第4話 天空の湖へ
「あるじ、このおさかなもおいしーよ。食べるべし」
「あ、ああ。ありがとう」
夜になって。
俺はタームの宿場町で宿を取ったのだが、部屋にあるテーブルの上には所狭しと料理が並んでいた。
メロが露店で買ってきた串焼き肉やら焼き魚やらである。
俺にもたくさん食べてほしいということで多くなったらしく、その気持ちは嬉しい。
だが、明らかに二人で食べる量ではない。
「メロ、こんなに買い込んで食えるのか?」
「ほふゅーはよあふひ。ふぇんふおひひーひ」
「なんて?」
食べ物を頬張ってるせいで全然分からん。
メロは少し時間をかけて口の中のものをごくんと飲み込んでから、もう一度俺の問いに答える。
「よゆーだよあるじ。ぜんぶおいしーし」
「そ、そうか。それなら何よりだ……」
どうやらメロは大食いの才能があるらしい。
元は巨大な狼だし分からなくもないが、小さな女の子がテーブルいっぱいの大飯を平らげていく様は圧巻である。
「しかし、メロの服も買えて良かったな」
「ふふん。あるじが選んでくれた服。メロもお気にの服」
タームの宿場町に服飾店もあったのは幸運だった。
おかげで俺の服を紐で縛っただけのダボダボ服を着せてやらずに済む。
可愛らしいというより勇ましいという感じの服で、見た目としては武道服に近い。
まあ、メロが気に入ってくれているようなので良しとしよう。
「さて、と」
俺はメロが綺麗にしたテーブルの上に大きめの地図を広げ、
次の目的地を含め、今後の旅程をおおまかにでも決めておくためである。
「あるじ、これは?」
「今の俺たちがいる『ルシアーナ大陸』の地図だな。けっこうデカいだろ?」
「うん。あ、ここが今メロたちがいるところ?」
「そうそう。タームの宿場町な。んで、ここがメロにタックルされた草原」
俺は地図の左上、つまり北西の辺りを指でつつっとなぞった。
――俺が転移してきたこの異世界には、少なくとも3つの大陸があると
「されている」というのは、他にも大陸があるかもしれないと噂されているためだ。
なんでも、前に魔王討伐の旅で漁師から聞いた話によると、3つの大陸から離れて外側に出ようとすると深い霧に包まれてしまうんだとか……。
外側の大陸から来た者もいるという都市伝説めいた噂もあるが、少なくとも俺はそのような人間に会ったことがない。
(RPGゲームなんかだと外側にも大陸があるってのが定番だけどな。まあ、そこは今考えても仕方ない)
思考が脇道に逸れたが、俺は改めて今の自分たちがいるルシアーナ大陸の地図に目を落とす。
「で、だ。明日になったらここのロズオーリ湖って場所に行ってみたい」
「ほうほう。ここって何かあるの?」
「ロズオーリ湖はけっこうな高所にあってな。別名、天空の湖って呼ばれている。俺も以前、近くに魔物が押し寄せてるってんで寄ったことがあるんだが、それはまた綺麗な景色が拝めるんだ」
「おおー」
俺の言葉にメロは目を輝かせる。
が、対象的に俺は深い溜息をついた。
「ただ、前回寄った時に見れなかったものがある……」
「ほう?」
「ロズオーリ湖は山の上にあるからな。湖畔から見る夕陽がそれはまた綺麗なんだと。湖がオレンジ色に染まるその瞬間は絶景という言葉でも表せないほどで、見たこと無いのは人生損してるって言われるくらいだ」
「でも、あるじは見たことないと」
「そう、その通りなんだよな。次にまた別の場所で魔物が現れたなんて話を聞いたもんだから、すぐ下山するハメになって……。これから夕陽が沈むって時間に出発する俺を見て『勇者様は忙しそうだなぁ』って哀れみの目を向けた人が何人いたことか……」
「あるじ、どんまい」
そうして次の目的地を『ロズオーリ湖』に決めた俺たちの、タームの宿場町での夜は更けていった。
***
翌日――。
「あんたら、ロズオーリ湖に行くのかい? それはやめておいた方が良いと思うけどねぇ」
宿屋を出る時、店の主人にそんなことを言われた。
「どうしてです? 確かに少し山道がキツいとは思いますが」
「メロ、そのくらいならへーきへっちゃら」
宿屋の主人に問いかけた俺の横でメロがふんすと鼻を鳴らす。
子連れだったから警告されたとかそんな感じなんだろうか。
「ああいや、そうじゃねえ。なんか最近、ロズオーリ湖に向かう途中でデカい植物系の魔物が出没してるって話を聞いたんだ」
「植物系の魔物、ですか……」
「ああ。それを見た行商人が尻尾巻いて逃げてきたって聞いてよ。王都の方に救援要請を出したって言ってたから、それを待った方がいいんじゃねえか?」
「なるほど」
「アンタも剣を持ってるあたり、多少腕に覚えはあるのかもしれねぇけどよ。こういっちゃなんだが、普通のおっさんに見えるし。悪いことは言わねえからやめとけって」
なるほど。
確かに魔物を統率していた魔王を倒したことで、魔物の軍勢が人里を襲うなんて出来事はなくなっただろう。
それでも、各地から全ての魔物がいなくなったわけではないということか。
「ご忠告、ありがとうございます」
俺はそれだけ言って、メロと一緒に宿屋を出た。
「あるじ、どする?」
「まあ、魔物も巨大らしいしそれなりだと思うけど。倒しちゃった方が早いかなと」
「ふふん。やっぱりあるじはそう言うと思ってた」
「メロは大丈夫そうか?」
「あたぼうよ」
メロは微妙に変な口調で小さな腕に力こぶを作ってみせる。
王都からの救援と言っても何日かかかりそうだしな。
行商の人たちも困っているらしいし、その植物系の魔物とやらを討伐すれば一石二鳥だろう。
そんなことを考えながら、俺とメロはロズオーリ湖に向かうことにした。
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