第14話 偽勇者の愚計と発覚


「お客様、お戻りになられましたか!」


 宿に戻ると、水神亭のオーナーであるエルメールさんが外で待ってくれていた。


 恐らく捜索隊の手配をしていたのだろう。

 近くには人だかりができていて、俺たちの姿を認めると皆が安堵の表情を浮かべていた。


「エルメールさん、お待たせ致しました。討伐隊の人たちは全員無事です」


 俺が告げると、宿のスタッフや集まっていた捜索隊から歓声が上がる。


 ――ブラックサーペントを退けた後のこと、俺とメロは負傷兵たちの応急手当を行った。


 幸いにも兵たちの傷は浅く、手持ちの治療薬で手当てをしたところ皆が歩ける状態にまで復帰している。

 白狼の姿で街の近くまで運んでもらったが、メロも今は人型に戻っていた。


「オーナー。グリオフィッシュの捕獲後、巨大な魔物に襲われ動けなくなっていたところをこの方たちに救われました」

「おお、そうだったか」

「捕獲したグリオフィッシュも無事です。ご心配をおかけしました」

「いや、今はお主たちの無事の方が重要だ。本当に、何よりだ」


 兵のうちの一人がエルメールさんに事の顛末てんまつを報告していく。


 それが終わると、エルメールさんが深々と頭を下げてきた。


「お客様、ありがとうございます。まさか、ブラックサーペントを倒すほどの力をお持ちだとは……。本当になんとお礼を申し上げていいか……」

「いえ、俺はできることをしただけですよ。それに、この子もよくやってくれました」

「ふふん。メロ、頑張った。でも、あるじもめっちゃ強かった」


 メロは嬉しそうに尻尾を振り、笑顔を浮かべている。


(本当に、全員無事で何よりだったな。これで一件落着か)


 と――。

 皆で兵たちの無事を祝っていたのだが、そこへ場違いな男が現れる。


「おい、お前ら揃いも揃って何やってんだ。夕飯の件はどうなったんだよ。無理ならちゃんと補償してもらうからな!」


 豪奢な剣と鎧を装備した男。

 俺たちが水神亭に着いた時クレームを入れていた偽勇者である。


 偽勇者は建物の中から姿を現すと、こちらに向けてズカズカと歩いてくる。

 目つきは鋭く、この場で唯一怒りという感情を振りまいていた。


「そういえば、あんなのいたね」


 メロがジト目になっていて、嫌なものを思い出したというようだったが俺も忘れていた。

 どうやら行方不明になっている兵たちよりも自分の食事……いや、補償の方が大切だったらしい。


(兵たちの無事を一番に考えていたエルメールさんとは対照的だな……)


 その男のあまりの自分勝手ぶりに、思わず深い溜息が漏れる。

 まったく、大した勇者様だ。


「おい、オーナーさんよ。グリオフィッシュの料理は出せねえんだろ? だったら早いとこ諦めて補填の話をしてほしいんだがな。少なくともここまでの旅費や手間賃分は払ってもらうからな!」

「いえ、お客様。グリオフィッシュは無事確保できた模様です」

「は……?」

「このお方たちが行方不明になっていた兵たちを救出してくださったのです。ブラックサーペントが出現したようですが、それを撃退して……」

「ぶ、ブラックサーペントだとぉ!?」


 横柄な態度を取っていた偽勇者が一転、慌てた態度を見せる。


 どうやらブラックサーペントの脅威は聞いたことがあるらしい。


「こ、こんなおっさんがブラックサーペントを倒しただと……。前に俺が出くわした時は命からがら逃げ……」

「ん、何ですかな?」

「あ、ああいや……」


(逃げたんだな……)


 勝手に墓穴を掘りかけていた偽勇者にまたも溜息が漏れる。


「ま、まあいい。それならそうと、早く飯の準備をしてもらおうか」

「……お客様、申し訳ありませんが兵たちの手当てが優先です。まだ治療が必要な者もおりますので」

「は? こっちは長時間待たされてんだよ。客の方が優先だろ! それに俺は世界を救った勇者だぞ!」

「……」


 その言葉を聞いて流石に見過ごせなかった。


 俺は偽勇者の元へと近づき、その身勝手な物言いを止めに入ることにする。


「アンタ、いい加減にしないか。この状況で我儘を言うなんて子供じゃあるまいし」

「ああン? おっさん、勇者である俺に向かってそんな口聞いていいのか?」

「いや、アンタ勇者じゃないだろ」

「――っ」


 俺がその言葉を発すると、偽勇者は分かりやすく動揺した。


 どういうことだと、周りにいたスタッフや兵たちも顔を見合わせている。

 その中でメロとエルメールさんだけは表情を変えていなかった。


「はぁ!? な、何の根拠があって言ってるんだ。この剣と鎧を見ろ! この光り輝く剣と鎧こそ俺が勇者である証――」

「だってそれ、偽物だし」


 光輝く剣と鎧。

 男はそれを証拠に自分が勇者だと誇示しているようだが、それが本物であるわけがない。


 だって本物の勇者の剣と鎧は、俺が北の街の宿屋に置いてきたのだから。


「ば、馬鹿言うな! これは本物だ! 言いがかりつけようったってそうはいかねえぞ!」

「はいはい」


 俺は偽勇者の腰に差してある剣を抜いて宙に放り投げた。

 そして、自分の持っていた護身用の剣をそこにぶつける。


 すると――。


 ――パキィッ!


 偽勇者の持っていた剣の方が音を立てて折れてしまった。


「な、な……」

「ほら。本物の勇者の剣がこんな安物の剣で折れるわけないだろ?」


 俺は折れた剣を拾い上げて観察する。

 確かに淡く発光しているようだが、何かが塗ってある。


「これは蛍光塗料だな。確かシャインビートルっていう魔物の粘液にそんな効果があったが、それを普通の剣に塗ってあるだけだ。たぶんそっちの鎧も同じだな」

「あ、ぐ……」


 偽勇者は指摘を受けて後退あとずさりする。

 なんとも分かりやすい。


「ど、どういうことだ?」

「要はあの勇者が偽物だったということでしょう」

「おかしいと思いましたよ。世界を救った勇者様があんな自分勝手な振る舞いするわけないですし」


 遠巻きに様子を見ていた水神亭のスタッフたちからそんな声が聞こえてくる。


「やれやれ、薄々そんな気はしておりましたが……」


 エルメールさんが嘆息して頭を振った。

 そういえばエルメールさん、あの偽勇者のことを一度も勇者様とは呼んでなかったな。


「国王様が任命した勇者様の名を騙るのは立派な犯罪ですぞ。少し事情をお聞かせ願えますかな?」

「や、やめ……。やめろぉおおおお!」


 偽勇者はエルメールさんが呼んだ黒服の男たちに脇を抱えられ、連行されていく。

 きっとこの後こってりと絞られることになるだろう。


「まったく、あっちのおっさんの方がよっぽど勇者っぽいぜ」

「ほんとほんと。あの偽勇者と違って行方不明になっていた兵たちを探しに行ってくれてよ。ブラックサーペントまで倒したってことだし」

「意外とほんとに勇者様だったりしてなぁ」


 今度は捜索のために集められていた兵からそんな声が上がる。


「さいごの人、せーかい」


 いつの間にか隣に来ていたメロが、俺にだけ聞こえる声で呟いた。



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