第3話 初めてのおつかいと、初めての食事


 昼下がりの草原にて――。


 俺は人型に変化したメロと並んで歩いていた。


「これは?」

「ぶろーむ銅貨」

「正解。じゃあこれは?」

「やくざ銀貨」

「そんなドスの効いた貨幣があるか。ラクザ銀貨な」


 今はメロのため、次の目的地を目指しながらお金の勉強中だ。

 メロは手にした銅貨と銀貨を見比べながらムムムと唸っている。


「お店とかで買い物をする時はこういうお金が必要だからな。食いもんとか勝手に食べちゃ駄目だぞ」

「うん。がんばって覚える」


 思いのほか真面目な反応が返ってきて俺は苦笑する。


 子供に勉強を教える時はこんな感じなんだろうか?

 ……前世を含めて彼女すらできたことないけど。


 余計なことを考えながら俺は足を前に進めていく。


「ところであるじ、今はどこ向かってる?」

「ああ。ここの近くにあるタームっていう宿場町しゅくばまちに向かってる」

「しゅくば……?」

「簡単に言うと道の脇に宿を並べて、それが発展していった場所だな。色んなお店があるから食べ物もたくさんだぞ?」

「おおー、楽しみ」


(まあ、俺も前回訪れた時はほぼ寄るだけだったんだけど……)


 その時は先を急いでいたため、食事も持参していた簡易的なものだけで済ませていた。

 だから、タームの宿場町ではどんなものが名産なのかや、どんな料理がウリなのかなど、そういった俗世的なことは分からない。


(いや、だからこそ楽しみがいがあるってもんか。今まで食べたことない料理を食べるのだって旅の醍醐味だしな)


 そう考え期待に胸を膨らませる。


 そうして、俺は草原の中をメロと一緒に進んでいった。


   ***


「お、見えてきたな」


 陽が沈み、小高い丘から街道を見下ろして一言。


 道の先に街灯とはまた違う明かりが灯っていて、タームの宿場町のものだと察した。


「あるじ。なんかあの町、にぎやか?」


 メロが頭から生えた獣耳をピクピクと動かしている。


 確かにメロの言う通り、宿場町の入り口に近づくにつれて賑わいが大きくなってきているようだ。

 人の声だけでなく、楽器の音なども聞こえてくる。


「おかしいな。前に来た時はこんな感じじゃなかったんだが」


 疑問に思ったが、町の中に入ってすぐにその理由は判明した。


「勇者様が魔王を倒したお祝いだ! まだまだ酒飲むぞぉ!」

「いやーめでたい! こんなに騒げるのは久々だよ」

「勇者様、ありがとー!」


 そんな声があちらこちらから聞こえてきたのだ。


 俺が魔王を討伐した報せが入ったのだろう。


 皆が笑顔で、ある者は酒を片手に、ある者は楽しげに踊り、またある者は隣の人と肩を組んで歌を歌っていた。


「あー、なるほどなぁ」

「みんなうれしそう。あるじのおかげだね」

「ん。まぁ、喜んでくれてるなら何よりだ」


 勇者の象徴である剣と鎧は前の街に置いてきたため、今の俺はただのおっさんに見えるはずだ。

 実際に、俺がこうして町の中に入っても元勇者だと気付く者はいなかった。


「ほんと、勇者様には大感謝だな」

「あー、ここにも勇者様が来てくれたらなぁ。そしたら全力でもてなすのに」

「分かる分かる」


「……」


 入り口付近にいた男たちがそんな会話をしていて、隣を歩いていたメロが嬉しそうに笑う。


「ふふ。みんなあるじにお礼を言ってる」

「別に俺はやるべきことをやっただけだ。まあ、悪い気はしないけどな」

「あるじ、つんでれ」


 メロがからかってくるので、わしゃわしゃと頭を撫でてやった。


 まったく、照れくさい。


 俺は気を取り直して、喧騒の中を歩いていく。


 せっかくの機会だ。

 メロも物珍しそうな様子だし、宿に向かう前に少しくらいはこうして町の中を見て回ってもいいだろう。


「今日は露店もたくさん出てるみたいだな。前に来た時はなかったけど」

「おいしそーな匂いがする」

「メロは鼻が利くもんな」


 恐らく宴、というか祭りのようなものか。


 町のそこかしこには露店が並び、食べ歩きをしている人たちも多かった。

 良い匂いがしてきて自然と食欲をそそられる。


 と、不意にメロが俺の服の袖をグイグイと引っ張ってきた。


「あるじあるじ! メロ、あれ食べたい!」

「落ち着け。よだれ垂れてるぞ」


 メロが見つけたのは肉の串焼きを並べている露店だった。

 俺はメロに手を引っ張られたまま、その店の前まで移動する。


「メロ、お金の使い方は覚えてるか?」

「うん。ばっちぐー」

「おっけ。それじゃ一人で買い物してみな」


 俺がブローム銅貨を何枚か渡すと、メロは一人で店の前に立つ。

 そして色んな種類が並んだ串焼きに目移りしながら、パタパタと火を仰いでいる男性店主に声をかけた。


「おやじ、いつもの」

「……」


 うん。それは俺が元いた世界のラーメン屋とかで注文する時のやつな。


 前に話したような気もするが、まさかここでその言葉を使うとは……。


「おや、獣人の嬢ちゃんとは珍しい。嬢ちゃん、どれが欲しいんだい?」

「えっと……。これ」

「あいよ!」


 店主が気さくな人で助かった。


 俺は半ばハラハラとしながらメロを見ていたが、その後は問題なくお金のやりとりも済ませ、目的の品を手に入れたようだ。


(初めてのおつかいを見守る親はこんな感じなんだろうか……。感慨深いというか、ほっとしたというか……)


 俺が一人で色んな感情を巡らせていると、メロが尻尾を振りながら戻ってくる。


「はいこれ、あるじの」

「え、俺の分も買ってきてくれたのか?」

「とーぜん」


 メロはそう言って、俺に串焼きを差し出してきた。

 それはどうやら何かの肉のようで、湯気が立ち昇っている。


「これ、『わいるどぼあ』ってイノシシの肉を焼いたやつなんだって。おいしそーだったから、あるじといっしょに食べたいなって」

「あ、ありがとう」


 俺は礼を言って、メロが買ってきてくれたワイルドボア肉の串焼きを受け取った。


 メロがちらちらとこちらを見ていたので、俺はさっそくその串焼き肉にかぶりつく。

 口の中いっぱいに濃厚な肉汁が広がって、芳醇な香りが体を駆け巡る錯覚に陥った。


「あるじ、おいし?」

「……ああ」

「なら良かった」


 異世界観光の旅に出てから初めて食べた料理。


 それはメロのおかげでとても美味だった。


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