第5話 ただのおっさん、無双する


「さて。宿屋の人が教えてくれた話によると、この辺に魔物が出るってことだが」

「今んとこ、なーんにも出てこないね」


 タームの宿場町を出発した俺とメロは、ロズオーリ湖へと通じる山道を歩いていた。


 天空の湖と呼ばれ、水面に夕陽が映る様は人生で一度は見ておけと言われるほどの景色。

 そんな絶景を拝むためである。


 道中で大型の魔物と出くわしたという話があったものの、俺たちは構わず先へと進んでいた。


「ところであるじ、気づいてる?」

「ああ。俺たちの他にもここを通った人間がいるみたいだな。それも結構な数だ」

「ね。でこぼこがたくさん」


 地面を見ると、そこには人や馬車が通った痕跡が残っている。

 そのいずれもが新しく、俺たちの少し前にできた跡らしい。


 巨大な魔物が出ると噂になっている山道であれば、通行が控えられていそうなものだが、はてさて……。


「他の魔物も出てこないね」

「そうだな。あんまり良いことじゃないが」


 前にここを通った時はちらほらと猪型の魔物と遭遇ものだが、今はそれがない。


 このことから予想できるのは二つ。


 一つは俺たちより先を行く人間が既に倒し尽くしたという可能性だが、それはないだろう。

 人が通った痕跡こそあるものの、交戦した跡や魔物の死骸が無いからだ。


(となると、もう一つの可能性かなぁ……)


 つまり、噂になっていた植物系の大型魔物のせいで、普通の魔物が恐れをなして現れないというセンである。

 この場合、植物系の大型魔物がそれだけ強敵であることを意味するのだが……。


「およ?」


 と、隣を歩いていたメロが可愛らしい声を上げる。


 どうやら何かを察知したらしく、鼻をヒクヒクと反応させ、頭から生えた獣耳に手を当てていた。


「あるじ、たぶんこの先に人がいる。それもたくさん」


 少し歩くとメロの言う通りだった。


 開けた空間に鎧を着た男たち集まっている。

 中型の荷馬車も見えることから、先程見つけた痕跡を残した者たちだろう。


 一人の若い鎧男が俺たちに気づいたようで、ガシャガシャ音を立てながらやって来る。


「あー、ちょいちょい。アンタら何やってんだ」

「ええと、俺たちはこの先のロズオーリ湖に行こうとしてるんですが」

「そいつは無理だからさっさと山を下りな。アンタみたいな、いかにもとろくさそうなオッサンがいるとオレたちの仕事もやりにくいからな」

「む、あるじをそんな風に言うとは失礼なやつ」


 若い鎧男の言い方が癇に障ったのか、メロが俺の隣で尻尾の毛を逆立てていた。


 まあ、今の俺は勇者の剣も白銀の鎧も着ていないし、ただのおっさんに見えるのも当然だろう。

 所持しているのも護身用の、至って普通の剣だから尚更だ。


(まあ、確かに言い方は少し横暴な感じだと思うけど)


 俺はメロの頭にポンと手を置き、やんわりと鎧男に問いかけた。


「ええと、あなたたちは?」

「最近この辺りに植物系の大型魔物が出るって聞いてな。商会の奴らに雇われたのよ」


 なるほど、地元の傭兵団というところか。

 行商人たちも困っているという話があったし、おそらくはその繋がりだろう。


 けっこうな人数を揃えているあたり、やはり強力な魔物らしい。


「さ、分かったらとっとと帰んな。オレたちが軽く討伐してやっからよ。オッサンたちは邪魔だからどっか行って――」


 若い鎧男がそこまで言った時だった。


「た、隊長っ! 出ました……!」


 後ろにいた他の傭兵が声を上げる。

 どうやらお目当ての魔物が現れたらしく、俺と話していた鎧男はすぐに駆け出していった。


 傭兵たちが集まったその先には、ウネウネと動く巨大な草花が見える。


(あれは……、《食獣植物ビーストイーター》か)


 俺はそこに現れた魔物を見て瞬時に判断する。


 よくRPGのゲームなんかでも魔物化した植物なんてのがあるが、こいつはまさにそれだ。

 ただ、猪などの獣を捕獲して喰らう習性があるという点で明らかに普通の植物ではなく、危険度の高い魔物である。


(しかしおかしいな。《食獣植物ビーストイーター》はこんな場所に出没するような魔物じゃないんだが……)


 俺はそんな疑問を浮かべたが、その吟味は後だ。


 傭兵団の連中は各々が武器を持ち、《食獣植物ビーストイーター》と交戦する構えを見せている。


 しかし、陣形から見て前方にしか、、、、、注意がいっていないようである。


「おい、そいつに攻撃する時には背後に気をつけないと――」

「うるせえぞオッサン! オレたちに指図すんな!」

「いや、しかし……」

「よしお前ら、オレに続けぇえええ!」


 傭兵団の連中に声をかけたが、聞く耳を持ってもらえない。

 先程俺たちと話していた若い鎧男が出した号令が下され、警告しようとした俺の声はかき消される。


 そして鎧男はロクに相手の観察をすることもなく、手にしていた戦斧せんぷで斬り掛かっていた。


「まったく聞いちゃいないね。せっかくあるじが教えてあげようとしたのに」

「まあ、先制攻撃を仕掛けるのは別に悪いことじゃないんだが……」


 俺はその後の展開を予測し、腰に差していた護身用の剣を抜く。


 本当に何の変哲もない、普通の剣である。

 ただ、これで十分だろう。


 一方で《食獣植物ビーストイーター》が傭兵団の連中に対し、長いつたをムチのように振り回していた。

 しかし、その蔦の一撃は若い鎧男によって斬り刻まれる。


「ハッハッハ、見たかっ! このまま仕留めてやるぜ!」


 男はそのまま威勢よく《食獣植物ビーストイーター》に向けてを斧を振りかざす。


 が――。


「な、何だと!?」


 突如背後から現れた蔦によって、鎧男は四肢を束縛されていた。

 鎧男は必死でもがくが、それでも振りほどこくことはできない。


「言わんこっちゃない」


 メロがやれやれという感じで溜息をつく。


食獣植物ビーストイーター》はただ巨大というだけでなく、相手の死角から攻撃を仕掛けてくる戦法を使うなど、知能もそれなりに高い魔物のだ。


 先程の初撃も囮だろう。

 鎧男が目に見える蔦に意識を向けたその隙に、別の蔦を地面に潜らせ機会を窺っていたと、そういうことだ。

 それにあの鎧男はまんまと引っかかってしまったというわけである。


「た、隊長ぉー!」

「ひ、ひぃいいいいいっ!」


食獣植物ビーストイーター》が蔦で捉えた鎧男を飲み込もうと大口を開ける。


 そのままいけば丸呑みにされてしまうだろうが、そんなことはさせない。


 俺は手にした護身用の長剣を手に駆け出し、そのまま鎧男を束縛している蔦を斬り刻んだ。


「シッ――!」


 ――キシャァアアアアア!?


 突然のことに慌てたのか、《食獣植物ビーストイーター》は甲高い悲鳴を上げる。


「は? え……?」

「大丈夫かい? 武功を焦る気持ちも分からないではないが、それにしても注意しないとな」

「あ、アンタ……」

「メロ。悪いがこの隊長さんを任せた。少し離れていてくれ」

「おっけー、あるじ」


 俺は救出した鎧男をメロに引き渡し、《食獣植物ビーストイーター》と対峙する。


 ――シャァアアアアア!!!


 と、《食獣植物ビーストイーター》は先程自身の蔦を斬られた怒りからなのか、別の攻撃を繰り出してきた。


「お、おい。アレ、やべぇんじゃねえのか?」


 背後で鎧男が不安そうな声を上げる。


食獣植物ビーストイーター》が大口を開け、俺に対し黒く濁った気体を噴射したためだろう。


食獣植物ビーストイーター》が繰り出す麻痺毒の霧。

 それが今、俺の周りを取り囲んでいる気体の正体である。


「おいオッサン! 大丈夫かよ!?」

「だいじょぶ。あるじにはああいうの、効かないから」

「え……?」


 メロの言う通り。

 俺にこういう状態異常攻撃の類は通用しない。


 俺はこの世界に喚び出された時に、異能とも言うべき力を授かっている。


全耐性の加護オールレジスト》――。


 それが、今の麻痺毒を打ち消し、魔王を倒す際にも大いに活躍してくれた加護の名称だった。


「さて。そろそろ終わりにさせてもらう。早くしないと夕陽を見れなくなっちゃうからな」


 ――ギシャ!?


 俺が動けることを不思議に思ったのか、《食獣植物ビーストイーター》がたじろぐ素振りを見せる。


「ハッ――!」


 俺は地面を蹴り、そのまま《食獣植物ビーストイーター》に向けて剣を振り下ろした。


 そして――。


「さっすがあるじ。ちょー強い」

「お、オッサン……。アンタいったい……」


 俺が剣を鞘に収めると、一刀両断された《食獣植物ビーストイーター》は塵と消えていく。


(ふぅ。これでロズオーリ湖に向かえるかな)


「す、すげぇ! 何だ今の!」

「全然太刀筋が見えなかったぞ!」

「あのオッサン、何者なんだ!?」


 一つ息をついて振り返ると、俺の戦闘を見守っていたらしい傭兵団の連中が大きな歓声を上げていた。


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