第3章
7話:行き交う考察
肝試しから一ヶ月少しが経過し、九月になった。
道路脇に植えてある街路樹の葉は鮮やかな赤や黄色に変わり、程好く冷たい 秋の風に揺られている。
日射しも夏の人を焼き付くすような暴力的な暑さから、柔らかく温かいものになり、九月の町並みはとても穏やかな雰囲気だ。
「なあ、鷹松市の歩道橋で起きた自殺事件って知ってるか」
昼休みの教室にて、俺はクラスの奴ら一人一人に声をかけていた。
新学期を迎えてはや一週間。
俺は休み時間、昼休み、放課後を利用して情報を集めていた。
滝里先生を殺した犯人についての情報収集だ。
昼食を食べている最中に突然俺に声をかけられた男子生徒たちは箸を動かす手を止め、戸惑いながらも答えてくれる。
「自殺事件? そんなのあったっけ」
「あー、あったかな。ごめん、あんまり覚えてないわ」
「そうか。ありがとな」
俺がお礼を言うと声をかけた男子生徒二人が逆に質問してくる。
「皐月さ、なんかあった? 急にクラスの連中に話しかけると思ったら自殺事件って」
「ああ……ちょっと気になってて」
「友達づくりならもうちょいマシな話題にした方がいいぞ。面白いネタあったら提供してやる」
「……サンキュ」
変な誤解をされてしまったが気にすることなく自分の席へ戻る。
新学期に入ってからこの繰り返しだ。
クラスメイトに事件について聞いては何の情報も得られずまた別のクラスメイトへ。そんなことを何往復もしているためクラスの連中からは遅めの友達づくりと思われている。
人と関わることが苦手な俺にとってこの行動は抵抗があったが、俺の寿命がかかっている。背水の陣だった。
それに、個人的にこの事件の真相を知ってみたい。そう思ったら自然と体が動いた。
「今日も学校では収穫なしか」
机に体を突っ伏せる。
今になってどっと疲れがやってきた。やはり人に話しかけるのは慣れない。
「お疲れ」
コン、と机の右上に何かが置かれた。机上に聳え立つは橙色の缶。
「百パーセントだ」
置いたのはミカゲだった。
「高校とは凄いな。校舎に自動販売機が設置されている」
「お前、自動販売機ハマりすぎだろ。あと百パーって嘘だろ果汁二割って表記されてるぞ」
「学校でジュースを買うという特別感が何ともいえなくてね。ノリで言ったんだ指摘するな野暮な」
「俺の金なんだからな。昨日も一昨日も同じジュースばっか買ってよ、せめて違う種類にしてくれ」
「はいはい」
ミカゲは俺の前の席へ勝手に座り聞いてくる。
「今日も成果は得られなかったようだね。もう聞くところが限られてきたんじゃないかい」
「……」
先生を助ける為に寿命をかけた次の日から俺の情報収集の作業は始まっている。
新学期が始まる前、俺は一番に事故現場である鷹松市の歩道橋近くに住む人から事情を聞いて回った。
先生が殺される直前に立っていた歩道橋に近くにいた人がいれば証言が聞けるかもしれない。
そう思って歩道橋の傍にある住宅やお店の人に当時の事件について聞いてみたが、どの人も反応は同じく「わからない」と首を横に振るだけだった。
その中には第一発見者だった人も入っていたが、その人の証言も、『自分が発見した時には既に女性が倒れていて亡くなっていたよ。自殺なんだろう? まだ若いのに』と、有益な情報は得られなかった。
やはり誰もが滝里先生が自殺だと思っており殺人事件の可能性なんて考えてもいない。
警察に他殺の可能性があると言ったところで只の悪ふざけだと思われるのがオチ。自分の力でどうにかするしかない。
学校での情報収集はもしかしたら知ってる人がいたら、という最後の砦だったというのに。落胆した。
「事故現場も学校も情報なしか」
「時間はまだある。もしかしたら明日に重要参考人が見つかるかもしれないだろう」
「希望的観測だな」
プルタブを開けジュースで渇いた喉を潤す。甘さが疲れた身体に染み渡る。
「落ち込んでも仕方ないか。とりあえず、うちのクラスは全員聞いたし今度は別のクラスにあたってみよう」
「そういえば先程花梨が情報収集と各クラスを飛び回っていたよ」
「顔広いからなあいつ。マジで助かる」
コミュニケーション能力が高い仲間がいると非常に頼もしい。
彼女よりは劣るといえ、俺も俺で他の学年への聞き込みへ向かう。頼りきりは忍びない。
「成長したな」
階段を上る途中後ろからそんな言葉が聞こえたので足を止め振り向く。
「なんだよいきなり」
「いや。コミュ障だった主人公が困難を前に人と関わる成長をしていくーーなんて理想の脚本通りに動いてくれて私は嬉しいよ」
「なーんか嫌だなそれ」
有益な情報は得られず今日が終わる。
夕日の橙色に染まる通学路をミカゲと二人で歩く。
こうして歩いている間にも寿命が削られているのかと思うと変な感じになる。もともと時間が経過するに連れて死期が近づくのは当前の摂理なのだが、自分はもっとこう、物理的な削られ方というか……
「いかん哲学してしまう」
「自分の人生について振り返っていたかい」
隣を歩くミカゲが冗談まじりに言う。そういうブラックな発言は控えてもらいたい。
「でも、このまま何の進展もなければ君の寿命が尽きてしまう。主役が悲惨な最後を迎える映画は好まない。あれは見て損した気分になる」
途中から自身の映画論になっているがミカゲの意見に同意だ。このまま解決への一手が打てなければ俺の寿命はごりごり削られていく。最悪解決出来ないまま死んでしまうかもしれない……何の真実も知らずに。
「嫌だな」
俺が呟くとミカゲは言った。
「まだ重要参考人が見つかるかもしれないだろう」
「だから根拠のない希望的観測は慰めにならないっての」
「蒼汰。君は一つ盲点になっている箇所に気づかないかい?」
「盲点も何も、もう事故現場から学校から手当たり次第聞いただろ」
他に何処があるってんだよ……
そう聞こうとした時、ある思考が浮かんだ。
「あ……」
ミカゲはニヤリと笑って言葉を続ける。
「滝里杏奈は目的地に着くまでに殺された。だから君はその周辺にフォーカスを置いている。だから目的地まで調べることを忘れてしまった」
目的地。
滝里先生が向かおうとした先。
「阿久津が重要参考人?」
「犯人と決まったわけではないが視野を広げるとそういう見方も出来てくる、そういう話だよ」
俺はずっとこう考えていた。
滝里先生が阿久津の家に訪れる。それを危惧した何者かが阿久津宅に行く途中の先生を口止めとして殺害した。
目的地にいる阿久津を聞き込みの対象から無意識に外してしまっていた。
しかし、滝里先生を疎んでいたのが阿久津だったらどうだろう。
逆に阿久津から先生を迎えに行く形で殺害する可能性だってあった話だ。
「こら」
取り乱した俺とは正反対にミカゲは俺の頭を軽く小突く。
「鵜呑みするな。真実とは限らないだろ」
「……」
「君は人と関わるのが嫌いな癖に人の言葉を信じすぎだ」
「お前は死神じゃん」
「尚更だ。私の言うことが全て正しいと思うなよ」
それに、これは私怨も混じってるから……
そんな言葉が聞こえた気がした。
「私怨?」
「とにかく。阿久津ユリナの家へ行こう。君の推理も私の推理も、結局はあちらさん次第だ」
「そうだな。ここでああだこうだ考えてても仕方ない」
俺たちは頷きあった。
「こういう試練を協力して乗り越えるのは盛り上がる映画の展開の定番だな」
「また映画制作の話かよ」
「私の任務だからな。この事件は君を成長させるサブミッションなわけだ」
頑張りたまえ。
上司のように腕を組みふんぞり返って言う死神の小さい頭を、今度はこちらがこつんと小突いた。
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