第13話 巨大蛇の討伐


「ブラックサーペントか……。こんなところに出るとはな」


 討伐隊の兵を見つけた俺たちを襲って来たのは巨大な黒蛇だった。


 俺の元いた地面を激しく穿うがち、今は獲物を品定めするかのように高い位置から見下ろしている。


「こ、コイツです。オレたち、グリオフィッシュを捕獲した後、コイツに襲われて……」


 俺が背負っていた兵士が慌てふためいた様子で呟く。


 なるほど。

 つまり兵の人たちはこのブラックサーペントに負傷させられて身を隠していたわけか。


 ブラックサーペントは俺も初見だが、話に聞いたことがある。


 巨体に見合わず動きが俊敏で、出会ったら物陰に隠れて見つからないことを祈れと言われる魔物。

 そして、冒険者や傭兵団たちの間で「絶対に交戦はするな」と囁かれるほどの魔物だ。


(普通、海とかに出る魔物だと聞いたんだがな……。《食獣植物ビーストイーター》の時もそうだったが、何でこんな所にいるのか……)


 俺は疑問を抱えつつも、ブラックサーペントの姿を見上げる。


 通説に従えばここで迎え撃つなど、絶対に避けるべき相手だろう。


(だけど……)


 背負っている兵や、まだ大樹の根元で横たわっている兵たちの様子を見やる。

 彼らをメロの背に運ぶにしても、その間に襲われたらひとたまりもないことは容易に想像がつく。


 俺はそう判断し、ブラックサーペントの討伐を決意する。


「メロ。隙があれば兵たちを連れて退散したいところだが、たぶん難しいと思う。だから、コイツは俺が引き付ける」

「だいじょぶ? 今のあるじ、前の剣とピカピカの鎧持ってない」

「ま、何とかするしかないな」


 確かに今の俺の装備といえば至って普通の剣と皮鎧だ。

 まともに交戦するのは厳しいと、傍から見ればそう映るだろう。


「む、無茶です。あんな化け物と戦うだなんて……。せめて貴方だけでも逃げてください」

「いや、そういうのは主義じゃないんで」

「な……」


 そうだ。

 そもそもこんな状況で自分だけ逃げるなんて選択をするようであれば、この世界を救うために勇者の旅を続けたりなんてしなかった。


 それに俺はあの時、勇者の剣と白銀の鎧を置いて旅に出ると決めた時、これからは自分の意志で選んで生きると決めたのだ。


「さあ来いデカ蛇め。お前の相手はこっちだぞ」


 俺は護身用の長剣を抜き、兵たちと距離を取る。


 そしてブラックサーペントがまだ悠々と構えている隙に、胴体へと一太刀くれてやった。


 ――フシャァアアアア!


 その攻撃でブラックサーペントは完全に俺を敵と定めたようだ。

 ゲームで例えるならタゲ取りに成功したというやつだろう。


「よし、これで――って、うおっ!」


 瞬間、ブラックサーペントは長い尾を払ってきた。


 俺は跳躍して躱すが、その尾撃は地面を深くえぐるほどの破壊力があった。

 先程一撃をくれてやったというのに、大してダメージを受けていないみたいだ。


「さすが、デカいだけあるな」


 勇者として様々な魔物と戦ってきた経験上、巨体を持つ魔物というのはそれだけで脅威である。


 像が蟻に噛みつかれても何も影響を受けないのと同じように、こちらの攻撃をまともに受け付けてくれないためだ。


 おまけにコイツは多くの大型魔物と異なり、動きが素早いときてる。

 湿地帯で足場も悪いし、長期戦をするのは得策ではないだろう。


「そうなれば、やることは一つだな」


 俺は短く息を吐き、ブラックサーペントの頭部に狙いを定めた。


 これは俺が多くの魔物と戦ってくる中で気づいた一つの経験則である。


 いかなる強敵といえど、頭部を破壊されて無事な生物などいない。

 故に、短期決着を狙うならほとんどの魔物に共通した急所――即ち頭部を狙うのが最適解なのだ。


 ――フシュルルルル!


 しかしそんな俺の読みを察したのか、ブラックサーペントは頭を高所へと逃し、不規則な動きで体当たりを仕掛けてきた。


「チッ――。なかなか簡単にはやらせてくれないな」


 俺はブラックサーペントの攻撃を回避しながら、何か手段は無いかと探る。


 そしてその勝機は唐突に訪れた。


 ――フシャアアアアッ!?


「あふゅひ! ひゃんす!」


 死角から狼化していたメロが尾にかぶりつき、ブラックサーペントは苦しそうに頭を下ろしたのだ。


「メロ、ナイス!」


 俺はその隙を見逃さず、ブラックサーペントの背を足場にして高く跳躍する。


 そしてそのまま、頭部へと渾身の一撃を振るった。


 ――シャ、アァァアアアア!!!


 響き渡る絶叫。

 ブラックサーペントは激しくのたうち回り、しばらくしてから動かなくなった。


「あるじ、やったやった! だいしょーり!」

「ああ。メロもよくやってくれた。お疲れさんな」


 健闘を称え合い、俺はすり寄ってきたメロの前足を撫でてやる。


「うーん、でも……」

「……? どうした?」


 と、メロがどこか苦い顔をしてうなだれる。


 どこか怪我でもしたのかと心配になったが、そうではなかった。


「あのヘビ、あんまりおいしくなかった……」

「…………」

「身もかたかった。こないだの村で食べたお肉の方がひゃくばいおいしかった」

「……そっか。それは残念だったな」


 緊張感のない言葉が返ってきて、俺は深く溜息をつく。


 そうして無事、俺たちは行方不明になっていた討伐隊の救出に成功したのだった。



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