8話:級友

 週末。阿久津の家へ訪問するため再び鷹松市へ。

 何度も訪れた街を今日はミカゲと共に歩く。

「自分の故郷とはいえ……嫌な思い出しかない場所に来るのは堪えるな」

「良い思い出だってあっただろう。人間は良いものより悪いものばかりに執着するな」

「執着じゃねえ。そうやって次に嫌な目に遭わない為に学習して記憶に刻んでるんだよ。危険学習だ危険学習」

「そのわりに君は随分不器用に生きているように見えるが?」

「そんな簡単に器用に生きられないんだよ俺は」

「蒼汰は学習しない生きものか。まあ君に限らず人間は学ばない生きものだよ。愚かな生きものだ」ケラケラと軽く笑われる。

 お前だって元は人間だったんだろうが、言おうとした口を閉ざす。

(そういえば、こいつの過去って何も知らないんだよな)


 ミカゲの過去。


(死神になる前は人間だったんだよな)


 いつかミカゲが学校で言っていた、人間だった頃人間関係で苦労したと。


 彼女の生前のこと、死神になる前の人間の頃の記憶。

 ミカゲは人間として生きていた時の出来事を覚えているのだろうか。

 なんとなく生前のことは聞きにくくて、過去に触れることなく今まで至ってしまっている。

「何をぼうっとしてる。二枚目でもない君が物思いにふけたって不気味さが増すだけだぞ」

「……うるせぇ」

 こちらが何を思ってるか気にもせず失礼な毒を吐く死神にはもう慣れた。

 こいつ、生前も今と同じように奔放自由に生きていたんだろうな。


(でもこいつ、俺と年齢は大差無いって言ってたよな)


 俺と同い年くらいで死神になってるってことは、若くして亡くなったてことだろう。

 事故……それとも病気か。

 こいつに限ってそんな薄幸の美少女みたいな設定は背負ってない気がする。

 そう考えると死因が何も思いつかない。一体なんで死んだんだこいつ。

「何を黙り込んでいるんだ君は」

「あーちょっとな」

 俺はその場を誤魔化した。お前の死因なによ、なんて軽く聞けない。死神に死因聞くのはタブーな気がする。知らんけど。


 しばらく歩くと例の歩道橋が出てくる。

 この歩道橋を渡れば阿久津の家もすぐそこ。この歩道橋で、滝里杏奈は殺されたという。


 階段を上る。

手すりは所々錆びていて剥がれかけた破片が手の平に刺さりそうだった。

一番上の段を上りきり下を見る。

「この高さから先生は突き落とされたのか」

「ここから転がり落ちるとすれば、助かる者は助かる高さだな」

 しかし突き落とす行為に及ぶ人間からは明確な殺意を感じる。仮に運良く助かったとしても、別の方法で滝里先生は殺されていたかもしれない。

これ程までの殺意をどうして彼女に。

「阿久津なのかな」

「それを確かめに行くんだろう」

「そうだな」

 俺たちが歩道橋を降りようと足を動かした時、


「皐月くん?」


 俺たちが降りようとするマンション側の階段から上ってくる人影があった。俺と同じ歳くらいの男だ。

「久しぶり。元気かい」

「えっと誰」

 知らない人間に愛想を振り撒くほどの社交性はない。

 俺を知っているように柔和な笑みで話しかけてくる男に訝しげな表情を浮かべると、男は「ああ、五年・・ぶりだもんね。気づかないか」と手のひらをぽんと叩いた。


「荒津小四年一組のクラスメイト、山之内淳平やまのうちじゅんぺいって言えばわかるかい」


「……山之内」


 四年一組にそのような名前の男子生徒がいたことを覚えている。山之内淳平。そうだいた。そんな奴が。

クラスの男子で、一番成績が良く運動ができた人気者の生徒。

 人望も厚くクラスメイトだけでなく教師からのうけもよく、正直気に食わなかった。

 その名前が山之内淳平だった。

(なるほど。確かに面影がある)

 山之内はかつての面影を残したまま万人ウケする好青年へ成長していた。

「残念だよ。皐月くん急に引っ越しちゃったから。仲良くなるチャンスを窺ってたのに」

「へえ」

 社交辞令だろう。絶対卒業までいたとしても声なんてかけないくせに。

 かくいう俺は小学校以来のクラスメイトに会うだけでなんか気不味かった。

 懐かしさより気不味さ、恥ずかしさより惨めさが勝った。

 とにかくもう過去に関わる人物には会いたくなかった。


「隣の子は彼女? 皐月くんやるじゃないか」

 山之内は隣にいるミカゲを見て肘で俺をつつく。

「いや違う」


 真っ先に否定すると腕に痛みが走った。

 いつの間にか後ろに立つミカゲが俺の腕をつねっていた。

「いてて、何するんだよ」

 ミカゲは何か言うだろうと待っていたが、返事が聞こえてこなかった。


「そっか違うんだ」

 特に気にした風もなく山之内は別の話題に切り替える。

「珍しい場所で会うね。皐月くんはどうしてここに? たしか別の町に引っ越したんだっけ。故郷が恋しくなったとか」

「まさか、野暮用があって立ち寄っただけ」

「野暮用ね。それはお疲れ様」

「どうも」

 殺人事件の犯人を探してるんです。

 しかも殺されたの俺たちの担任なんですなどと馬鹿正直に答える必要も義理もない。

「山之内は学校か。制服着てるけど」

 彼は制服を着ていた。左胸には金の刺繍のエンブレムが輝いている。

「その制服って市ノいちのせ高校?」

「当たり! よくわかったね」

「わかったも何も、市内の進学校ってあそこだけじゃん」

 鷹松市は高校の数が少ない。

 特に進学校の数が顕著に少なく、胸をはって進学校と呼べる高校は市ノ瀬高校の一校しかない。

「お前頭良かったもんな」

 市ノ瀬高校は進学校の中でも上位に入る難関校で学校で首位にいても入学するのが難しいといわれている。

「まあね。推薦貰えたはいいけど、そのおかげで生徒会に就かされて大変さ。今日も生徒会の集まりの帰りなんだ。まったく、日曜日くらい休ませてくれって思うよ」

「多忙だな」

「苦労は買ってでもしろというしね。頑張るしかないさ」

 それじゃ。

 爽やかな笑顔を向けると入れ替わるように、山之内は自分たちが来た方の階段を降りていった。


「今となっては苦手なクラスメイトでも割り切れて話せるもんだな」

 腕をつねる力はまだこめられている。

「おい、いいかげん痛いって」

 ふと、その指が震えていることに気づいた。

「どうした?」

 振り返り後ろのミカゲを見る。

 ミカゲは青白い顔でうつむいていた。涼しい気候なのに額から汗が幾つも流れている。

「大丈夫か? 気分悪そうだぞ。まさか俺が山之内と喋ってる時もずっと体調悪かったのか」

「なんでもない。それより、今の、彼は本当に学校の帰りなのか」

「どうしてそんなこと、普通に学校の帰りなんじゃねえの?」

 ミカゲはすっと指を彼が来た方向を差した。

「彼が来た方向。私たちがこれから向かうマンション側の西の方は市ノ瀬高校と真逆・・なんだよ」

「え……」

「市ノ瀬高校はここから東。ちょうど、彼が降りていった方角だ。学校の帰りだったら、なぜ真逆のマンション側から階段から来た」

「あ」

「おかしいだろ」

 俺は奥底に沈殿した記憶を辿り鷹松市の地図を頭の中で描く。

 確かに。市ノ瀬高校は彼の来た方角と違っている。

「適当にでっち上げたんだろうな。君が記憶に乏しいのをいいことに」

「でっち上げって。どうしてそんなことするんだよ」

「さあ。何かを隠したかったとか」

「何かって何をだよ。山之内が俺たちに隠す必要があるものなんてないだろ」

「さあ。ああいう優等生ほど隠してる何かがあったり……すればいいなぁと思っただけだよ」

「希望論かよ」

「先程の話といい、貼り付けた笑顔が気持ち悪いなと思っただけだ」

「あっそ。それよかお前が市ノ瀬高校の場所知ってる方がホラーだよ。何で知ってんだよ」

「死神だからな」

 返す言葉の切れ味は良いが、覇気を感じられない。やはりさっきから様子がおかしい。


「お前、山之内のこと嫌いなんだろうな」

「!」

「お前の反応見りゃ分かるよ。初対面なのに嫌悪感スゲぇ丸出しだし。まあ、俺もああいう誰からも好かれる善人タイプ苦手だ。ていうか山之内が苦手だった」

「何かあったのか」

「あいつ、小学校時代に影美へのいじめには参加してなかったけど助けもしなかったんだよな。俺も傍観勢だから人のこと言えないけど、あいつは俺と違って人気者だろ。人気者って教室での権力者じゃん。それこそ鶴の一声で流れ変えることだってできるし、人気者のあいつならいじめを止めさせることだって可能だったかもしれないのに。ニコニコ笑ってるだけで、ちょっとムカついた」

 鬱憤が溜まっていたのか滞りなく吐き出される不満を聞いて、ミカゲは「そうか」と返事をした。

「あとは妬み半分だな。文武両道のイケメンで男女問わず人気者。近くにいると眩しすぎる。そういう嫌味な奴は好きじゃない」

「そのぶん君は傍に居やすくていいな。人間の負の部分が凝縮されてる」

「ひどい例えすんなや」

ミカゲはふ、と笑った。

 笑う要因はムカついたが今はその笑顔に安心した。

「さて。気を取り直して阿久津ユリナの家へ行こうか」

 俺たちは歩道橋の階段を降り、阿久津の家へ向かった。


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