第2話 まさかのメインイベンター

 浩司こと、謎の格闘家Xは、パイプ椅子を振り回しながら入場していく。

『お気をつけください!!お気をつけください!!』

 リングアナウンサーの絶叫が、観客の不安を一層煽る。

 浩司は、椅子を振り回しながら、観客席の中を練り歩く。お客さんは慌てて逃げまどい、客席は大混乱となっている。逃げ遅れ、地面に座り込んだ老婆が、震えながら怯えた目で浩司を見上げている。

 ごめんなさい、と心の中で謝りながら、リングへ向かっていく。

 リングの周りを囲う柵を、狂ったようにパイプ椅子で叩きながら、リングサイドの客を威嚇する。

 観客は総立ちだ。

 パイプ椅子振り回しながら入場する格闘家がどの世界にいるのか、と思っていたが、これはこれで気持ちいい、と浩司は思い始めていた。

 長田は、ロープ側まできて

「何もんだテメェ」

 と叫んでいる。石田から話は通っているはずだが、と浩司は思ったが、長田も正体を知らない体で臨んでくれているのだと理解した。

 毒食わば皿までだ、と浩司は椅子を持ったままリングに上がり、椅子で長田に襲いかかった。

 椅子でめったうちにされ、長田はリング下まで転げ落ちた。

 レフェリーが慌てて試合開始のゴングを要求する。

 カーン、とゴングが鳴らされる。観客は「長田」コール。

 会場のボルテージは最高潮だ。

 浩司はパイプ椅子を構えて、リングに戻ろうとする長田を威嚇した。

 レフェリーのスモール谷田部が、浩司の持っている椅子を奪おうとする。

(谷田部さんすみません)

 浩司は、心の中で謝罪しつつ、レフェリーを蹴飛ばすが、その隙をついて長田がリングに戻る。

 浩司は慌てて長田をパイプ椅子で殴ろうとするが、長田はそのパイプ椅子を蹴り返し、浩司は椅子もろともリング下に転がり落ちた。

 長田ファンは歓喜し、長田は両手を上げて観客に応えた。会場はセミファイナルを超える盛り上がりを見せた。

 さて、どうしたものか。

 浩司は考え込んだ。

 新人レスラーである浩司が試合で使える技は、ドロップキックとボディスラムしかない。

 流石にその2つだけで、この大観衆の最終戦のメインイベントを成立させるのは無理がある。

 リング上では、長田が挑発を繰り返している。

「テン!!、イレブン!!」

 レフェリーは場外カウントを続けている。20カウントでリングアウト負けとなる。

(谷田部さん、もう少しゆっくりカウントしてくださいよ)

 圧倒的に経験が不足している。考える時間が欲しい。

 仕方なく、浩司はそのままリングに戻る。

 長田の重いチョップを胸元に食う。だが、柔道着がクッションになってくれているようで、そこまでダメージはない。

 ロープに振られ、打点の高いことで定評のある長田のドロップキックを喰らう。

 浩司は綺麗に受ける。練習で何度もやられたわざだ。受け方も心得ている。

 あまりに綺麗に決まった技に、客席からも拍手と歓声が起こっている。

 長田は、倒れた浩司を起こそうとする。

 起こされそうになりながら、目の前に長田の股間が見えた。

 長田が過去に有名女優と朝帰りが報じられたことを浩司は思い出して、なんだか腹が立ってきた。

 浩司は、長田の股間を殴りつけた。

「……おふぅ」

 聞いたことがない呻き声をあげて、長田がその場でうずくまった。レフェリーが注意しにくるが、大和はできるだけ太々しい身振りで何もやってない、とアピールする。客席は、大ブーイングだ。

浩司は、ちょっと気持ち良くなってきていた。しかし、ここから長田にかけられる技がない。

 間が持たないので、とりあえず苦しんでいる長田を場外に蹴り落とすことにした。

 後を追って、浩司も場外に降りる。

 長田を立ち上がらせて、ロープに振る要領で鉄さくに投げてみた。ロープワークは入門した当初に学んだので、お手のものだ。

 柵にもたれかかっている長田を立ち上がらせ、今度は鉄柱に投げるが、今度は長田がくるりと入れ替わって、浩司を鉄柱にぶつけた。

 浩司の目から火花が飛び散った。

「調子に乗るな」

 長田は、低い声で言うと、リングへと戻って行った。

 やりすぎたか、と思いつつ浩司も、あと追ってリングへ上がる。

 ここからは、長田の得意技のフルコースが始まった。

 ドロップキック、バックドロップ、トップロープからのニードロップ。

 流石に超日本プロレスのエース。新人の浩司でも受身が取りやすく技を決めてくる。

 定番のムーブが見られて、観客も満足げだ。

 最後は、ここ一番でしか見せない、長田のフィニッシュホールド、垂直落下式ブレーンバスターだ。

 今日のお客さんは、この技を見るために会場に来ていると言っても過言ではない。

 浩司は、トップレスラーである長田の得意技を連続で食らって既にグロッキーだった。その上、そんな大技をくらったら死んでしまう。

 長田は観客に、垂直落下式ブレーンバスターに行くことをアピールしている。

 大歓声。

 意識が朦朧としていた浩司は、ちょっと我に帰った。

 長田が浩司を立ち上がらせ、ブレーンバスターの体勢に入る。

 その瞬間、浩司の体は勝手に動いていた。

 試合に出れない期間、ひたすら練習していた技だ。

 スモールパッケージホールド。

 綺麗に決まった。

 長田は、一瞬何が起こったか分からなかった。

 目が回ったような状況になり、上下がどっちかもわからなくなっていた。

 自分の置かれている体勢を、ようやく理解した。

「スリー!!」

 レフェリーの谷田部がマットを叩いていた。

 ゴングが乱打された。

 長田は呆然としている。

 浩司も、何が起こったのかよく分かってはいなかった。

 レフェリーが動揺しながらも、浩司の手を上げる。

「あれ・・・?」

 勝負の世界だ。勝つこと自体は問題はないはずだ。

 問題は、長田、そして浩司自身も含め、会社の誰も浩司が勝つことを想像していなかったということだ。

「もしかして、やってしまいました?」

 谷田部が、静かに頷く。

 リングサイドで、渉外部長が今にも自殺しそうな顔をしている。

 当然だろう。東京ドームでのメインインベントが謎の覆面格闘家XとAWF世界王者のタイトル戦になったのだから。

 どう考えても、お客さんが入るとは思えない。大爆死確実だ。

 リングサイドのお客さんは盛り上がっている。

 いや、ただ大ブーイングだ。

 暴動になるかもしれない。

 こうなってしまっては仕方がない。浩司はまたパイプ椅子を振り回しながら、ブーイングをするお客さんたちを蹴散らしながら、客席を徘徊する。

 観客は、怒りを忘れ逃げ惑う。

「やめろ」

 セコンドとしてついていた同期の田川、嶋田が止めに来る。

「うるせえ、お前らばっか試合させてもらいやがって」

 浩司は蹴り倒したり、パイプ椅子で殴ったりして、溜まった鬱憤を晴らす。

 場内は大混乱のまま、浩司は意気揚々と控え室に戻っていった。

「本日はご来場ありがとうございました。本日の試合は全て終了いたしました。お気をつけてお帰りください」

 浩司に蹴散らされたお客さんたちは、その暴れっぷりにある意味、納得して会場を後にした。。

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