第10話 勇者様の登場
「あるじ。なんかここの宿、すっごい豪華じゃない?」
「これはたまげたな……。宿というよりも神殿みたいだ」
ラザニアの村長さんから貰った、高級宿の宿泊券。
そこに記載された宿屋に着くと、現れたのは荘厳な造りをした建物だった。
「お外に水が流れてる。なんかおもしろーい」
「こらこら。水をパシャパシャするな」
はしゃぐメロをたしなめるが、今はテンションが上がるのも分かる気がする。
その宿――水神亭は建物の外観からして非日常的な空間を演出しているかのようだった。
外庭には
所々に植えられている木々や植物も調和していて良い雰囲気だ。
(なんかこう……、いかにも高級宿って感じだな。というか俺たち、こんな所に宿泊するのか?)
これってドレスコードとかテーブルマナー的なものを求められるんだろうか、なんか凄く場違いじゃなかろうか、などなど。
そんな不安を覚えながら自然と背筋が伸びる思いだ。
と、建物の入口付近から燕尾服を纏った初老の老人が俺たちの元へとやって来た。
「ようこそ、水神亭へ。ご宿泊のお客様でしょうか?」
「はい。こちらの宿泊券をある方からいただいたのですが」
「失礼。拝見いたします」
燕尾服を着た老人は宿泊券を受け取り確認していく。
動作の一つ一つがきびきびとしていて、何だかカッコいい。
確認が済んだようで、燕尾服の老人は俺たちに向けて腰を折る。
そんな動作すらも洗練されていて、屋敷に仕える執事のような人だなと思えた。
「申し遅れました。当宿のオーナーを務めております、エルメール・シュタインと申します」
「おおー、なんかカッコいい名前」
「こらメロ、失礼だぞ」
「はっはっは、構いませんよ。むしろこのような老いぼれの名をお褒めいただき、嬉しい限りです」
エルメールさんは機械的な対応をするわけでもなく、メロに微笑みかけた。
好感の持てる人だなと、そんな印象を抱く。
「それではご案内いたします」と言って、エルメールさんが建物へと案内してくれることになった。
「改めて、本日は当宿にお越しくださり誠にありがとうございます。お客様は旅のお方ですかな?」
「はい、そうなんです。各地を旅して回っている身でして……」
「それはそれは。数日前に勇者様が魔王討伐に成功したとのことで、今は各地を巡る人も増えてきているようですからなぁ。本当にめでたいことです」
エルメールさんは歩きながら嬉しそうな笑みを浮かべていた。
どう反応していいかと思っていたところ、またメロがいつも通りの口調で問いかける。
「ねーねー、おっちゃん。この宿っておいしーもの食べれる?」
「メロ、お前な……」
「おお、おじいちゃんではなくおっちゃんとは。これまた嬉しいお言葉ですな」
なかなかエルメールさんも
これは俺も見習わないといけないかもしれない。
「と、料理のことでございましたな。それは大いにご期待いただいてよろしいかと思います。当宿では宿泊されるお客様に必ずお出ししている名物料理がありまして」
「おおー」
「そういえばそんな噂を聞いたことがありますね。なんでも、水神亭では幻の魚料理が出されるとか」
「……あるじ、なんでそれ言ってくれない」
「いや、だってあくまで噂として聞いただけし。期待させてなかったらメロは怒るだろ?」
「それはそう」
俺とメロのやり取りに微笑みながらエルメールさんは話を続ける。
「幻とは少し違うかもしれませぬが、希少性が極めて高い『グリオフィッシュ』という魚を素材とした料理です。味もそれに見合うだけの価値はあると自負しております」
凄い自信だ。
メロじゃなくてもこれは期待してしまう。
「と、お待たせ致しました。こちらになります」
そうして俺とメロは、エルメールさんに先導され建物の中へと入る。
(うお……。中も凄いな……)
外観からなんとなく予想していたが、やはり建物内も高級感ある造りだった。
エントランス部分には磨かれた大理石が敷き詰められ、どこからか落ち着きのある音楽も聞こえてくる。
奥の方にいる演奏家たちによるものだと遅れて察した。
そして何より、目を見張るのは壁面である。
壁の大部分が水槽のようになっていて、まるで海の中にでもいるかのようだ。
「これは……、噂には聞いていましたが凄いお宿ですね」
「ふふ。気に入っていただけて何よりです」
メロがキョロキョロと物珍しそうに辺りを見回していたが、今ばかりは俺も同じことをしたい気分だ。
田舎から都会に出てきた時にあちこちを見てしまうような、そんな感覚に包まれる。
「それではお手数ですが受付をさせていただき――む?」
ふと、エルメールさんが言葉を切って、受付のカウンターの方を向いた。釣られて俺とメロもその視線の先を追う。
すると、受付のスタッフが一人の客に深々と頭を下げている光景が目に入ってきた。
「お客様、大変申し訳ございません……」
「おいおい、謝って済むようなことかよ? それなりの対応が必要だと思うけどなぁ?」
何か揉め事だろうか?
そこには派手な鎧を身に纏った若者がいて、受付にいる男性に何かを言っているようだ。
「この俺が幻の魚を食いてえってはるばるやって来たってのに、用意できねえってのか? ハンッ。アクセリスで一番の高級宿が聞いて呆れるぜ」
「は、はい……」
「せっかくこの、世界を救った『勇者様』が来てやったっていうのによ――」
そんな声が聞こえてきて、俺もメロも苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。
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