第106話 バトルロイヤル


『良いか、貴様ら。このシミュレーターは90式MOA「ほむら」向けのものだ』


ヘッドデバイスを通じて、林原軍曹殿の声が聞こえてくる。


ーー90式MOA「焔」とは、西暦1990年に、米国のエイブラムスを参考に、開発された国内産初のMOAだ。

重装甲かつ堅牢な作りの信頼性は抜群で、最前線こそ、最新式の10式MOA「烈火」に譲ったものの、今での国防軍の大半がこの焔での運用を行っている。

 ちなみに俺がこの世界に転移していた初日に乗ったのも、この「焔」である。


『各機状況を開始してください。撃破判定はこちらで行いますので、細いことは気にせずガンガンっやっちゃて!』


 砕けた真白中尉の物言いを合図に、バトルロイヤル形式の模擬戦が開始された。


 俺のスタート地点は、なんと、街の中心にあるであろう大通りのど真ん中。


 しかも目の前には同じく、M4M1JーーMOA専用カービンライフルーーを持った、「焔」の機影が!?


(やばっ! さっさと遮蔽物に隠れないと!)


と思い、頭に叩き込んだMOAの操縦方法を、実際乗った時の経験をもとに操作をしてみる。

だがーー


(なんだこのラグ!? 反応がめちゃくちゃ重いぞ!?)


それでもなんとか、ビルの影へ焔を滑り込ませた。

なぜか、未だに敵の焔は国道のど真ん中でタコ踊りような奇妙な動作をしていて、撃ってくる気配が見られない。


『た、田端くん! 助けてぇ! 上手く動かないんだけどぉ!』


 ヘッドデバイスから、とても困ったような佐々木さんの声が聞こえてきた。


「もしかして、今俺の目の前にいるのって?」


『そうだよ、私だよ、佐々木 京子だよぉ! なんか、マニュアル通りにやっても全然ダメなんだよぉ! 助けてぇ!』


 これはどうなんだろうか? 罠の可能性もあるだろうし……


『田端くん、お願い! 一生のお願い! 助けてっ!』


「悪い、佐々木さん!」


あくまでこれは実戦を想定した訓練だ……ということで、俺は申し訳ないのだけれども、佐々木さんのMOAへ向けて、ハンドグレネードを放り込む。


(悪いな佐々木さん……これも戦場のさだめ……)


『くぉら、田端ぁ! おまえ冷たすぎるぞぉーー!』


 デバイスから佐々木さんの怒りの声が響き、爆炎の中から、近接武器であるコールドメタルナイフを逆手持った焔が飛び出してきた。


 相変わらず、挙動が重い中だが、俺は辛くも佐々木さんの切り下ろしを回避する。


(やっぱりMOAでも、佐々木さんの近接戦闘センスはピカイチか! くそっ! つーかむちゃくちゃ上手くMOA操作してるじゃん!)


 ここは他の皆に発見されるリスクもあるが、飛び上がった方が得策だと判断し、MOAを上昇させた。


『逃げるなぁー! 田端ぁー!』


 そんな俺の機体へ佐々木さんは頭部の12.7mm重機関銃と、36 mm POTO弾を装填したM4M1Jの一斉射を行う。

だが、佐々木さんは近接戦闘は得意でも、射撃はとても苦手。

そんな特性がMOAの人工筋肉フリージアを通じて、色濃く反映されているらしい。


 俺はなんとか佐々木さんの猛攻を掻い潜り、その場から逃走してゆく。


ーーそして俺と佐々木さんの戦闘をきっかけに、あらゆるところでMOA同士の戦闘が開始された。


『シュウ、悪いな! いくぜ、七海!』


『はいな! じゃあねぇ、たばっち!』


「くっーー!!』


 蒼太・鮫島さんカップルは、蒼太を前衛、鮫島さんを後衛とし見事な連携で、俺を追い回す。

やはり愛の力は、MOAさえも上手く動かせるらしい。

 俺は反撃すら許されず、逃げるので手一杯だった。


『目標はっけーん。井出、サッキーの恨み晴らすよぉ』


『だね! ちょっと見損なったよ、田端くんには!』


 接敵した加賀美さん、井出さんの猛攻にも遭遇してしまった。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! あれは佐々木さんが!」


『まぁ、だとしても〜サッキーとウチら親友だしぃ〜。ねー?』


『田端くん、覚悟ぉ!』


 容赦ない2人の攻撃を、遮蔽物や煙幕を使ってなんとかやり過ごす。


(まいったな……このままだと、俺が最初の撃破に……俺のだけ特別なシミュレーターなんだろ? なんでこんな……)


 そう恨みぶしを考えているその時だった。

 しっかりと隠れているはずなのに、焔の肩装甲を1発の砲弾が掠めてゆく。


(この射撃の正確性って!?)


 このままここに止まっていては危険だと判断し、焔を動かす。

するとスナイパーは、移動中にもかかわらず、何度も正確に俺のMOAを攻撃し続けている。


(この射撃は絶対にめぐだ! こんなに上手く撃てるの、あの子しか考えられない!)


 まずい人に目をつけられてしまったと思った。

やはり、俺の初回は、情けない結果で終わってしまうのだろうか……。


『どうだ、田端。新型シミュレーターの使い心地は?』


 そんな中、妙にニヤついた口調の林原軍曹殿声が聞こえてくる。


「なんですか、これ! 最低ですよ! なんでこんなに挙動が重いんですか! これじゃ、俺みんなに蜂の巣にされちゃいますよ!」


 やぶれかぶれ、文句をぶちまける。

すると、デバイス越しに、なぜか真白中尉の笑い声が聞こえてきた。


『やっぱ、そうなんだねぇ。じゃあ、林原軍曹、そろそろ?』


『そうだな。十分に比較用のデータは取れたからな……では、田端、これからが貴様の本番だ! いくぞ!』


「いくって、何をーーっ!?」


 操縦席の背後から、巨大なファンのようなものが回り始めた。

途端、全身に不思議な感覚が訪れる。


(なんだろこれ、すごくしっくりくるっていうか……この感じは、初めてMOAに乗った時とか、ブラッドレーを操った時とかと一緒!?)


 まるでMOAの手足が自分のもののように感じられる。


「軍曹殿、これは一体?」


『だから新型だと言っただろ? 貴様のシミュレーターには、実機のMOAと同じく人工筋肉フリージアが組み込まれている。先程まで動きがトロく感じたのは、比較データを取るために、回路を遮断してたためだ』


「なんすかそれ! 勘弁してくださいよぉ!」


『これも上からのお達しでな。代わりに優秀な貴様には、おあつらえ向きのMOAをくれてやる!』


 軍曹殿言葉を皮切りに、俺の90式MOA「焔」が細身でスタイリッシュな、別の機体へと変化してゆく。

 腰には男心をくすぐられる長刀型近接戦闘武装GSX1100ーー通称、カタナがマウントされたこのMOAって、もしかして!?


『田端くんにはこれから、10式MOA「烈火」を操作してもらいまーす。これでやられたら、きついお仕置きしちゃうぞ?」


 真白中尉はそう仰るが、そうはならないだろう。


 なにせ俺に与えられたのは最新式のMOAなのだから。


「軍曹殿、中尉殿! あなた方のご期待に添えてご覧にいれます!」


 俺が我が身のように感じる10式MOA「烈火」を動かし始めた!

いまこそ、みんなをギャフンと言わせるときだ!

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