第6話 世界を救ったご褒美
「ほんっとにすまねえ! アンタを見くびってたみてえだ!」
《
俺は傭兵団の隊長から勢いよく頭を下げられていた。
「最初は正直普っ通のおっさんだと思ってたんだが……。あのままだったらオレはあの魔物に喰われてたよ。アンタは命の恩人だ」
「あるじ。この人すっごい手のひら返ししてくる。さっきは『オレが軽く討伐してやる!』とか言ってたのに。こういうのなんて言うんだっけ? 手のひらがえし?」
「……メロ、今そこには触れてやるな」
俺も若い頃は勢いだけでどうにかなるって思っていた時期もあったし、あまり気にしてないんだが……。
とにかく、大事に至らなくて良かったとしよう。
「ところでアンタ、一体何者なんだ? 絶対普通の冒険者じゃないだろ」
傭兵団の男にそう問いかけられたが、俺は頬を搔きながら苦笑する。
他の傭兵団の連中も耳を傾けていたが、今の立場は傭兵団の男が言った通り普通に旅しているだけの人間である。
だから俺は苦笑いを浮かべたまま答えることにした。
「いや、今はこの世界を旅しているただのおっさんだよ――」
***
「おおー。すごいー」
「予定より早く着いたけど、この時間の景色もまた良いもんだな」
傭兵団の男たちと別れた後、俺とメロの二人は無事ロズオーリ湖の湖畔へと到着していた。
傭兵団の連中は今回の一件を依頼主やこの辺一帯の領主に報告すると言っていて、そのまま下山している。
《
せめてもの礼にと湖畔で食べられるようなパンを頂戴したので、それで十分である。
「緑がたくさん。風も気持ちいー」
メロが言うように、ロズオーリ湖は大自然の中にある湖といった感じだった。
山の頂上付近をぽっかり切り抜いたように広い湖が存在している。
空の色が溶け込んだかのような水面はそれだけで幻想的だ。
メロが楽しげに走り回っている新緑の中には黄色の高山植物もちらほらと見え、どこかの有名な画家が描いた風景画のような光景だった。
きっとこれが「
(あぁ、癒やされるなぁ……)
時間がゆっくりと感じられ、それこそブラック企業で馬車馬のように働いていた時期に必要だったのではないかとも思える。
(まあ、あの時はそんな余裕もなかったけどな)
俺は自嘲気味に笑い、先程傭兵団の連中からお礼にもらったパンの包みを開いていく。
そうして俺とメロは湖畔の近くに腰掛け、少し遅めの昼食をとることにした。
パンをぺろりと食した後、メロが湖の方に目をやりながら呟く。
「……なんかふしぎ」
「ん?」
「遠くからだと湖が青く見えるのに、近くでだととーめー。底にある石とかもめっちゃよく見える」
「ああ、湖のことか。それはな、光の反射とかいろんな影響でそうなってるんだよ」
「ん? 光のせいで青く見えるの? でも、光って青くないよ?」
「あー、うーん。光には赤い光と青い光があってだな。それぞれ波長ってのが違って――」
「赤もあるの? それじゃ赤と青をまぜたら透明になる?」
メロから矢継ぎ早に質問が飛んできて、俺は答えに
(子供は純粋だな……。こういう答えにくい質問に毎日答えてる世の親は偉大だ……)
俺はどう伝えればいいかと悩んだ挙げ句、咳払いを挟んでメロの質問に答えてやった。
「まあほら、あれだ。ここは空に近い湖だからな。きっと青空が流した涙のせいでそうなってるんだよ」
「お空が流した涙って雨のこと? あるじ、急にどした?」
「……」
「確かこういうの『ぽえまー』って言うんだっけ?」
「やめてくれ。めちゃくちゃ恥ずかしい……」
メロに容赦ない言葉を浴びせられ、俺はがくりとうなだれる。
そんな呑気なやり取りを交わしながら、俺とメロは夕陽が落ちる時間になるのを待った。
そして――。
「これは……。なるほど、本当に綺麗だな……」
「すごーい。湖が真っ赤に揺れてるー」
目にした光景に思わず息を呑む。
対岸の向こうには赤く染まった夕陽が浮かび、ロズオーリ湖にその色を映し出していた。
柔らかい風で水面が揺れ、綺羅びやかな光を放っている。
視界いっぱいに広がるその展望は、幻想的という表現が安く感じられるほどだ。
「これほどの景色が見られるなら……。うん。やっぱり旅は悪くない」
「すんごいもの見れた。とってもとってもきれー」
「写真が撮れるなら撮りたいくらいだ。いや、生で見るから良いのかもな」
「ふふ。こんな風にゆっくりと景色が見れるのも、あるじがまおうを倒したおかげだね」
「……」
「だからこれはきっと、世界を救ったごほーびだよ。あるじ」
メロにそう言われて胸が熱くなるのを感じる。
(ご褒美、か。だとしたら、これ以上なく贅沢なものをもらってるのかもな……)
そんなことを考えながら、俺は自然と笑みが溢れるのを感じていた。
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