第110話 俺は白石さんへ決意を語る
「ほら、座んなさいな」
「あ、えっと、失礼します……」
進められるがまま、白石さんの前へ座る。
訪れた食堂は職員は愚か、誰1人おらずしんと静まり返っていた。
「誰もいませんね……?」
「特務の権限で、一時的に人払をしているからね。だから何を話しても大丈夫よ。私たちしか知り得ない、元の世界の話もね。軍人っぽく振る舞わなくてもオッケー」
「は、はぁ……?」
特務の権力恐るべし……というよりも、白石さんが凄すぎるのだろうか……?
「なによ、浮かない顔をして? 私に会えて嬉しくないの?」
「いえ、嬉しいですよ! とても……!」
「あは! 君、そんなに私に会いたかったのかぁ! そっか、そっかぁ!」
「へ、変な意味で取らないでください! 同郷と言いますか、同じ境遇の人間として、会えて嬉しかっただけでして……!」
「慌てちゃって、可愛い。食べたくなっちゃう」
白石さんはまるで女豹のような視線でこちらを見つめてくる。
どうやらこの方は、相当な猛者らしい……でも、俺にはめぐが……!
「じょ、冗談はやめてください! で、なんのようなんですか! 話があるのならさっさとしてくださいっ!」
「そうね、そろそろおふざけはここまでにして、ちゃんとしたお話ししましょうか。こっちも案外時間がないわけだし」
白石さんは表情を真面目に引き締めた。
「今日は、田端くんの意思を聞きたくて、ここに呼ばせてもらったわ」
「俺の意思を、ですか?」
「さっきの、君のMOAの操作見させてもらったわ。正直、あなたの才能には天性のものを感じる。それはきっとこの世界の軍の人たちも一緒。だからこの世界の人達は何がなんでも、あなたへ"戦い"を強いると思うわ」
「そうでしょうね」
「君はそれで良いの?」
「それは……」
正直なところ、俺自身、まだ"戦い"や"戦争"という言葉に馴染みを感じていなかった。
確かに俺がいた元の世界にも、"戦い"や"戦争"というのは存在する。
昨今の世界情勢から、以前よりは身近には感じているけれども……それでもこの世界の人達程ではない。
やはり、遠いどこかのできごと、という認識が正しかった。
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「君はここまでよく頑張ったと思うわ。一般人で異世界人にも関わらず、厳しい訓練に励み、必死に自分を磨いた。その結果として1人の人間とし立派に成長したと思う。今のあなただったら、私がどこへねじ込んでも立派に務めを果たせると考えている」
「白石さん、それって……?」
聞き返すと、白石さんは優しい目を向けてくる。
この人のこんな表情を見たのは、本当に初めてだった。
おそらくこれは"同郷のよしみ"。
白石さんは真剣に俺の先行きを考えてくれているのだと思う。これまでは。
「だから教えて。このままで良いのか、それとももっと自分に合っていそうな、ここよりも安全なとことへ向かうか。結局所属は軍のままだけど、希望があればあなたを戦いには縁のない、元の世界と変わらない生活が送れる場所へ配属してあげるわ。もちろん、そこで元の世界に帰る方法は探してもらうのは条件だけど」
「なら答えは一つです。俺は……このままここに残りたいです!」
俺は迷わず、正直な気持ちを口にする。
俺の言葉を受けた白石さんは、驚いた表情ひとつ見せず、ただじっと、続きを待ってくれている。
「正直、まだ戦いとか、戦争とかってものにピンときてはいません。俺がどれほどの存在で、ここで何をなせるのかなんてわかりません」
「……」
「でも、それでも、ここの残りたいのは苦楽を共にした仲間、ここにいるからです」
ここで過ごしたのはたった数ヶ月。
だけど、俺の中にはすでに、多くの思い出と経験が根付いていた。
こうして白石さんのような目上の人へ、堂々と自分の意思を語れるようになったのも、ここで受けた厳しい訓練の賜物だと思う。
「ここで揉まれて、皆に支えられて、俺は変わることができました。でも、俺、もらってばかりで、まだ皆に……この世界の人達に、何も返せていないと思うんです」
隊の皆からは、支え合う友情を。
軍曹殿からは、知識や技術を。
そして……めぐからは、人ととして、1人の男としての大切な気持ちを。
ここに来なければ絶対に得られななかった、大切な宝物の数々が、今俺の手の中には存在している。
元の世界で、いつも背中を丸めていた、隠キャのままの俺では、欲しくても手に入らなかったものが……。
「だから俺は、ここに残って、みんなと共に戦場に立ち、これまでの恩返しをして行きたい。そう思っています」
「そう……」
「さらに頂いたこの身と精神は、全て国民の血税で作られております! 国民は我々へ、国の、世界の平和の願いを託しております。自分はそんな国民の期待に応えるべく、粉骨砕身で任務を全うする所存です!」
「……ほんと、あなたは変わったわね。見違えるほど……なら、せいぜい頑張んなさい!」
「はい! がんばります! もちろん、元の世界へ帰る方法も一生懸命探しますので、よろしくお願いいたします!」
俺が立ち上がり敬礼をする。
「よろしく頼むわ。お互い帰るべき場所はあるけど、その日まで、この国に、世界に尽くしましょう!」
白石さんもまた立ち上がり敬礼を返してきてくれた。
ーー正直なところ、俺は白石さんのように、元の世界へ帰りたいという気持ちは薄い。
でも、俺がこうなるきっかけを与えてくれたのは、今目の前にいるこの方だ。
白石さんが元の世界に帰りたい願っているのなら、たとえ自分は帰らずとも、この方のために一生懸命その方法を探そう。
そう改めて心に誓う。
「さて……話も終わったところで……もう出てきていいわよ、お二人さん?」
突然、白石さんはいつものニヤついた顔つきになり、食堂の入り口方向へ声をかける。
「ひぅっ!?」
「ちょ、ちょっと橘さん! 急に変な声上げないでって!」
すると聞こえてきた、非常に馴染み深い声が二つ。
「貴様らぁ! ここで何をしているか! 医務室へ行くのではなかったのかぁっ!」
さらにさらに聞き覚えのある厳しい声が響き渡り、その瞬間、直立不動で敬礼をする、めぐと佐々木さんが姿を現す。
「い、今から行くところでした、軍曹殿っ!」
「わ、私も同じくであります! 軍曹殿っ!」
「バカもの! 医務室は反対方向だ! 貴様らの腹痛を催したとの具申を信じた私が愚かだった! 今から200回だ! 構え!」
林原軍曹の厳しい声を受け、その場でめぐと佐々木さんは腕立て伏せを始めた。
「で、どっちなのよ?」
白石さんがニヤニヤしながら、肘で小突いてくる。
「な、なんですか、いきなり……?」
「どっちがアンタの彼女か聞いてんのよ。もしかして両方?」
「ち、違いますよ! てか、話聞かれてて良かったんっすか?」
「んーと、多分大丈夫。アンタが熱く語ってるところくらいから、あの子たちの気配がし始めたから」
まさかあの場面を見られていただなんて……かなりというか、無茶苦茶恥ずかしい俺だった。
ふと、腕の辺りへ柔らかい感触が寄り添ってくる。
「ちょ、し、白石さんっ!?」
なぜか白石さんは俺の二の腕をギュッと抱きしめ寄り添っている。
胸の感触が、ヤバい……!
「んふ……じゃあ、堅苦しい話はここまで。あっちで、特殊任務「コミケ」の話でもしましょ?」
「こ、コミケ!? なんなんすか!?」
「元の世界に帰ったら、新刊を出す予定だからその資料にね。もちろん、肉体言語を用いた話し方よ?」
「は、はいぃ!? 肉体言語ぉ!?」
俺は非常に強い白石さんの力に引っ張られ、ズルズルと食堂から引きづり出される。
「はわ! はわわわわ……!」
「マズい……! 急いで終わらせるよ、橘さん!」
なんだかめぐの腕立て伏せのペースが上がったような……。
佐々木さんも、負けじと腕立て伏せのペースを上げる。
「痛ーっ!!」
と、突然傍から"パン!"という書類で殴るような音と、初めて聞く白石さんのすっとぼけた声。
「姫ちゃん! そういうのはもうやめるって約束したでしょ! 人手なし禁止! ビッチ禁止っ!」
白石さんの頭をぶん殴った真白中尉は、白石さんへ厳しい視線を向けている。
「た、ただ話をするだけよ! 誤解しないで!」
「じゃあ、今すぐ田端くんの腕から離れなさい! そんなの誤解を生むだけなんだから!」
「ご、ごめんなさい……」
どうやら白石さんもまた、林原軍曹と同じように、真白中尉の手のひらの上で踊らされている方らしい。
俺は初めていた、白石さんのコミカルな表情に思わず吹き出してしまう。
「全く……姫子もか……ここが基地だという自覚を持ってくれ……」
林原軍曹は悩ましげに頭を抱えていた。
「190ぅ……! さ、佐々木、さんっ!」
「ラ、ラストスパァートォー! 191ぃっ!」
いよいよ、めぐと佐々木さんの腕立て伏せが完了しそうだった。
この後、俺は2人に何を言われるのか……とくにめぐからは……とても不安でならない。
だけどーー
(やっぱり、この世界は楽しい! だから、もっと、もっと頑張って強くなろう!)
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