第98話 総合技術評価試験開始


ーー開始の合図は唐突だった。

起床ラッパが鳴り響く前の0530。

突然、速やかに輸送ヘリへ搭乗するよう指示が飛ぶ。


俺たち256隊の面々は、発着場に止まっていたタンデムローター機であるCHー47へ次々と搭乗し、美咲基地を飛び立って行く。


『これより総合評価技術試験を開始する!』


 ヘッドフォンから聞こえた林原軍曹の言葉に、いよいよかと背筋が伸びた。


『想定を伝える! 貴様らは戦闘中MOAを失い、敵ダンジョン中へ墜落。3日以内にブラックボックスと共に、回収予定地点の美咲山頂上を目指すものとする』


 ブラックボックスとはMOAに搭載されている重さ約5キロ程度の記憶媒体だ。

いまだに未知の部分が多いジュライ・ペストの研究おいては、このブラックボックスに保存されている生の戦闘データが必要だ。


『なお、山中には敵兵を想定した美咲基地所属の米海兵隊員が、模擬弾を装填した実銃を装備し、潜伏している。彼らに捕縛ないし倒されたものはその場で失格とする。誤魔化そうと思ってもきちんとデータ管理されているので、誤魔化しは効かないからな!』


 基地所属の海兵隊となると、もしかするとジェイソン中尉たちも混じっているのかもしれない。

正直、あの人たちに勝てる自信はないが、だったら逃げ切れば良いだけのことだ。


『また回収予定地点には2名以上での到達を厳守とする。想定伝達以上! 10分後、順次降下を開始し、試験開始とする!』


 つまり、俺たちは3日以内に2名以上で、敵兵に倒されないよう、ブラックボックスと共に回収予定地点へ到達する、といった課題らしい。


そうして、今まで生きてきた中で、もっとも短く感じられた10分が過ぎーー


『降下開始っ!』


 軍曹殿の声に従って、井出さんが、蒼太が空中へ身を投げた。

それに加賀美さん、佐々木さんに、鮫島さんと続いて行く。

さすがよく訓練をしている皆は、躊躇いなく、堂々と降下をしていっている。


そしていよいよ俺の番が回ってくるがーー


(やっぱり、これ、全然慣れないっ!!)


 降下は訓練で何度か経験をさせてもらってはいるが、未だに都内にある真っ赤な高い塔と同じ高さから飛び降りるのは正気の沙汰とは思えずにいる。それでも無情にも俺の番は回ってくるわけで……


(やってやる! やってやるぞ!)


そう意気込んだタイミングで、林原軍曹が降下のハンドサインを送ってくる。

俺は立ち止まっていても仕方ないと割り切り、思い切って空中へ身を投げた。


(や、やばい! 怖いっ!)


 風圧と迫り来る緑の地表に体が竦んだ。

さっさとパラシュートを展開しないと危ない状況なのだが、手がうまく動かない。


「ーーっ! ーーっ! ーーっ!」


すると、俺の次に降下してきた橘さんが、"早く"パラシュートを展開する"よう、何度も肩の紐を突いて見せてきた。


ーーいつもこうして寄り添ってくれる橘さんの存在はとてもありがたく、嬉しかった。

そしてそれ以上に、俺は彼女へ"情けない自分を見せたくない"といった気持ちに駆られる。


(だ、大丈夫だ、冷静に! 訓練通りにっ……!)


 橘さんのおかげで恐怖を克服できたおれは、パラシュートを展開させた。

うまく開いた落下傘は俺をゆったりと、森の中でひらけたところへ着地させる。

着地の時、少し転んでしまったのは、俺だけの秘密にしておこうと思う。


(しかしものの見事にみんなばらけたな……2名以上で回収予定地点へ向かわなきゃ失格になるし、まずはそこから始めないと……)


 そんなことを考えながら、装備を整え直している最中、近くからガサガサと物音が聞こえてきた。

ここは危険な野生生物も生息しているので気をつけねばと思いつつ、音の発生源へ近づいてゆく。

するとーー


「橘さん!?」


「ひぅっ!? た、田端さん!?」


 どうやらパラシュートが木の枝に引っかかってしまったらしい。

しかし、俺よりもあらゆる点で優秀な橘さんは、装備を外し、それを伝って登っている最中だった。


「助けいる?」


「だ、大丈夫、ですっ! 今、そっち行きます!」


 橘さんは猿のようにひょひょいと木の上から、地面へ降りてくる。

やっぱりこの世界の橘さんは見た目に反して、とてもワイルドであった。


「お待たせ、しました!」


「さっきはありがとう。橘さんのおかげで無事に着地できたよ」


「なら良かった、です!」


 幸先よく、しかも橘さんとバディを組むことができた俺は、試験の合格を心に強く念じ、支給されたコンパスを取り出す。

しかしコンパスの針はぐるぐる回るばかりで正確に方位が導き出せない。


「田端さん、ここで問題、です! こういう方角が分からない時、どのように方位を調べますか?」


不意に橘さんが、まるで先生のように問いを投げかけてくる。


アナログ式の腕時計は午前7時過ぎを指し、日の出を迎えているので、


「まずは時計を水平にして、短針を太陽へあわせる。短針と12の真ん中にあるのが南! ちなみに午前と午後では南の指す方向が変わるので注意すべし!」


「正解! よくできました!」


 最初の頃こそ、元の世界ではスマホを時計がわりにしていた俺は、こうしてアナログ式の腕時計を装着することに違和感を覚えていた。

でも、腕時計は時間を確認するだけではなく、こうした使い方もできる、便利なものだとこの世界にきて実感するようになっていた。


(回収予定地点の美咲山は、ここから真南にある。でも、これだけわかりやすいってことは……)


 おそらく、米海兵隊員もそのあたりに潜伏しているのだろう。

行軍自体も辛いのはさる事ながら、彼らにも十分に注意しなければならないと強く思う。


「じゃあ、早速行こうか!」


「はいっ! よろしくお願い、しますっ!」


ーーこうして3夜4日が制限時間の総合技術評価試験が開始されたのである。

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