第8話 狩猟祭にて


「それではラザニア村の狩猟祭を開催しまーす! 参加者の方はこちらに並んでくださーい!」


 翌日――。


 ラザニア村に立ち寄った俺は、村の行事である狩猟祭に参加することになっていた。


 何故こういうことになっているのかはイマイチ分からない。

 俺としては狩猟祭の後に振る舞われる獣肉料理が目当てだったのだが……。


「お、アンタが今回参加する旅人さんだな! 一緒に頑張ろうぜ!」

「よろしくお願いします……」

「おっと、とは言っても負ける気はねえからな! ガッハッハ!」


 他の参加者である村人は気合いが入っているらしい。

 これも村長さんが言っていた「アレ」のせいなんだろうか。


(確か、一番多く獣を狩ってきた人に特別な賞品が渡されるんだっけか。それが何なのかは教えてもらえなかったけど)


 まあ、参加することになったからには、賞品とは関係なくたくさん狩ろうとは思っていたが。


 メロがたくさん肉料理を食いたいと言っていたし、大食いのあいつが本気を出したら他の人の肉が残らないおそれがあるからだ。


「あるじー! がんばー!」


 柵の向こうにいるメロがぶんぶんと手を振っている。

 俺がたくさん肉を取ってくると信じて疑っていない目だった。


(分かってます。ちゃんといっぱい狩ってきますよ)


 そんな尻に敷かれたような決意を胸に、俺もメロに向けて手を振り返す。


 ちなみに始めはメロも狼の姿になって参戦したいなどと言っていたのだが、騒ぎになりそうなので我慢してもらっていた。

「じゃあその分あるじがたくさん狩ってきてね」と言われ、今に至る。


「さあ、今年は一体誰が1位の座を勝ち取るのでしょうか! 今回は村の近くに出る魔物に加えて、あらかじめ捕らえていた魔物も解放しますので、皆さんジャンジャン狩って来てくださいねー。あ、できるだけ食べられそうなのをお願いしますよー」

「「「オォー!」」」

「それでは狩猟祭、開始ですっ!」


 音頭を取っていた村娘が元気よく言って、ラザニア村での狩猟祭がスタートすることになった。


   ***


「はい。1位はぶっちぎりで旅人さんでーす。えーと、数は……もう多すぎるんで省略しますねー」


 狩猟祭が終わって。

 始めはあれだけ元気よく盛り上げていた村娘が、思いっきり棒読み感のある声で結果を告げていた。


「おおぅ……」

「一体どうやって運んだんだ、アレ」

「いやいや、それよりもどうやって狩ったのかってことの方が気になるぞ」

「ざっと見ても2位の奴の10倍以上はあるぞ……」

「あの旅人さん何者だよ」

「オレ、あの人に弟子入りしようかな」


(しまった、ちょっとハリキリすぎたか……)


 自分でも50くらいまでは数えていたのだが、狩っては台車で運びの繰り返しをしているうちにとんでもない量になってしまったらしい。


「あるじ、ぐっじょぶ。これでごちそうたくさん」

「ああ……。さすがのメロでもあれだけあったら食いきれないだろうけどな」

「ん? たぶんいけるよ?」

「あ、そうですか……」


 メロが大量の獣を前に目を輝かせていて、俺は一つ溜息をついた。


 と、参加していた村人からバンバンと背中を叩かれる。


「まいったまいった! 旅人さんめちゃくちゃに強えなぁ!」

「なんか、すみません。いっぱい狩りすぎちゃったみたいで」

「いやいや。その分みんなに料理を振る舞えるってもんだからな。凄すぎてみんな呆れてるだけさ」

「はは……。そう言ってもらえると何よりです」


 それから村人たちに剣の使い方を教えてくれたとせがまれたり、狩猟祭で優勝したことを褒められたりして――。



 そうして夜になると、大量の肉料理が振る舞われることになった。


「あひゅひ。おいひーね」

「メロ、とりあえず飲み込んでから喋ろう」


 獣肉を頬張りながらメロが嬉しそうにしてくれていて、何とか役目は果たせたようだ。


(まあでも、体を動かした後の肉は美味いな。外で食べるのも良いもんだ)


 そんなことを考えながら、俺もまたガツガツと肉料理にかぶりついていく。


 バラエティー豊かなおかげで飽きないし、麦酒 エールともめちゃくちゃ合う。


 バジリスクの蛇肉なんてものを出された時には大丈夫かと思ったが、これも意外と美味かった。

 香辛料を効かせてあるのが絶妙で、うなぎ の蒲焼きみたいな食感なのが面白い。


 タームの宿場町でワイルドボア肉の串焼きを食べた時も思ったが、グルメ目的で旅するのも良いかもしれないなと考える。


 そうやって村の広場で星を眺めながら肉料理の数々を食していると、ラザニア村の村長さんがやって来た。


「旅人さん、今日は本当にありがとうございました。おかげで今年の狩猟祭は大盛況でした」

「いえいえ。俺たちの方こそありがとうございます。こんなに料理をご馳走になっちゃって。というより、狩りすぎたんじゃないかと心配ですが……」

「ほっほ。村の者たちも肉がたらふく食える大義名分ができたと喜んでおりましたでな。それに、良いものを見させてもらいました」

「良いもの?」

「ああいえ、こちらの話です」


 村長さんはそう言うと好々爺とした笑みを浮かべる。


 そして俺たちの前に向けて白い封筒を差し出してきた。何やら重厚そうな代物に見える。


「村長さん、これは?」

「こちらが狩猟祭の優勝者に渡すと申していた賞品です」

「え? でも俺はこの村の住人でもないのに、いいんですか?」

「ふふふ、そういう細かいことは野暮ですぞ。どうぞ受け取ってくだされ」

「は、はあ……。ありがとうございます」

「旅人さんは確か、水の都アクセリスに向かわれるんでしたな。でしたらちょうど良い」


 ということは、水の都で使えるものということだろうか。


「そちらにはアクセリスの宿『水神亭』の宿泊券が入っとります。ぜひお役立てくだされ」

「へ……? 水神亭ってアクセリスでも一番の高級宿じゃないですか。そんな高価なものを受け取るわけには」

「いえいえ、これくらいはさせていただきたいのです。むしろ、世界を救ってくださった勇者様に対するお礼には足りないと思っとります」

「え……」


 予想外のことを言われて俺はすぐに反応を返すことができない。

 隣で肉をかじっていたメロも手を止め、頭から生えた獣耳をピクリと動かした。


 そんな俺たちの反応を見て、村長さんはニッコリと笑う。


「やはりそうでしたか」

「えっと……。どうして?」

「一昨日、この村に立ち寄った傭兵団がロズオーリ湖の近くでとてつもなく強い旅人を見たと言っていましてな。勇者リヒト様が北の街に剣と鎧を置いて旅に出られたという噂もあったものですから」

「なるほど。あの、村長さん。このことは……」

「分かっております。その宿泊券は私の気持ちとでも思っていただければ結構でございます。勇者リヒト様の戦いをこの目で見られて何よりでした」

「あ、ありがとうございます」


 俺が感謝を伝えると、ラザニア村の村長さんは満足そうに笑って去っていったのだった。


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