第112話 ありがとう。そしてこれからもよろしく!


 驚くべきことが起こった。

なんと、俺が提案した"基地祭り"の開催が、採択されたのだ。


「田端、これは貴様の提案だ。よって、貴様が陣頭指揮を取るのだ。良いな?」


 林原軍曹殿からの結果通知と同時に、俺はそう言い渡された。

つまり俺がこのお祭りの実行委員長だったのだ。


(まいったな……俺、元の世界じゃ、こういうイベントとは縁がなかったからな……)


 こうしたイベントは、学校のクラスでも目立つ陽キャな連中がグイグイ引っ張ってて、俺みたいな隠キャは陰に隠れがちだった。

だから正直どうしたら良いのかわからなかった。

でも、今の俺には"頼れる仲間たち"がいる。


 俺はめぐとはじめとした、256訓練隊の面々へ、祭の相談を持ちかける。

するとーー


「基地でお祭り!? 良いなそりゃ!」


 真っ先に蒼太が、快い態度を示してくれた。


「具体的に!? しゅうちゃ……あうぅ……た、田端さんにはアイディアが!?」


 ここに興奮しためぐの質問が重なり、仲間たちの気持ちは一気に協力へと傾いてゆく。

結果、相変わらず俺は代表であるのだけれど。256隊の全員が、実行委員として祭の準備を行うこととなったのだ。


 だけど、そうなったからといって、訓練や災害派遣の任務が軽減されるはずもない。

それでも俺たちは自分たちの自由時間を削り、時には睡眠時間さえも捻出し、準備を行ってゆく。


その中で、めぐが発案してくれた"ハッシュドポテトボール"を来場者へ振舞おうとか、真白中尉殿から特製のTシャツをプレゼントしてもらったりとか、話がどんどん大きくなって行きーーそして、盛大に当日を迎えるに至った。


 "美咲基地祭"と称した祭典には、ありがたいことに多くの人が訪れてくれた。


 展示による俺たちの日々の活動の紹介、ハッシュドポテトボールの提供、90式MOA実機によるパフォーマンスなど様々な催しは、普段暗い表情している人たちを、一時かもしれないけど、明るい表情にさせている。


「よぉ、ルーキー! 俺たちも混ぜてくれや!」


「ありがとうございます、ジェイソン中尉!」


 そこに基地在留の米兵や、その家族も加わり、美咲基地祭は更なる盛り上がりを見せた。


ーー準備はかなり大変だった。初めてのことばかりで、色々と頭を悩ませた。

だけどその度に、俺は仲間たちに助けられ、開催まで漕ぎ着けることができた。

そしてやっぱり、その時も、めぐは俺のことをいちばん側で支えて続けてくれていたーー



⚫︎⚫︎⚫︎


 祭りも終盤。

あとは今行われているダンス大会が終了すれば、俺の実行委員長としての役目は終わる。


 俺は皆から少し離れたところで、そんな感慨に耽っていた。


「お疲れ様、しゅうちゃん!」


 どこからともなくめぐがやってきて、俺の隣へ座り込んでくる。


「お疲れさん。そっちは終わった?」


「うん! 片付けはななみんと京子がしてくれるって」


「そっか。めぐも、お疲れ」


「うん……」


 めぐを良く見てみると、指先で髪の先端をクルクルと捻っていた。

最近気づいたのだが、これはめぐが何かを言い淀んでいるときにする癖らしい。


「なんか話があるんだろ?」


「あ、えっと……うん……お礼が、言いたくて……」


「お礼?」


「実はね、このお祭りのおかげで私……ななみん以外のみんなと仲良くなれたの……ずっと空っぽだった気持ちに、ちゃんと中身が入ったっていうか……しゅうちゃやななみん以外のみんなとも、ちゃんと向き合えるようになったから……」


 空っぽ。そう言われた瞬間、めぐがなんのことを言っているのかわかった気がした。

きっと彼女は自分自身の"人間関係"のことを指して、そう言っているのだろう。


「やっぱり、ずっとそうだったんだ。やっぱり、めぐが"橘氏"だからか?」


 そう問いかけると、めぐはコクンと首を縦に振る。


ーー橘氏とは、この世界において、かつて栄華を誇った貴族であり、軍人家系のことだ。

国家元首である、歴代の卑弥呼ひみこ陛下に支えた側近中の側近中の家系のことで、若干ではあるが血のつながりもあるらしい


 前の大戦の敗戦で、貴族制度が廃止され、お家自体は潰えているが、この国の人々は未だに"橘"という存在へ尊敬の念を抱いている。

 ちなみにジェイソン中尉たちがめぐのことを度々"公爵デューク・橘"と呼んでいたのは、彼らなりの配慮であり、こうした背景がある。


「いきなりこんなところに放り込まれて、それでも頑張ってるしゅうちゃんの側にいられたのが1番のきっかけ。私も、いつまでも"橘"に縛られちゃいけないって……しゅうちゃんを見習わないとって……」


「それは俺だって同じだよ。めぐが側に居てくれたから頑張れたわけだし」


「そ、そう……?」


「ああ! だから感謝してる! すごく!」


 包み隠さずそう告げる。

すると、めぐはドキッとしてしまうほどの綺麗な笑顔を浮かべてくれた。


 この笑顔をこれからも守り続けて行きたいと、改めて誓った。

元の世界に比べて、この世界は過酷で、厳しい。

だけど、俺にはここで勝ち得た力が、強い意志がある。

だから、こんな世界だけど、きっとなんとかなる。

そう思えてならない。


「そろそろ正規配属だけどさ、そうなってもみんなで頑張ってゆこうぜ!」


「みんな……? しゅうちゃん、もしかして知らない……? 私たち、ここを卒業したらバラバラに配属されるんだよ……?」


「え!? そ、それ、マジ!?」


 これからもめぐと一緒に、みんなと一緒にいられると思っていただけに、かなり驚いてしまった。


「でもね、安心して! 多少希望は聞いて貰えるから! 私、しゅうちゃんと一緒のところでお願いしますっていうから!」


「そ、そうなんだ。じゃあ俺も! 絶対にめぐのそばから離れない!」


「ありがと、しゅうちゃん……! そろそろ、戻ろっか?」


「ああ」


 俺とめぐは揃って立ち上がった。

 瞬間、お互いの気持ちが重なったような気がした。

俺たちはどちらともなく手を差し出し、そして硬く結び合う。


 女の子とこうして手を繋いだのは初めてだけど、なぜかあまり緊張しなかった。

不思議な懐かしさと、喜びがそれに優っていたからだ。


 ここの卒業と正規任官まであと二週間。

俺は出来る限りのことをして行こうと誓う。



ーー今だから言えることだけど、たぶんこの時点で俺と異世界のめぐはお互いに"好き"という認識を持っていただろう。

だけど、俺たちは結局、最期の瞬間までそれを確認することがなかった。

そのことが後悔でならなかった。

やはり気持ちはきちんと言葉にして伝えなければ、相手を真に想っているとは言い難い。


 だから元の世界に戻った俺は、恋人となってくれた元の世界のめぐに、いつも、きちんと想いを言葉として伝えたい。

自分は君が大好きで、一生を賭けて守って行きたい。

そんな想いを……



【異世界転移編1 おわり】

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