第102話 油断しているジェイソン中尉らを叩けっ!


「ははっ! 任務中だってのに、こんなに楽しくて良いのかよ!」


「ちょっと、ダミアン! 休暇じゃないんだから! 飲みすぎよ!」


 酒でややへべれけなダミアンへ、一人だけしっかりとキャンプ地の周囲を警戒していたキャサリンはきつい口調をぶつける。


「こっちは完全武装で、ブラッドレーもあるんだ。俺一人ぐらい居なくなって大丈夫だって……おおっと、漏れる漏れるぅー!」


「ちょっと! こんなところでしないで! あっちでやって!」


「へいへい」


 ダミアンはゆらゆらと森の奥へと進み、用を足すためズボンのチャックへ手をかける。

その時、彼の背後へサッと、小さな影が舞い降りた。

次いでその影は猿のように跳躍し、ダミアンの背中へ張り付く。


「なっーー! うわぁあ!」


いきなり腕の自由を奪われたダミアン少尉は、小便が飛び散り、ズボンをビシャビシャに濡らしてしまっていた。

そんな彼の正面へ、新たな影がぬぅっと現れーー


「ふぐっ! うぐっーー!!」


 ダミアン少尉は口を塞がれ、腹に重い一撃が見舞われた。

酒が回っている影響もあり、彼はその場へ脆くも崩れ去る。


「ちゃんとチャックは閉めておいてあげますよ、ダミアン少尉殿」


 ダミアン少尉はそ聞き覚えのある男の声を耳にしつつ、意識を失うのだった。



⚫︎⚫︎⚫︎



「本当に良いんだな?」


 俺は捕縛したダミアン少尉を木の幹へ縛りつけつつ、橘さんへ問いかけた。


「大丈夫です。2分後に射撃を開始します。そこから5分で引き離します!」


 橘さんはダミアン少尉から奪ったM4A1カービンを確認しつつ、淀みなくそう言った。

普段は少々吃り気味の橘さんなのだが、こうして武器を持っている時は緊張感のためか、とても凛々しく見える。


「時計合わせしましょう」


 俺と橘さんは揃って腕時計へ視線を落とす。


「行きますっ!」


「幸運を!」


「田端さんも!」


 互いの腕時計の秒針が揃った瞬間、橘さんはまるで小動物のように身をかがめ、素早し足取りで茂みの中を先行してゆく。

俺は橘さんの無事を祈りつつ、その場で息を潜めた。


ーーそしてきっちり2分後、1発の乾いた銃声が敵のキャンプ地目掛けて鳴り響いた。


「敵襲だ! 敵襲ぅっ!」


 ジェイソン中尉らのキャンプ地から、笑い声が消え、警戒を促す声が上がった。

その間も、どこかに隠れ潜んでいる橘さんは5.56ミリPOTO弾ーーもちろん模擬弾ーーを断続的にキャンプ地へ打ち込んでいた。


 やがてキャンプ地から、武装を施した敵兵が湧いて出てくる。

その時間、きっちり5分。


(やっぱり橘さんは射撃も上手いな! すごいな!)


 見た目も人柄も良く、更に戦技も優秀。

そんな彼女と仲良しというだけで、とても誇らしい気分になる俺だった。


「炙り出せぇ! 敵は1人だぁ!」


 ジェイソン中尉がそう叫び、隊員たちは様々なところへ銃弾を打ち込んでいた。

しかし、橘さんからの攻撃や止まず、誰もが苦々しい表情を浮かべている。


(とはいえ、幾ら優秀な橘さんでも他勢に無勢。急がないと!)


俺は茂みの中を匍匐前進でジェイソン中尉らのキャンプ地へ目掛けて進んでゆく。


(警戒線も何も貼ってないじゃん……まじで無茶苦茶油断してんだな……)


 しかもブラッドレーもそのまま置きっぱなしの始末。

もうこれはけちょんけちょんにしてくださいと言わんばかりである。


 俺はまんまんと小型ラビットMOAであるブラッドレーへ乗り込むことができた。

スタートボタンを押すと、ダミアン少尉から奪ったエントリーキーが信号を送り、ブラッドレーの人工筋肉フリージアを目覚めさせる。


「さぁて、いっちょやりますか!」


 全高二メートル少しの小型MOA・ブラッドレーはいやに軽い歩調で、キャンプ地の資材を踏み荒らしながら、夢中で射撃を続けているジェイソン隊へ接近してゆく。

すると、敵兵の一人が、こちらに気がつき声を上げた。


「なっーー! た、隊長! ガキにブラッドレーが奪われてます!」


「な、なんだとぉ!? 奪い返せぇ!」


 ジェイソン中尉の指示を受け、仲間たちの銃口が向けられる。

俺は咄嗟にブラッドレーの腕を全面に押し出した。

通常のMOAと同じ材質で作られているブラッドレーの装甲は、まるで盾のように銃弾から俺を守る。


「俺たちが真剣にやってる時に、キャンプ気分を味わってるんじゃねぇぇぇーーーー!」


「ぎゃあぁぁぁぁぁーーー!!」


 怒りの叫びと共に、ブラッドレーの腕で、敵兵を掴み、そして投げ飛ばす。


「そらそらどんどんいくぞぉ!」


 俺は次々と敵兵を掴んでは、投げ飛ばすを繰り返し、蹴散らしてゆく。

まさにこれこそ"無双の活躍"

 俺は元の世界に存在する、同様のゲームの如く、敵兵を吹っ飛ばし続ける。


 そうしてブラッドレーに乗る俺は、最後に残った、ジェイソン中尉へ黒い影を落とすのだった。


「こんちは、ジェイソン中尉殿!」


「まさか、襲撃者がお前だったとはな、ルーキー……もしかしてスナイパーはデューク・橘かい……?」


「ええ、まぁ。てか、その呼び方やめません? あらぬ誤解を受けます」


「なんのことだ?」


 たぶん、娯楽の少ないこの世界には、あの漫画さえも存在していないのだろうかと思った。

まぁ、どうでもいいことだけど……


「んったく、完敗だぜ……降参だ」


 もはや諦めモードのジェイソン中尉は銃からを離し、両手をあげてみせた。

しかしそんな中尉殿を俺はブラッドレーの腕でつまみ上げる。


「お、おいおい! ルーキーなんのつもり……!」


「当然、眠っててもらうんですよ、中尉殿!」


「いや、だからこっちは敗北宣言をーー」


「そんなんじゃ許しませんって! なにせ俺らはろくに水のめず、腹ペコで、しかもクタクタなんですから! 気が立って仕方ないんすよぉ!!」


「ひやぁぁぁぁーーーー!」


 俺は中尉殿を放り投げた。

中尉殿は柔らかい茂みへ、背中から叩きつけられ、それ以降反応を見せなくなる。


「だ、大丈夫だよな? みんな……?」


 気がつけば俺の周りではたくさんの敵兵役の皆さんが伸びていた。

 一応、ブラッドレーから降りて、投げ飛ばした敵への全員を検分してみる。

予定通り、気絶で済ませられたことに、俺は安堵の息を漏らすのだった。


と、その時、1発の銃声が鳴り響きーー


「なっーー!!」


 今の1発でブラッドレーの脚部フリージアが撃ち抜かれてしまったのだろう。

ロックが外れたブラッドレーがこちらへゆっくりと倒れてきている。

 俺は慌ててその場から飛び退いた。

するとそんな俺へ、鋭い殺気が向けられる。


「そこまでよ、ルーキー! あなたも隊長と同じく油断のしすぎよ!」


 敢えて日本語で、彼女はそう言ってくる。

 確かに彼女のおっしゃる通り、俺はジェイソン中尉同様、油断をしていたらしい。

俺はすっかり、唯一真面目に、この試験に敵兵役として臨んでくれていたキャサリン少尉の存在をすっかり失念していたのだ。


(まずったな……ブラッドレーは壊れちゃったし、銃を抜く暇もなさそうだし……)


 キャサリン少尉はこちらへの警戒を一切緩めず、にじり寄ってくる。

もはや、逃れられそうもない。

だが、油断しているのは、どうやらキャサリン少尉も同じだったらしくーー


「ーーっ!?」


 少尉殿はようやく気づいたが、もう遅い。

すでに彼女の背後を取っていた橘さんは、剣のように長い木の枝を思い切り叩きつける。


「それはそちらも同じく、です、キャサリン少尉殿」


「そうみたいね。降参よ……さすがね、デューク・タチバナ……」


 橘さんに背中を踏まれ、頭に銃口を突きつけられたキャサリン少尉は、M4A1から手を離す。


「ですから、私の家はとうの昔に爵位を失っています。いい加減、その呼び方はやめていただけませんか?」


 橘さんはやや怒り気味に、そう言って、より強くキャサリン少尉を踏みつけるのだった。

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