第50話『騒動の火種は判った』





 第五十話『騒動の火種は判った』





 異世界生活二十二日目、昼過ぎ、テントの外から小雨が木の葉を叩く音が聞こえて来た。


 その所為せいか、静まり返っていた会議室の重い静けさが更に強調された気がする。


 そんな空間に突如お嬢様の狂ったような高笑いが響いた。



「オ~ホッホ、オ~ホッホッホ、勝ったどーーっ!!」



 俺は瞬時に首を回し壁際に立つセバスニャンを見る。

 大丈夫なのかっ、お前んとこのお嬢様はっ!?


 セバスニャンは微笑んでコクリと頷いた。並んで立つ侍女二人もついでに頷く。よく分からんが俺も頷く。


 取り敢えず、お嬢様の高笑いが終わらないので放置しつつ、荒くれリーダーの方へ視線を向ける。


 リーダーは顔を上げて右手で両目を覆っていた。

 嘆いているポーズだろうか、イケオジがやると映えるな。



「皇太子様よぉ、って事はアンタ、いやアンタらには胸に精霊紋が無いのか?」


「無いな、祖国では見た事も聞いた事も無い」


「なっ……そう、か。ふぅ……【三戒さんがい】は当たっていたのか」


「三戒……三つのいましめか?」



 リーダーは右手を下げ顔の向きを戻し、大きく肩を落として深い溜息をいた。


「マンゴルの民に昔から伝わる予言みたいなもんだ、誰が言ったのかも分かっていないが、各地の寺院には必ず三戒の碑文が書かれた石碑が在る、有名な戒告文だ」



 リーダーが窓の外を眺めながらそう言った。

 お嬢様の高笑いが終わる。


 視線を窓から外したリーダーは、再び溜息を吐いてからこちらに目を向けた。



「紋無し三戒……悪意をもって語らず、欲を以て無暗に触れず、決して殺さず。おとしめた者と家族は死ぬ、けがしいたげた数だけ同胞が死ぬ、殺した数の百倍を超える同胞が死ぬ……どうだい、当たっているだろ?」


「ふむ……当たっているな、俺の部下はまだ死んではいないが、もし一人でも死んだら……そうだな、犯人が所属する国ごと消す、百倍で収まれば良いな。因みに、俺の故郷には一撃で数百万の人間を殺せる兵器も有るぞ」


「何てこった……」


「そう言えば、俺の所に来たガキの姉貴を殺した王都の門衛が居たが……そいつはガキに与えた武器で撃ち殺させたし、所属していた部隊はダンジョンに入る前に全滅させた。ガキの姉貴を犯した場所である城壁の南門も吹き飛ばして門衛は全滅させたな」


「ま、待て皇太子様、ダンジョンに入る前、だと? ど、何処のダンジョンだ、まさか……」


傀儡くぐつのダンジョンだな、来るなよ? もう制圧済みだ」


「クッ、畜生がっ、最近教会の坊主共が触れ回っている傀儡ダンジョンの魔王かっ!? ツイてねぇっ」


「坊主共? そうか、宗教が動き出したか……」



 そう言えば勇者の中に聖女様が居るんだったな、そりゃぁ簡単に噂が広まるわけだ……



「まぁまぁまぁっ、魔王の称号もお持ちですのっ!? 聞きましたか三人ともっ、『メニキタ侯爵家の紋無し娘』が魔王様のおきさきになるのですわっ、これで勝つるっ!!」



 古い、俺の翻訳が古いのか、お嬢様の言い回しが十数年古い……


 せめて翻訳が『魔王しか勝たん』なら、色々と微妙な感じなのでお嬢様の微妙度も増すのに、残念だ。


 さて、もう一個重要なツッコミどころが有る、が……


 俺がツッコむ前に目を見開いて驚いている荒くれリーダーがツッコミそうだな。



「ちょ、ちょ待てよっ、今なんつったお嬢さま、紋無し娘だと? アンタ……メニキタ侯爵家の次女のアンタが、そうだって言うのか……? いやいや、アンタが魔法を使える事は知っている、通っている貴族学校でも――」


「オ~ホッホッホ、これを御覧なさいっ、三属性の魔法を放てる腕輪でしてよっ、アテクシ嘘っ子魔法使いですの、オ~ホッホッホ」


「なっ、魔石を埋め込んだ腕輪で……って事はあの侯爵、マンゴル人の禁忌を知っていながら紋無しの娘をっ、クソがっ、俺達をハメやがったな……っ!!」



 頭の血管が数本切れそうなほど真っ赤になったリーダー。

 まぁ舐めらて良い気分はせんだろう。


 気持ちは分かる……が――



「……しかし、妙だな、精霊紋が無い娘をエロ大将の嫁に出せば、嫁いだ当日に嘘がバレると判りそうなもんだが……その辺りはどうなんだ、お嬢様」


「オ~ホッホッホ、さすが皇太子殿下、御慧眼ですわ。仰る通り、精霊紋の有無で噓がばれてしまいます、ですので、あのクソ父上はアテクシの……私の胸を、グスン、胸を、火で熱した真っ赤な長剣でっ、チクショウ!!」



 ……マジか、しかし、どちらにせよ火傷の痕が問題になりそうだが。



「あの野郎、狂ってやがるな……」


「ですがっ、その焼けただれた胸がなんとっ、皇太子殿下に頂いたお薬で治りましたのっ!! 有り難う御座います殿下っ、皆様も拍手キボンヌ」


「お、おう、そりゃ良かったな(古い)パチパチ……」


「辛かったなぁお嬢さん、これから幸せになりな、パチパチ……」



 何故か会議室の中に居る奴らがみんな拍手していた。

 馬車組の三人は号泣している……


 自分が仕える十代の女の子が、頭のオカシイ親父に鬼畜なマネされりゃぁ、同情するのが当然か。


 はぁぁ、お嬢様と他三人は保護だな。


 荒くれナイツは……



「レイディ、テントをコンパクトに仕舞しまえる便利アイテム無い?」


「御座います、基地から取り出しますので少々お待ちを……この【マルフォイカプセル】にこうやって……灰皿を失礼、こう、このように収容対象を登録すれば、後はこちらのボタンで収容、出す時はこちらのボタンを押して頂きますと……はい、この妖精マルフォイが五秒以内に収容物を放出させます」


「そ、そうか」



 アイテムの名前はどうにもならなかったのかな?

 妖精の名前と容姿がとてもきになるなぁ……


 ま、まぁいいや。


 取り敢えず、そのマルフォイカプセルを受け取って、俺とレイディの遣り取りを真剣に見ていた荒くれリーダーに投げ渡す。


 何事かと慌てて受け取るリーダー。



「どれでも良いから、外に展開してあるテントを一つ選んでそれに収容しろ」


「いや待て皇太子様、俺達は――」


「テントはお前個人に俺から贈る物だ、碑文に『紋無しからの贈り物を受け取るな』と書いてあるのか?」


「い、いや……」


「ならば問題無い、テントとそのカプセルはお前が自由に使え。大将に渡すのもよし、皇帝に献上するもよし、自分で持ち続けるのも当然よし。あぁ、そうだ、大将には『魔王がお嬢様をさらった』と言っておけ、お前達の部隊に非は無い」


「あんた……いや、皇太子殿下、感謝するっ」


「オ~ホッホッホ、アテクシ攫われますのっ!! うけけけっ」



 何故このお嬢様は残念なんだろうか?

 まぁ高飛車で生意気なバカよりマシだがね。



「よし、交渉は終わりだ、昼食にしよう」









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