第17話 元勇者のおっさんは大樹を斬る


「エルメールさん。それに皆さん、色々とお世話になりました」

「おっちゃん、ありがとー。お料理すっごくおいしかった。宿もすっごくキラキラですごかった」

「いえいえ、私どもの方こそでございます。本当にありがとうございました」


 秘湯から水神亭に戻り、朝食をとった後でのこと。


 俺とメロは出発の準備を済ませ、エルメールさんと挨拶を交わしていた。


 エルメールさんの後ろには水神亭のスタッフや、ブラックサーペント襲来事件の時にいた兵たちの姿も見える。


「お二人はこれから商業都市ガザドに向かわれるのでしたな」

「ええ、そのつもりです。まずはこの大陸の三大都市を巡ってみようかなと」

「なるほど。あそこは物流も盛んですからな。他の大陸のものも運び込まれると聞きますし、きっと珍しいものを見れることでしょう」

「そうですね。このアクセリスからは少し距離がありますが、道中も楽しもうかなと」

「わくわくがたくさん。メロも楽しみ」


 メロの素直な言葉にエルメールさんも宿屋のスタッフたちも微笑ましいものを見るような視線を向けている。


 それから少し談笑を交わし、エルメールさんはお土産まで持ってきてくれた。

 中身はどうやらグリオフィッシュの塩焼きらしい。


「ぜひ道中でお召し上がりください」


 エルメールさんはそんなことを言っていたが、幻の魚料理をお弁当にするとか贅沢すぎるなと笑ってしまった。


 俺はよだれを垂らしていたメロの口を拭いてやり、それからエルメールさんと向き合う。


「それでは、そろそろ行こうと思います」

「ええ、ぜひまた水神亭にいらしてください。お客様であればいつでも歓迎させていただきますので」

「ありがとうございます。またアクセリスに来た際には必ず寄らせてもらいます」


 エルメールさんと言葉を交わした後、名残惜しさとともに旅の荷物を背負う。


「あ、お客様。最後によろしいですかな?」


 と、皆に一礼して歩き出そうとしたところ、エルメールさんが声をかけてきた。


 エルメールさんは俺に近寄り、他のスタッフたちに聞こえない声で尋ねてくる。


「最後に一つ、教えていただきたいことがあるのです」

「はい、何でしょうか?」

「お客様は……いえ、お客様が本当の勇者様なのですよね?」

「う……」


 やっぱりそうきたか。

 何となくエルメールさんにはバレているような気がしていたが……。


(宿屋の受付では偽名にしてたんだけどな……。ああ、偽勇者への対応とかで分かったのかもなぁ)


 俺は降参したように肩を落とし、エルメールさんに答える。


「今は引退した立場なので……。あと、このことはできれば内密に……」

「はっは。やはりそうでしたか。いえ、好奇心からお尋ねしたわけではなくてですな。もし予想通りでしたらお伝えしておきたいことがあった次第でして」


 そう言ってエルメールさんは胸に手を当てると、俺に向けて頭を下げてきた。


「重ねて、深く、深く感謝申し上げます。世界を救ってくださった勇者様の旅路が良きものとなりますよう――」


   ***


「あのお宿、良いところだったね、あるじ」

「ああ。ほんとにな。いる人たちも良い人ばっかりだった」


 よく晴れた草原の道をメロと二人で歩く。


 会話の内容は水の都アクセリスで体験したことやそこで出会った人たちについてだ。


 名残惜しさを感じないと言えば嘘になるが、旅は名残惜しいと感じるくらいがちょうど良いとも聞いたことがある。


 俺とメロの中で、アクセリスはまた訪れてみたい場所として認定されていた。


「そういえばあるじ」

「ん?」

「次の場所に向かうならメロが狼に変身して走っていった方が早くない? びゅーんって行けるよ?」

「まあ、確かにそうだろうけどな。旅はゆっくり、のんびりするのが良いんじゃないかなと」

「なるほど」


 馬車なんかを使う手もあるだろうが、今は何となく歩きたい気分だ。

 天気も良いし、アクセリスでの余韻に浸りながら行くのも悪くないだろう。


「じゃああるじ。のんびり行くためにもこの辺できゅーけーしない?」

「……あのなぁメロ。そう言ってお弁当を食べたいだけだろ?」

「うぐっ……」

「グリオフィッシュの塩焼きが楽しみなのも分かるけどな。でも、まだ昼前だ。今喰ったらきっと夕飯までお腹すくぞ?」

「そうなんだけど……」


 メロがしゅんとして獣耳を垂らしてしまった。

 庇護欲をくすぐられるその姿に、俺は観念して肩を落とす。


「はぁ、仕方ないな。それじゃ、この先にある谷を超えたらメシにするか」

「やった!」


 今度は耳をピコンと立てて反応するメロ。

 まったくいつも通りなことだと苦笑し、俺はメロと並んで歩いていく。


 そして話題に出ていた谷が見えてきたところ、巨大な木の近くに荷馬車が停まっていた。


(あれは、行商の馬車か。でもどこか様子が変だな?)


 深い谷を前にして、山男のような行商人が天を仰いでいたのだ。


「こんにちは。どうかしましたか?」

「ん? おお、旅人さんかい。いや、それが困ったことになってよぅ」


 行商人さんは後ろの谷を指しながら顔をしかめる。


 見ると、向こう岸とこちら側に垂れ下がっている木片があった。


「なるほど……。橋が落ちたんですね」

「ああ。どうやらこの前の嵐でこうなっちまったらしい。まいったなぁ……。この荷を今日中にガザドへ届けにゃならんというのに」


 行商人さんに聞いたところ、谷を超えるのに橋が使えないとなると大きく迂回しなくてはならないという。


 メロが変身してくれれば飛び越えられる距離かもしれないが、荷馬車の中身を届けなくてはならない行商人さんはそれだと困るだろう。


 何か手段はないかと辺りを見渡すと、先程遠くから見えていた巨大な樹が目に留まる。


「やれやれ。仕方ねえが遠回りするしかねえか。もし良かったら旅人さんたち後ろに乗ってくかい?」

「お気遣いありがとうございます。でも、ちょっと待ってください。何とかできるかもしれません」

「は……?」


 俺は腰から剣を抜き、大樹の方へと近づいていく。


(たぶんこれだけデカい樹なら……)


 向きを計算し、俺は渾身の力を込めて剣を横薙ぎに払った。


「な、な……」


 すると、大樹がメキメキと音を立て谷の方へと傾いていく。


 ――ズゥウウウウン。


 そしてそのまま、大樹は巨大な地響きとともに対岸へと倒れ込んだ。


「よし。これであとはちょっと手入れをしてと」


 俺は対岸と橋渡しになった大樹の表面を、剣で素早く平らに削っていく。

 地面に着地している部分のバリアフリー加工も忘れない。


「よし。お待たせしました、行商人さん。これで馬車でも通れますよ」

「な、なんちゅうこった……。アンタ、剣神かなんかか……?」


 笑顔を向けたところ、行商人さんからそんな言葉を頂戴する。


「あるじ、やっぱり規格外。にんげんわざじゃない」


 そして、傍らで成り行きを見ていたメロが呆れたように溜息をついていた。


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