第104話 進展する2人の関係〜総合技術評価試験終了〜


「あ、あ! な、何となく、というか……あうぅ……」


 狼狽えている橘さんは本当に可愛かった。

そしてこんな彼女を知っているのは、たぶんこの世界でも俺だけなんだと思う。


「か、かわりに、今度から私のことは、めぐって呼んで、良いから! だから!」


「良いのか……?」


 緊張と興奮で声を震わせながら、問いかける。


「良い、よ……むしろそうして欲しい……それで、私、もっと、貴方と仲良くなりたい、から……」


 女の子が勇気を持って、ここまで言ってくれたのだ。

だったら俺も……


「"めぐ"、ありがとう。さっきも、今までも、そしてこれからも……」


「どういたしまして、しゅうちゃん……!」


 初めてそう呼びあったはずなのに、どこか懐かしさを覚えるその呼び方だった。


ーーこの日、この場所で、かつての俺は完全に消えてなくなった。

そして新しい自分に生まれ変わったのだと思う。


(この先、何があるか分からない。だけど、何があろうとも、めぐは、めぐだけはこの命をかけて守って行こう。必ず……!)



⚫︎⚫︎⚫︎


「はぁ……はぁ……! めぐっ、あと少しだ……!」


「う、うんっ……!」


 俺とめぐは互いに手を取り合って、最後の一歩を踏み出した。

とたん、一気に視界が開ける。


 目的地である美咲山の頂上は青々とした草木の生い茂る、広い草原だった。

そしてそこに、ちらほらと見知った顔を発見し、その内の一人がこちらへ駆け寄ってくる。


「わーん、めぐみん、きたぁ! よかったよぉ!」


「うんっ! ななみんも、お疲れさま!」


 めぐと鮫島さんは互いに抱擁し、無事を確かめあっていた。

 俺もまた、芝生の上へ大の字に寝そべっている蒼太へ近づいて行く。


「お疲れ、蒼太!」


「おう……! お前も、なんとかゴールできたんだな……」


「ずいぶんとボロボロだな?」


「ああ、ボロボロだ……もう2度と、こんなのごめんだ……」


「確かに……そういや蒼太は誰とペアを組んで……」


「い、井出さん!? 腕、大丈夫、ですか!?」


 めぐの慌てた声が聞きになり、視線を傾ける。

そこには片腕を吊った井出さんの姿があった。


「毒蛇に噛まれちゃって……あとでちゃんとした治療は受けなきゃいけないんだけど、とりあえず大丈夫。えっと、その……貝塚くんが、応急処置してくれたおかげで……」


 井出さんは少し申し訳なさそうな、それでいて、やや熱を帯びた視線を蒼太へ向けている。

 どうやら蒼太がペアを組むことになったのは、井出さんだったようだ。

そしておそらく、俺とめぐとのように、蒼太と井出さんの間にもそれなりのドラマが展開されたのだと察する。


「そ、そうなんだ! 蒼ちゃん、そういうの苦手なのによく井出さんのこと助けられたと思うよ! うんうん!」


 鮫島さんも命に関わる事態だったと理解はしているのだろうが、やはり心中は穏やかではないらしい。

と、少し暗い表情を浮かべている鮫島さんへ、佐々木さんと加賀美さんが肩を組んでくる。


「ねぇねぇ、これが終わったら休暇でしょ? 海行かない!?」


「サッキーの運転は怖いから、七海がよろしくね」


「私も運転苦手なんだけど……京子よりはマシかもねぇ」


 "京子"は確か、佐々木さんの下の名前だったはずだ。


 おそらく鮫島さんは佐々木さん、加賀美さんと一緒に苦楽を共にし、新しい関係を築いたようだった。


ーー30名参加の中、ゴールできたのは、俺たちを含めて12人。

それだけで、この試験がどれほど過酷だったのかを物語っている。

だからこそ、ここで培った経験や、新たに築いた人間関係は、この先きっと役立つに違いない。


 俺はめぐを見やった。

すると俺の視線に気がついためぐは、こちらを向き、柔らかい笑みを返してきてくれる。


 俺はこの先、彼女の笑顔を守るために、より強くなり、懸命に戦うと改めて誓いを立てる。


 やがて、頭上から激しい風が叩きつけられ、草原の枝葉を激しく揺らす。


俺たち総合技術評価試験の合格者12名は、迎えの輸送ヘリに乗り込み、帰路へ着くのだった。


『貴様ら、ご苦労だった。前回の総評験では残念ながら3名の犠牲が出てしまったが、今回は誰一人、命を落とさなかったことを安堵している。更に三分の一もの者が、こうして合格の帰路につけたことを担当教官として誇りに思う!』


 空の上でヘッドフォン越しに、林原軍曹の祝辞に耳を傾ける。

ちなみにここでの不合格者は、MOA乗りではなく、それに関わる付随部署へ配置転換が行われるらしい。

つまり、この試験を通過した俺たちは、エリートなのだ。


『三日間の休日を挟んだのち、貴様らはいよいよ、本格的なMOAの搭乗訓練へ入る! 各人、訓練開始までにMOAのマニュアルを完全に頭へ叩き込んでおくように!』


 佐々木さんは、軍曹の言葉を聞き、ゲンナリとした表情を浮かべていた。


『だが! 今はよく寝て、よく食べ、心身を回復させるのが最重要任務だ! よって、帰投するまで間、睡眠を許可する! 基地では貴様らの合格を祝う仲間がご馳走を拵えて待ってくれている! 基地到着後、奴らの盛大な祝福に応えろ! 以上だ!』


 軍曹殿の熱い言葉が終わると、皆は一斉に電源の切れたおもちゃのように、一斉に目を伏せ眠りへ落ちてゆく。


「……」


「ーーっ!?」


 恐る恐る自分の肩へ視線を向けてみる。

俺の隣にいためぐが、俺の肩へもたれかかっていた。


 めぐは一瞬薄目を開け、まるで伺うような視線を向けてくる。

おそらく"このままの姿勢で良いか、どうか"を聞いているのだろう。


 正直恥ずかしいし、皆の目があるが……


(佐々木さんたちだって寄り添って寝てるし、蒼太と鮫島さんなんて、こっそり手を握り合ってる……だったら、俺たちだって……!)


 俺は、勇気を出して、めぐへ薄く頷きかける。

すると彼女は、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ありがと、しゅうちゃん」


 めぐはそう言ってるかのように唇を動かし、そして本格的な眠りへ落ちていった。


 彼女の愛らしい寝顔は見ているだけで、癒され、心が洗われてゆく。

そしてやはり、繰り返しになるが、この笑顔をこれからも"この世界の一員"として守ってゆきたいと強く、強く思う。


 俺は折り重なるように、めぐの頭に頬をつけ、彼女の匂いを感じながら、深い眠りへ落ちてゆくのだった。

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