喉が渇いて
おくとりょう
寒い朝
頭がガンガン痛んで目が覚めた。昨夜、飲み過ぎてしまったのかもしれない。
こういうときは水を飲むとマシになるのだけど、下の階の冷蔵庫まで行くのも億劫だった。それでも、いやいや身体を起こすと、朝の空気が冷たくて、頭の痛みが際立った。再び枕に頭を押しつける。血の巡る音が頭に響く。
――今朝は珍しく晴れたのか。
カーテンの隙間から覗く鮮やかな色が目に入る。明るい青を横切る電線。その風情の無さが憎たらしくて、羨ましかった。
ふと思い立って、立ち上がり、タンスの中の裁縫箱を引っぱり出す。派手な絵つきのチープなプラ箱。家庭科の授業で買ったヤツ。薄く曇った針が懐かしくて、息をかけてそっと拭った。だけど、曇った色は落ちないまま。
私は黒い糸を取り出して、階段の縁にぐるぐる巻いた。踊り場の宙に雑な蜘蛛の巣ができあがる。頭の奥はまだ痛い。
窓の外で車の走る音がした。目の前には遮るような黒い糸。駆け込むように階段へ飛び込んだ。いつもと違い踏切の音はちっとも聴こえなくて、今日は晴れなのだと思い出す。
首がとれた。丸い頭は膝の上。
階段を転がり落ちた身体の痛みは、空の色みたいに心地よかった。小さく息を吐き出すと、歪んだ顔が視界に入った。黒い糸がめちゃくちゃに絡まっていた。酷い頭痛は頭の中に閉じ込めた。
だけど、喉がまだ渇いていて。僕は自分の首を持ち上げた。歪んだ口元のよだれを拭って、首の断面を首の穴の上に掲げる。頭をぎゅっと両手でしぼると、甘い汁が滴った。イチゴみたいに甘いのにトマトみたいに飲みやすい。しぼる両手に力が入る。冷えた身体に熱が満ちる。
いつの間にか、僕の頭は生えていて、取れた首に吸いついていた。頭はもうすっからかんで、血管の穴がストローみたいに舌にあたる。軽くなった僕の頭。投げ捨てると、心地よい音を立てて、ゴミ箱に入った。
僕は小さくガッツポーズした。そして、口元を拭いかけて、やめた。今朝のパジャマは白かったから。
鏡を見ないようにして、顔をすすぐ。水はやっぱり冷たかった。
喉が渇いて おくとりょう @n8osoeuta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます