第18話 商業都市ガザド


「ガッハッハ! まったくとんでもねえものを見せてもらったぜ! まさかあの大樹をぶった切って橋にするとはな!」

「お役に立てたようで良かったです。というかすみません、馬車に乗せてもらっちゃって」

「何言ってんだ、これくらいお安い御用さ。ってよりオレの方こそ大感謝なんだがな」


 商業都市ガザドに向かう途中の谷を超えたところ。


 俺とメロは立ち往生していた行商人さんの荷馬車に乗せてもらっていた。


「今更だがオレはドーグル・フロントってんだ。旅人さんたちは?」

「あー、えっと……。ラハテと言います」


 俺は水神亭の受付時にも使った偽名で答える。


 リヒトという本名から五十音順で一文字遡る、という我ながらよく思いついた名前なのだが、メロからは「なんかあるじっぽくない」という言葉を頂戴している。


 続いてメロも挨拶して、ドーグルさんは御者台でうんうんと頷いていた。


「いやぁ、それにしても本当に助かったよ。その後ろの荷物を今日中にガザドへ届けにゃならんかったからな。色んな人に迷惑をかけちまうところだったぜ」

「ねえねえ、熊のおっちゃん。この荷物って何なの?」

「こらメロ、熊だなんて失礼なことを。すみませんドーグルさん」

「ガハハ! 良いってことよ。そのおチビちゃんの言う通り熊みてえな見た目だしな!」

「は、はは……」


 ドーグルさんは何とも、体格通り豪快な感じの人だ。


 まあ、この世界の行商は魔物相手にも立ち回らなきゃいけないし、これくらいの性格じゃないとやっていけないのかもしれない。


「と、それで積み荷のことだったか。ソイツの中身は秘密なんだが、今日ガザドで開かれる祭りで使うやつなんだよ」

「祭り、ですか?」

「ああ。勇者様が魔王を倒したことを祝して開かれる祭りでな。みんな楽しみにしてるんだぜ」

「……あ、ああ、なるほど」


 どうやらガザドでは今日、魔王討伐の祝して催しを行うらしい。

 俺が反応に困っていると、メロが「あやしいブツじゃないよね」などと中途半端な知識でまた失礼なことを聞いていた。


「しっかし、ハラ減ったなぁ。あの谷で時間喰っちまったから仕方ねえんだが……。ま、夕方までにはガザドに着く予定だからそれまで我慢かな。どっかでワイルドボアの肉でも取れればいいけどなぁ」

「あ、ドーグルさん。もし良かったらこれ食べてください」

「ん? 何だこれ」

「前の街で泊まった宿の人から貰ったお弁当です。たくさん貰いましたのでどうぞ」


 俺はエルメールさんから出発前に受け取った包みを開いて、その中の何本かをドーベルさんに渡す。

 中身は贅沢なことにグリオフィッシュの塩焼きを串焼きにした料理だ。


 メロは待ちきれなかったようで、既に両手に串を握りバクバクと食べ始めていた。


「ほう、どれどれ……。って何だこりゃ! 魚がキラキラ光ってやがる! しかもめちゃくちゃうめえ!」

「喜んでいただけて良かったです」

「こりゃあガザドに送るだけじゃ足りねえな! ラハテさんよ、向こうに着いたらぜひ一杯奢らせてくれな! ガッハッハ!」


 ドーグルさんは豪快に笑いながらそんなことを言う。


 そうして、俺たちは賑やかなやり取りをしながら商業都市ガザドへの道を進むのだった。


   ***


「お。ラハテさんたち、見えてきたぜ」

「おお、凄いですね。検問所で並んでる馬車があんなにも」

「ふえー。めっちゃ人がたくさん」


 ドーグルさんが前方を指差すと、その先に広がっていたのは商業都市ガザドの外観だった。


 荷馬車の行列ができており、既に活気づいている様子だ。


「くんくん。なんかしょっぱい匂いがするー」

「はは、ガザドは海も近いからな。きっとそのせいだろうな」


 メロが荷台から身を乗り出し、鼻をひくひくとさせている。

 そういえば海が初めてだと言っていたのを思い出し、後で見せてあげようと俺は決めた。


「それにしても、凄い人の数だ。ほとんどが商人さんみたいですが」

「まあ商業都市って言うくらいだからな。それだけ交易も盛んなわけよ。珍しいもんもたくさんあるしな」

「でも、あれだけの馬車が並んでるとなるとけっこう待たされそうですね」

「ああ、そこは心配しなさんな。すぐに入れるからよ」

「え?」


 ドーグルさんはそう言うと、行列ができている脇を通って先へと荷馬車を進めていく。

 そうして、皆が並んでいる検問所とは違う方の入り口へと辿り着いた。


「どうもー」

「あ、これはドーグルさん! お疲れ様です!」


 ドーグルさんが門兵に挨拶すると、それだけで街に入る門が開かれる。

 どうやら積み荷のチェックなども無いらしい。


(これは、顔パスってやつだろうか……)


 今の兵とのやり取りも考えると、ドーグルさんは明らかに普通の行商人ではないということになるのだが。


「よっしゃ。そんじゃ向かうとしますかね」


 そんな俺の疑問をよそに、ドーグルさんは口笛を吹きながら街の中へと荷馬車を進めていく。


「あるじ見て見て! おっきな通りにお店がたくさん!」


 メロの声で見渡してみると、大通りに露店が立ち並んでいた。


 さすがに商業都市といったところか。


 上品な空気感が漂っていたアクセリスの街とは異なり、こちらは活気溢れるという言葉がしっくりくる。

 どちらかといえば大衆的な雰囲気を感じられる都市のようだ。


 商館らしき建物もズラリと立ち並び、裏手に回っていく荷馬車もちらほらと見えた。

 恐らくああして裏口で積み荷の搬出や搬入を行うのだろう。


 俺はメロと一緒にそんな景色を荷台の上からもの珍しそうに眺めていく。


「よっし。着いたぜ、お二人さん」


 そうしてドーグルさんの声に反応して顔を向ける。

 すると、そこには意外な光景が広がっていた。


「え? ここって……」

「すっごーい! でっかい!」


 俺たちの目の前に現れた建物。


 それは、ガザドでも一番ではないかというほどに巨大な商館だった。



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