成功する。


 しかし触手の先を何本か斬られたことで激昂したのか、デスクラーケンは再度こちらに手を伸ばしてきた。


「それはだめ! メロが気持ち悪くなっちゃう!」


 また船を揺すられると思ったのだろう。

 メロが叫んでデスクラーケンの触手に噛みつこうとする。


「メロ! ちょっと待て!」

「がぶりっ!」


 人型のままでもメロの身体能力は狼の時のそれと変わらない。

 だからこの状態で攻撃してもそれなりの威力を誇る。


 が、デスクラーケンの触手に触れるのはマズいのだ。


 なぜなら――。


「あばばばばっ。じびれるぅうううう……」

「ああ、遅かったか!」


 デスクラーケンはその触手に電気を溜め込むとされ、それに触れた者を感電させる性質があるのだ。

 触手に噛み付いたメロの尻尾の毛がぶわりと逆立ち、メロは体を震わせる。


「きゅう……」


 触手は船から手を離したようだったが、メロがこてんと倒れ込んだ。


「お、おいメロ! 大丈夫か!」

「……む」


 俺は心配して駆け寄るが、メロがむくりと身を起こしたのでほっと胸を撫で下ろす。


「めちゃくちゃしびれた。でも、おかげで船酔い治ったかも。らっきーらっきー」

「そ、そうか。それは何よりだ」


 俺はマイペースなメロに苦笑いしつつも、すぐに剣をデスクラーケンの方へと向ける。


「ラハテさん、見てくれあれを」

「触手が……元に戻ってますね」


 ドーグルさんの声でデスクラーケンの様子を観察すると、俺が斬ったはずの触手が再生されていた。


 これまでにも再生能力を持った魔物とは対峙したことがあるが、そうなると厄介だ。

 先程のように俺たちのいる船を狙われればどうしても消耗戦になる上、こちらからは決定打が与えられない。


「となると、あの頭……というか本体を叩かないと駄目なんでしょうね」

「だろうな。しかしアイツ、本体は船から離れて近づいてきやがらねえ。あれだけの距離となると剣だと厳しいぞ」


 確かに、先程からデスクラーケンは触手を伸ばして攻撃してくるだけだ。

 弓などの遠距離攻撃の手段があれば違うのだろうが、今そのような装備は無い。


(ただ、あの本体まで近づくにしても触手で払われそうだしな。何とかして接近できれば剣での攻撃でも何とかなりそうなもんだが……)


 ふとその時、俺はあることを閃く。


 俺はすぐに実行へと移すべく、メロの元へと駆け寄った。


「あるじ、どした?」

「メロ、お前の怪力を見込んで頼みがある。俺をあのイカの所まで投げ飛ばしてくれないか?」

「おお、それはないすあいであ」


 メロと互いに頷き合うが、ドーグルさんはとんでもないといった様子で制止しようとする。


「そいつは無茶がすぎるぞ、ラハテさんよ。空中で触手攻撃の的になっちまうぞ」

「ちっちっち。熊のおっちゃんはあるじのすごさをまだ分かってない。そのくらいあるじならへーきへっちゃらだよ」

「大丈夫です、ドーグルさん。倒してみせますから」

「し、しかしな……」


 戸惑うドーグルさんをよそに、俺たちは攻勢に打って出ることにした。

 メロの手に足をかけ、そして照準をデスクラーケンの頭部――本体へと向ける。


「それじゃあるじ、いくよ」

「ああ、頼む」

「えい――っ!!」


 メロが思い切り腕を振り、俺の体は宙へと放たれる。

 方向、角度はばっちりだ。


 ――キシャアアアアアア!!!


 しかし、デスクラーケンも無防備になった俺を撃ち落とそうと触手を払ってきた。


 迫りくる多数の触手。

 その全てを、俺は目で捉える。


「フッ! ハアッ――!」


 高速の剣撃による連続攻撃。


 俺は近づいてきた触手を全て空中で斬り伏せていく。


 ――フシュッ!?


 なぜ触手に触れた俺が感電しないのか不思議に思ったのだろう。

 生憎だが、俺の持つ《全耐性の加護オールレジスト》のおかげでその手の攻撃は通用しない。


「でりゃああああああ――!!!」


 俺は落下体勢に入り、大上段から剣を振り下ろす。


 その渾身の一撃は頭部に命中し、そのままデスクラーケンを一刀両断に斬り伏せた。


「さっすがあるじ!」

「うぉおおおお! すげぇ! すげぇぜラハテさんっ!」


 海面に顔を出すと、遠くの船上からメロとドーグルさん、そして船員たちが歓声を上げているのが聞こえた。


「……」


 俺の近くには斬られたデスクラーケンがブカブカと浮かんでいて、俺はある一つの疑問を口にする。


「……これ、もしかして喰えるのかな?」


 そうして俺は、ドーグルさんの依頼――海上の魔物の撃破を無事達成したのだった。



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