第16話 秘湯にて、祝福の景色


「あるじー。このぽかぽかのお水ってなに?」

「そっか。メロはこういうの知らないもんな」


 エルメールさんが教えてくれたお勧め観光スポット。

 それはアクセリスの外れにある秘湯温泉だった。


 メロは溜まっている白い湯に手をけながら「おおー」と声を漏らしている。

 それが初めての体験だったからか、楽しげに尻尾を振っていた。


「地面から湧き出たお湯をな、温泉と呼ぶんだ」

「おんせん? この白いの、飲んだらおいしい?」

「飲むのはマズいと思うぞ……。いや、飲める温泉もあるんだっけか? とにかくここのは飲めるか分からないからダメ」

「えー。じゃあ温泉って何するところなの?」


 メロが不満そうに頬を膨らませているのがどこか可愛らしくて笑ってしまった。

 思えば俺も温泉に入るのは随分と久しぶりな気がする。


「それはな、天然のお風呂なんだよ」

「お風呂?」

「ああ。しかもこれだけの絶景を見ながら入る露天風呂だ。きっと最高だぞ」

「ほうほう。じゃあ入ろう」


 そう言ってメロは着ていた服を脱ぎだした。

 一応メロも女の子なんだからいきなり服を脱ぐのはやめてほしいんだが……。


「まあいいか。じゃあ先にメロから入りな」

「えー。メロ、あるじと一緒に入りたいー」

「いや、それは……って、あだだだ。おい、服を引っ張るなメロ」

「一緒に入るー」

「分かった、分かったから」


 さすが元は巨大な白狼というだけあってメロはこの姿でも力が強い。

 俺はやれやれと嘆息しながらメロを引き離す。


 子供を風呂に入れる感じかと思い直し、俺はメロと揃って白濁の温泉に浸かることになった。


   ***


「はー」

「あー」


 天国だ。


 温かい湯に包まれ、溜息しか出てこない。

 まるで魔王討伐の時から溜まっていた疲れが息に溶けて出ていくようだ。


(あ、駄目だ。これは病みつきになる……)


 思い返せば転生前の世界でも湯を張った風呂には久しく浸かっていなかった気がする。

 温かいお湯に体を沈めることがこうも気持ちの良いものだとは……。


 昨日、水神亭でワインを飲んだときもそうだったが、旅というのは自分にとっての新しい「好き」を見つけることにもなるのかもしれない。


 だとしたらそれは、とても素晴らしいことのように思えた。


「ふぅ……。生き返るな」

「ん? あるじ死んでなくない?」

「メロ。温泉ってのは入ったらこういう風に言う決まりがあるんだ」

「そうなの?」

「そうなの」


 目の前に広がる景色も素晴らしい。

 雲が海のように広がっていて、それを眼下に見下ろしながら温泉に浸かるというのは最高以外の何ものでもなかった。


「まるで雲が海みたいだなぁ」

「メロ、海って見たことないー」

「お、そうか? 次に向かおうとしてる商業都市ガザドは海が近いからな。きっと見れると思うぞ」

「む。海ってお魚たくさんある?」

「ああ、もちろん」


 俺がそう伝えるとメロは獣耳をピンと立たせる。

 何とも分かりやすい反応だと思わず笑ってしまった。


「そういえばもうすぐで日の出だな。エルメールさん曰く、ここから日の出を見るのがお勧めってことだったけど」

「あー。そんなこと言ってた気がするぅー」


 湯に溶けそうになっているメロを見て苦笑していたところ、その瞬間が訪れる。


「おぉ……。おいメロ、見ろ見ろ」

「んにゅー? ……わぁお」


 雲の海を照らすようにして。

 光り輝く太陽が姿を現した。


 一面が金色に染められ、俺たちはその光景に目を奪われる。


 まるで世界に祝福されているかのようだ。

 ロズオーリ湖の夕陽の時とはまた違う、素晴らしい眺望がそこにはあった。


「は、はは……。凄いな……。うん、凄い」

「メロ、かんげき」


 自然と笑みが溢れてくる。

 本当に、旅は素晴らしい。


「やっぱりこれは、あるじがまおうを倒したごほーびだね」


 メロがまたロズオーリ湖の時と同じことを言ってくれた。


 だとしたら嬉しいなと、そんな感傷に浸っているとメロがじっとこちらを見ていた。


「あるじ」

「ん?」


 太陽の光のせいか、メロの雰囲気が普段とは少し違って見える。

 メロが真剣な表情を浮かべていたのもあるかもしれない。


「メロね、前にも言ったけどあるじにはすっごく感謝してる。メロが傷ついて動けなかった時に助けてくれて。今もこんな景色を見せてくれて」

「……」

あの時、、、、あるじが助けてくれたおかげでメロはここにいる。だから、ありがとうね」


 メロは改まった様子で呟いた後、にっこりと笑った。

 その純粋な笑顔に釣られて俺も笑みがこぼれる。


「どういたしまして。でも、まだ旅も始めたばかりだからな。きっとこれからもっともっと楽しいことがたくさんだぞ」

「それは楽しみ。これからもよろしくね、あるじ」

「ああ。旅は道連れだしな」

「ふふ、そうだね」


 メロがまた屈託なく笑う。


 そうして俺は、また目の前に広がる祝福の景色に目を移した。



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