第100話 俺のポンチョの中へ入ってきた橘訓練兵!?


(なんだ、この状況は……!?)


 俺と小柄な橘さんとではかなりの体格さがあった。

よって小柄な彼女は俺のポンチョの中へすっぽりと収まってしまっている。


「あ、あったかい、ですか!?」


 ポンチョの中から、くぐもった橘さんの声が聞こえてきた。


「あ、暖かいけど、そのぉ……」


 橘さんはポンチョの中で、俺の腰の上に乗り、更に上半身へギュッと抱きついているのだ。

なんとなくこんな姿勢を、元の世界のエッな動画で観たような気がする……と、余計なことを考えるものだから……


(まずい……こんな状況なのに……!)


 これが若さゆえの過ちか、といった名言が脳裏を掠め、それでも分身へ落ち着くよう促し続ける。

しかしそうすればそうするほど、落ち着くはずもなく。


「はぁ……はぁ……んっ……はぁっ……」


 きっとポンチョの中が息苦しいからなのだろう。

橘さんも妙に艶かしい吐息をあげている。

なんだかモソモソ動いてるように見えるのは気のせい……?


「た、橘さん……?」


「はぁっ……んっ……」


「あ、あのぉ……」


「ひぅっ!? な、なんでしゅか!?」


 ポンチョの中から素っ頓狂な彼女の声が聞こえてくる。


「も、もし息が苦しいなら……大丈夫だから……」


 しかし正直なところ、こうして橘さんがポンチョの中へ入って抱きついてくれていると、暖かく心地よいのは確かであった。

もし俺が若さゆえの過ちを犯していなければ、生存戦略的に絶対に手放したくはない状況ではある。


「もしかして、嫌、ですか……?」


 くぐもっっている上に、少し濁り気味の声が聞こえ、ほんのちょっぴりの背筋の凍りつきを感じる。


「お、俺は嫌じゃ無いけど……」


 愚息が大丈夫じゃ無いわけで……


「なら、私は大丈夫、ですっ!」


と、宣言し、橘さんはポンチョの中でギュッと身を寄せてくる始末。


(もうどうなっても知らないぞ……!)


 そう心に決め俺はより暖を取るために、ポンチョの中でギュッと橘さんを抱き寄せた。

すると、ポンチョの中から「ひうっ!」と、やや弾んだ声が聞こえた気がする。


「こ、こうした方がもっと暖かいだろ! だからっ!」


「はいっ! その通り、ですっ! ふふ……」


 更にこうして橘さんを固定していないと、色々と困ってしまう状況になりそうだったとの判断もある。

雨でびしょびしょなので、これ以上汚れるのはごめん被りたいからだ。


(それにもしかする実際の戦場でもこういう場面はあるかもしれない……そんな時のために変な気を起こさないための訓練なんだ、訓練……!)


 きっと俺は無事この試験を終えて、基地へ戻ったら、この時のことを思い出し夜な夜な処理をするんだろうと思う。


⚫︎⚫︎⚫︎



ーー雨は夜明け近くまで降り続いた。

地形図が正確に読み取れたため、時間的にはまだ余裕があると判断し、俺たちは例の態勢を保ったまま、交互に短い睡眠を取り、体力を回復させる。


そして雨があがり、夜明けを迎え、2日目の行軍を開始する。


「半分、来ましたねっ!」


 太陽が昇り切る頃には、気温も高まり、寒さは解消され、橘さんはすっかり元気を取り戻していた。

むしろ元気すぎるというか、なんというか……


「どうか、しました?」


「あ、いや……元気になってよかったなぁと……」


「はいっ! 元気いっぱい、ですっ! きっと私たちなら、合格できますっ!」


 元気というか、元気すぎるというか、こんな汗や土でドロドロなはずなのに、橘さんが妙に艶やかに見えるというか。

たぶん、そう思うのは、あんな一晩を過ごした俺が、勝手に彼女を意識しているだけなのかもしれない。


(もし、この世界で女の子と付き合うってなれば、どこでデートとかしたら良いんだろ……? 基地の外は廃墟ばっかりだし、基地の中じゃアレだしなぁ……)


 などとくだらないことを考えつつ、比較的平らな森の中を進んでいる時のこと。

足へ僅かに引っ掛かりのようなものを感じる。


「こ、これは!? 橘さん!」


 パァンっ! と1発の銃声が響き、俺たちは急いで茂みの中へ身をかがめた。

目の前には俺が油断のために足で切ってしまった細いワイヤーの跡が。


(くそっ! 浮かれすぎた! この試験には米兵が、敵兵役で潜んでいたんじゃないか!)


 しかもこの道は開けていて、更に曲がっている。

アンブッシュには最適すぎる場所だ。


「ごめん、橘さん!」


 同じく茂みへ隠れ潜んだ橘さんへ、匍匐で近づき、開口一番謝罪を口にする。


「私も、油断してました……すみません……」


「悪いけど、様子見てもらえる?」


「はいっ!」


 俺よりも遥に小柄な橘さんの方が、敵に見つからず、状況確認ができるとの判断だった。

 

 橘さんは早速、綺麗な顔へ地面の泥を塗り、そっと茂みから顔を出す。


「敵兵3確認。今、私たちの足跡を確認してます」


 昨晩の雨が降ったことさえ失念して、こうしてわかりやすいところに足跡を残してしまったことを後悔した瞬間だった。


「はは! だせぇな、足跡残してやがるぜ!」


 聞き覚えがあるというか、とても親しみを感じさせる声がしたので、耳をそばだてる。


「ちょっと、隊長? 今の笑いはNGよ。一応、これ実戦想定なんだから」


「まぁ、良いじゃねぁかキャシー! こっちはフル装備で、ガキのお守りなんだから、大丈夫だろうよ!」


 聞きなれない英語だが間違いない。

今の声はダミアン少尉のもので、その前に喋ったのはキャサリン少尉だ。


ーーどうやら俺たちは仲良しのジェイソン小隊の皆さんへ目をつけられてしまったらしい。

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