第111話 それからの、256訓練隊


ーーMOAの搭乗訓練を初めてはや数週間が経過した。

俺たちはパイロット候補生として、今も懸命に訓練に励んでいる。



「あーん、もぉ、きつぃー! 軍曹の指導、MOAになってから厳しくなってない!?」


 青空の下、基地の屋上で佐々木さんは不満を叫ぶ。


「それなぁ……シートに座って、レバーをガチャガチャしてるだけなのに、めっちゃ疲れるんですけどー」


「美香は筋肉が足りないから疲れるんだよ! だから午後は私と一緒に筋トレしよ! 筋トレ!」


 不満たらたらな加賀美さんへ、体力自慢な井出さんは、午後のお誘いを投げかける。

そんな井出さんの発言を聞き、蒼太は苦笑いを浮かべた。


「井出、お前さ、一昨日の訓練、集中できてなかっただろ? あれ、明らかに筋トレのしすぎだと思うから、ほどほどにしとけよ」


「か、貝塚くん、気づいてたんだ!?」


「たりめぇだ、ばーか! 気をつけろよ」


「うんっ! ありがと! 言いつけ通り、筋トレのしすぎ気をつけるねっ! えへへ……」


 嬉しそうに微笑む井出さんは、両脇にいる佐々木さんと加賀美さんが微妙な表情を浮かべていることに気づいていないらしい。

 蒼太も蒼太とて、総評験以来、なにかと井出さんのことを気にかけてはいるが、そこから何かをしているそぶりは見られないし、むしろ鮫島さんとは相変わらず仲がいい。


「やっほー! みんなお待たせぇ!」


「お、お待たせしまし、たっ!」


 シミュレータールームの掃除当番だった鮫島さんとめぐが遅れて、屋上のランチ会へやってきた。


「わぁ! 蒼ちゃん、ちゃんと食べないで待っててくれたんだ!」


「先に食うと七海、怒るだろ?」


 鮫島さんは早速、蒼太の隣を陣取り相変わらず仲の良さそうな態度を取り始める。

その瞬間、少々井出さんの表情が曇った気がしたように見えた。


「どうかした……?」


 きっと怪訝な表情を浮かべていただろう俺へ、隣に座ってくれためぐが、不思議そうな顔を向けてくる。


「あ、いや、なんでもないよ」


「そぉ?」


「お、おう……!」


 こうして首を傾げ、悩ましげに見てくるめぐの表情の破壊力は抜群だ。


 俺も俺とて、自分の恋路に、厳しいMOAの訓練と忙しい日々を送っている。


「よし、これで全員揃ったね! じゃあ、恵! 区長として挨拶よろしく!」


 佐々木さんに促され、めぐはロイヤルミルクティーの入ったシェラカップを手に立ち上がる。


「え、えっと! みなさん、MOAの基本訓練の合格おめでとう、ございますっ! いよいよ訓練も終盤、です! これからも、祖国の、世界の未来にために、共に励んで行きましょうっ! 乾杯っ!」


 俺たちは揃って乾杯の発声をし、カップを掲げた。

途端、中庭に伸びるスピーカーから、サイレンが鳴り響く。


『災害派遣要請発令。派遣チーム及び、候補生は速やかにドックへ集合せよ! 繰り返す……』


 凛とした真白中尉の放送を聞き、佐々木さんはゲンナリとした表情を見せた。


「うへぇ……このタイミングで、どうしてぇ……」


「し、しかたない、よ! みんな、行こっ!」


 俺たちは区長であるめぐに続いて、駆け足で屋上から、MOAのドックへと向かってゆく。

そして非武装で実機の90式MOA「焔」を駆り、災害発生現場である、甲斐府市南の工場施設跡へ向かっていった。


ーー俺たちMOA乗りの仕事は、ただ単にジュライ・ペストと戦うだけではない。


 こうして戦乱によって崩壊した街に災害が発生した際は、国民を救出する任も担っている。


 現場にたどり着いた俺たちは、正規の災害派遣チームの指示を受けつつ、MOAを使って瓦礫を撤去したり、時にはMOAを降りて、人命救助や応急処置を施したりしていた。


ーーそしてこうして度々、災害派遣の中で、思うことがある。


(……やっぱり、この世界の人たちって、一生懸命だけど、少し表情が暗いよな……)


 四半世紀ほど、この世界では戦争が続いている。

俺と変わらない年代は、戦争の中で生まれ、戦争の中で過ごしているので、しかたないことではあるのだけれど……


(最近、ほんの少しだけど基地への嫌がらせもあるっていうし……)


 確かに俺たち軍人は、優先的に食糧が配られたりなど、優遇されている面はある。

だから国民の一部が不満を持ち、そうした行動に走っているのだろう。


 基地上層部も、この状況はあまり良くないと思っているらしく、解決策を模索するため"改善チーム"を編成している。

しかし手段が何も思い浮かばないのが現状らしい。


 だけど、ある日の災害派遣で、めぐと一緒に炊き出し班を担当していた時のことーー


「はい、どうぞ! 熱いから、気をつけて、くださいっ!」


「わぁ! ありがとー!」


 めぐから芋汁を受け取る小さな女の子の明るい笑顔を見て、ピンと思いつくことがあった。

俺はその日、早速、例の"改善チーム"の一員である、林原軍曹殿へ相談を持ちかけた。


「ふむ、なるほど……一般市民を基地へ呼び、我々がもてなすと?」


「はい。加えて、我々の活動を見せられる範囲で、見せるんです。中には俺たちが色々なことをしているって知らない人が多いでしょうし」


「なんかーそれって"学園祭"みたいで懐かしいね! いいね!」


 と、林原軍曹殿の肩へ真白中尉は顎を乗せつつ、俺たちの話に割り込んできた。

ちなみに真白中尉殿も、改善チームの一員だ。


「学園祭か……確かに、懐かしいな……」


 林原軍曹殿は若干、表情をやらわげ、そう呟く。

確か、軍曹殿が俺たちと同い年の頃までは、普通の学校が存在して、そういうイベントを行っていたと記憶している。

きっとその時の思い出が、よぎっているのだろう。


「よし、じゃあ稟議出すの決定! 明日、会議だから今日中に企画書の作成よろしくねっ!」


「え、ええ!? わ、私! 今日はやることがいっぱいで……」


「もちろん、私も手伝ってあげるから! せっかく、手塩に育てた子が、アイディア持ってきてくれたんだから、やってあげないと!」


「……仕方ないわね、やるわ! やってみせるわ! 田端も、アイディアありがとね! もし、他に思いついたら、今日中に教えてにきてちょうだいね!」


「は、はぁ……」


 突然の、軍曹殿の"口調の変化"に面を食らってしまった。

そして多分、軍曹殿はそこのことに気づいていないっぽい。


(でもきっと、これが本来の軍曹殿……林原さんの素の表情なんだろうな……)


 俺たちのために自分を律し、あえて厳しく振る舞っている。


 やはり林原軍曹は、1人の人間としてこれからも尊敬してゆきたいと強く思う。


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