第3話 美樹の提案

 大晦日、道場の寮から一泊だけ実家に帰ることが許された。

 久しぶりの我が家でも、浩司の気分は晴れない。1/4の東京ドームでタイトルマッチに挑まなければならない。

「お兄ちゃん、浮かないね」

 妹の美樹が声をかけた。

 大学一年生。

 実家からの通いだ。

「実は……」

 浩司は事情を話した。

「これ、本当にお兄ちゃんなの?」

 ニュース記事では、謎の格闘家Xは、孤児であったが、日本の秘密戦闘員養成機関に入れられ、あらゆる暗殺術をマスターした。その後、卑劣で残虐すぎる性格が不適格として放逐され、食べていくためにプロレスラーになった、とある。

「ひどいギミックだ」

 浩司は頭を抱えた。

「大変だねえ。でも長田をやっつけたスモールパッケージホールドで倒しちゃえばいいんじゃない?」

「それがそうもいかなくなったんだ」

 挑戦者決定戦を見たブロスナーと所属する団体であるAWFは、は、試合のルール変更を要求してきた。

 ①スリーカウントによるフォール決着なし。

 ②椅子などの凶器持ち込み防止のための、入場時のボディチェック。

 ③レフェリーストップ無し、KOもしくはギブアップのみでの決着。

 まず①は、浩司のスモールパッケージホールドを封じるためのものだと考えられた。

 ②は、椅子攻撃を警戒しているのだろう。

 ③は、こちらがレフェリーを利用して、勝手に試合を終わらせられないように、と言うことのようだった。

 特にリック・ブロスナーという選手は、頭に血が上ると、レフェリーの制止を振り切って乱闘を行い、反則負けになるという前科があるようだ。

「それもう、プロレスじゃなくない!?」

 プロレスに熱い想いを持つ美樹は、憤慨している。

 元々。AWFも超日本プロレスも、UFAという総合格闘技でもチャンピオンだったブロスナーに長田が勝てるとは思っておらず、アメリカの大スター、ブロスナーが来日するというだけで東京ドームを満席にしようとしていただけなのだ。

 ルール変更を断るのであれば、出場をキャンセルする、と言われれば、超日本プロレスはのまざるを得なかった。

「ブロスナーの方は、さっさと終わらせようと仕掛けてくるだろうけど、会社の人間は、1秒でも長くブロスナーに試合をさせたがるだろう」

「やばいじゃん」

 美樹にも事の重大さはわかった。

 仮にブロスナーに絞技などをかけられ、浩司がギブアップの意思表示をできない状態であっても、会社側は試合を止めてくれない可能性が高い。

「俺、死ぬかもな……」

 浩司の表情は暗い。

(何かお兄ちゃんの力にならなきゃ)

 しかし、励ましの言葉も浮かばない。

 現場を見ていない美樹には、そこまでリアルに浩司の状況を理解するのは難しいのだ。

(現場?)

 リングサイドに立てるのは、何もセコンドの選手だけとは限らない。

「いいこと思いついた!」

 美樹は、満面の笑みで浩司に言った。

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