第97話 俺は女性たちにもみくちゃにされる。


「ほ、本当にご一緒しても宜しいのですか……?」


 未だに目の前の状況が信じられない俺は、ジェイソン中尉らへそう聞く。


「ああ、もちろんだ! それにルーキーの戦友たちはこれに釘付けだぜ!」


 ジェイソン中尉がもくもくと上がる煙の中から取り出したのは、いい具合に焦げ目のついた、分厚い牛肉のステーキ!


「ね、ねぇ、橘さん! あれって合成じゃないやつだよね!」


「た、たぶん! 私も本物を見たのは、初めて、ですっ!」


 さっきまで蛇が美味いか、蛙が美味いかと言い争っていた佐々木さんと橘さんは、生唾を必死にこらえている。

 微笑ましい反面、こうした本物の牛肉を初めてみたと聞くと、少し居た堪れない気持ちになってしまう俺だった。


「テキサスのマンマの牧場から送って貰った本物だ! 蛙とか、蛇とか言ってないで一緒に食べようぜ!」


「橘さんっ!」


「佐々木さんっ!」


 二人は目を爛々とさせつつ、ステーキへ近づいて行く。

そんな二人の行く手を、俺はひとまず塞ぐ。


「ちょっと、まった! 気持ちはわかるけどさ、あと四人いるでしょ?」


「ひぅっ!?」


「あ、ああ!」


 俺がそういうと二人の目が正気に戻り、顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに俯く。

俺はくるりと踵を返し、


「中尉殿! 我々以外に、あと4名いるのですが、よろしいでしょうか!」


「もちろんだ! 連れてこい! じゃんじゃん焼いてやるぜ!」


ーーと言うわけで、俺たちは向こうで設営をしてくれている鮫島さんと蒼太、今頃とりあえず蛇を捌いているだろう加賀美さんと井出さんへも声をかけ、ジェイソン中尉らが実施していたBBQへ加えてもらうこととなった。


 皆、初めて見ただろう本物の肉と、素敵なステーキに、幸せそうな舌鼓を打っている。

かくいう俺も、久々に口にした本格的なステーキに、興奮を隠しきれない。

そんな俺たちをジェイソン中尉はビールを瓶ごとかっくらいながら、満足そうに見つめている。


「どうだい、我が家特製のブリスケットは!」


「ブ、ブリスケットというのは、牛の胸部のお肉で、肩バラとも言われて、ます! それを塩と胡椒で味付けして、低温で焼いたものも、ブリスケット」と言って、テキサス州の名物料理、です!」


 俺が首を傾げていたためか、橘さんがそう解説をしてくれた。


 正式な名前を知ると、目の前の肉が益々美味しく感じられ、俺は夢中で齧り付いて行く。

と、そんな中、やや不穏な気配を背中に感じる。


「ルーキー久しぶり! 楽しんでるぅ!?」


「キャ、キャサリン少尉!?」


 おそらくベロベロに酔っているのだろうか。

少尉は背中ら俺にギュッと抱きつき、背中へ立派な双丘をムニムニと押し当てている。

橘さんに、佐々木さん、そしてなぜか鮫島さんの視線がとても痛い気がする。


「キャサリンだなんてご挨拶ね。キャシーで良いって言ってるじゃない!」


 ジェイソン中尉もだが、部下の人たちも相変わらず日本語がとても上手で、相変わらず金髪碧眼とのギャップがすごかった。


「にしてもルーキー、ちょっと兵士らしくなったじゃない。うふふ……」


 少尉殿は俺の胸筋やら、太腿やらを、妙に蠱惑的な手つきで撫でたり転がしたり。


「プニプニルーキーも良かったけど、こっちも素敵ね」


「しょ、少尉殿! ちょっと……んくっ!」


「んふ、可愛い♩」


「なんだよ、ルーキー、女に囲まれてる癖にまだチェリーかい! なら、キャシーにもらってもらえ! がはは!」


 ジェイソン隊のもう一人、大柄なダミアン少尉は琥珀色をした酒瓶を直飲みしつつ、盛大に笑い飛ばしている。

 そして益々痛くなる、橘さんを含めた同期たちの視線。

そんな中、


「ちょっと、そこのアナタ。もしかしてご一緒したい?」


「い、いいんですかっ!?」


 鼻息荒く声を上げたのは、この間の夜から、俺の筋肉にずいぶん御執心な様子の井出さんだった。


「良いわよん♩ 一緒にルーキーの筋肉、さわさわしましょ!」


「はぁ、はぁ! では、遠慮なく!」


「な、なら、私も触りたい、です!」


 次いで声を上げたのは、なんと橘さん。


「くっ……なら、私も触ってみたいです、少尉殿!」


 対抗するように佐々木さんも立ち上がる。


「サッキーも触るなら、あたしもっ!」


 と、便乗してくる加賀美さんだった。


「良いわよん♩ みんなでルーキーの立派になった筋肉をさわさわしましょん♩」


「ちょ!? 少尉殿っ! ああっ……!」


ーーそして俺はなぜか、女性5人に囲まれて、体のいたるとろこと触れるといった事態に。

こんな状況は初めてなわけで、


(マ、マズい! 色々と! 主に下の方が……!)


すると俺の生理現象に気づいた橘さんがいつも通り「ひぅっ!?」と息を呑む。


「あ、ああ! こ、これって……!」


「うふふ、ご想像の通りよ。抑えててあげるから、触ってみる?」


「ちょ、ちょっと! 少尉殿、ふぐっ!?」


 少尉殿に口を塞がれてしまう俺。


 同期四人の視線が、そこへ一斉に注がれる。


 やめて! そんなに見ないで、触ろうとしないで!


「ちょっと、サッキー代表して、触ってみてよ!」


「え、ええ!? わ、私!?」


「ここって、筋肉だっけ……?」


「はわわわわ!」


 もうほとんどこれは拷問だった……。


「なんかやっぱり女子ってエグいな、ジェイソン……」


「こっちは巻き込まれなよう大人しくしてようぜ、ダミアン……」


 米兵たちは俺へ憐れむような視線を寄せ、


「ちょっと蒼ちゃん、なに羨ましそうな顔してるの! 信じらんない!」


「し、してねぇよ!」


 なぜか鮫島さんにどつかれている蒼太だった。


ーーこうして最後の休暇は楽しく過ぎ去ってゆく。


そして俺たちは、いよいよ、一つの節目に当たる"総合技術評価試験"の当日を迎えるーー

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