第11話 力になりたくて
――水の都アクセリス。
その中でも一番の高級宿と言われている水神亭に到着したところ、勇者を名乗る若者が不満をぶつけていた。
(勇者が実は俺以外にももう一人いた……ってことはないな。さっき魔王を倒したようなこと言ってたし、要は『なりすまし』ってやつか……)
俺としては勇者の名に未練などないが、その称号を使って威勢を振るっている姿を見るのは気持ちのいいものじゃない。
隣にいたメロも「ふとどきせんばん」と言って尻尾を逆立てていた。
どうしたものかと状況を
「どうした? 何かあったのか?」
「あ、オーナー。実は、本日分の『グリオフィッシュ』がまだ届いておらず……」
「何だと? この時間になってもだと?」
受付のスタッフから話を聞いたエルメールさんが険しい顔を浮かべる。
(グリオフィッシュといえばさっき話してた、水神亭の名物料理に必要な素材だな。それが届いていない、か……)
「原因は? 運搬に何か問題が起きたのか?」
「いえ、どうやら狩猟に当たっている専属の兵たちからの連絡が無いようなのです」
「つまり、討伐する上で何か問題が生じたということか」
「その可能性が高いかと」
「しかし何故……。グリオフィッシュは生息地こそ特殊だが、捕獲する際に負傷者が出たような事例はないというのに……」
「それは分かりません。もしかすると、他の魔物と出くわしてしまったのかも……」
「ふむ……」
なるほど。概ねの状況は把握した。
俺はエルメールさんに声をかけようとしたが、それよりも早く勇者を
「おいおい、いつまで話し合ってんだ? お客様に出すはずの料理が用意できないなんて、一体どう責任を取るおつもりかなぁ?」
「……お客様、申し訳ございません。どうやら料理に必要な素材調達の過程で問題が生じたようでして。他の料理をご用意させていただけますでしょうか」
「他の料理ぃ? い、や、だ、ね。ここに来るまでに時間も金もかかっているんだ。もしグリオフィッシュを使った料理が出せないってんなら、それなりの弁済をしてもらえなきゃ割に合わないね」
「……」
ふむ。要はこの偽勇者の目的は金銭か。
憤る気持ちは分からなくもないが、それで弱い立場にある人を叩くかどうかは別問題だ。
人が困っている時を狙って自分の正義や主張だけを押し付けるような輩にはなりたくないもんだ。
(だがまあ、こっちへの対処は後回しだな。今はグリオフィッシュの討伐に向かった人たちの安否が気にかかるところだ)
俺は隣で苛立たしく尻尾を振っているメロの頭に手を置き、そしてエルメールさんの元へと歩み寄る。
「エルメールさん、横からすみません」
「おお、これは申し訳ありませぬ。今の話を聞いてお分かりになったかもしれませんが、先程申し上げた料理の素材調達ができておらず……」
「いえ、そのことではありません。エルメールさん、討伐隊の方たちが向かった場所を教えていただけませんか?」
「討伐隊が向かった場所を? まさか……」
「はい。俺が行ってきます」
俺が伝えると、エルメールさんは少し驚いたような表情を浮かべた。
「そんな、お客様にそのようなお手数をおかけするわけにはいきません。それに、私ども専属の兵たちは手練揃いなのです。その討伐隊が行方不明になっているような場所にお客様を行かせるなど……」
「いえいえ。こう見えて旅をしていますから、それなりに腕は立つつもりです。それに、これから別の捜索隊を編成するとしても時間がかかるでしょう。俺に行かせてください」
「しかしですな……」
そもそもがラザニア村の村長さんのおかげでこんな豪華な宿に泊まれるのだ。
それなりのことをしないと気持ちが悪い。
と、俺とエルメールさんの間に割って入るようにして高らかな笑い声が響いた。
「ハッハッハ! こいつはお笑いだ。アンタみたいな冴えないおっさんが助けに行くってのかよ」
「別にいいじゃないか。それより勇者様こそ助けに行かないのか?」
「あン? 俺は客としてここに来てるんだぞ。何でそんなことをしなくちゃいけねえんだよ。店側の不手際だろ?」
「……」
やっぱりいいや。コイツは放っておこう。
俺は心底深い溜息をついて、「勇者様」に諦めの視線を向けた。
「分かったよ。それじゃあ俺たちだけで行ってくる。エルメールさん、場所を教えてください」
「……かしこまりました。お心遣い、誠に感謝いたします。ですが、決してご無理をなさらぬよう。私もすぐに救援の手配をいたしますので」
エルメールさんの言葉に頷き、グリオフィッシュの討伐隊が向かった先を聞く。
(場所は……、ここアクセリスから北の方面。『レミアナ
「よし。それじゃあメロ、行こう」
「ふー。あるじはお人好し。でも、それがいいところ」
そうして俺とメロは、グリオフィッシュの討伐隊が行方不明になっているというレミアナ水郷へと出発することになった。
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